第38話 祭り
冬至の祭りの日が来た。
俺は兄弟たちと、それから牛を引き連れて村に向かった。
スティーブン殿下に盗賊退治の褒美として牛を所望したところ、よく太った若い牝牛を送ってくれたのだ。
何とも気前がいい話であった。
ともあれ、おかげで祭りへの手土産が手に入った。
なにしろ百人からなる大所帯であるからして、手ぶらでお邪魔しては顰蹙を買ってしまう。。
そしてなによりも、俺にとって牛の丸焼きは冬至の祭りには欠かせないモノなのである。
ウェストモントの雪は大変だという話を聞いていたが、それは山の高いところや峠道の話であったらしい。
姫様の領地があるこの盆地の中に限って言えば、さほど雪も積もらず往来に支障はない。
村に到着すると、俺たちは大歓迎された。
この村でも祭りの流れは大きくは変わらないようだった。
まず最初に村の広場に集まって、村の人々と一緒に神官様のありがたい話を聞き、聖なる柱に祈りを捧げる。
失って初めて価値のわかるものもある。こうした礼拝もその一つだ。
木こりのハンス爺さんに預けられてからは遠くから眺めることしかできなかった景色の中に、また混ざれるなんて思ってもみなかった。
特に盗賊稼業に手を染めて以降は、もう二度とこんな風に皆と祈るなんてできないものとすっかり諦めていたのだ。
子供の頃には退屈としか思えなかった儀式だが、今となってはこうして参加できるだけでも舞い上がるほど嬉しかった。
兄弟たちも似たような心持ちだったらしい。
普段は神罰も恐れぬ荒くれ者どもが、揃って神妙な顔で神官様の声に耳を傾けている。
分けても盗賊に身を堕として久しい〈獣〉連中は感激もひとしおらしく、顔を伏せ泣き声を押し殺している奴も一人や二人ではなかった。
お祈りが終わればいよいよ祭りのメインイベントである牛の丸焼きだ。
牛は俺たちが持参した分を合わせて二頭いる。
村の規模からすればかなりの大盤振る舞いといえるだろう。
俺達の村の聖なる柱は大きな古木の幹だったが、この村の柱は石でできていた。
村の男衆が牛の後ろ脚を縄でくくると、それを広場の大きな木にひっかけて牛を逆さづりにした。
すぐに村の神官様が暴れる牛の首を掻ききって、流れ出た血を聖なる柱に振りかける。
牛は村の男衆によってあっという間に皮を剥ぎ取られ、臓器を抜かれて、柱の前で盛大に燃える焚火にかけられた。
牛が焼けるまでは好き勝手に騒いでいてよい。
柱を囲む広場には、各家庭から持ち寄られた料理や酒がずらりと並べられていて、これをつまみながらのんびりと歓談して過ごす者が多いようだ。
その広場の一角ではいつの間にかやってきた〈兎〉と〈梟〉が人々から喝さいを浴びていた。
見物人の間を巡っておひねりを集めているのは、先日〈兎〉に弟子入りした盲目の孤児のエディーだ。
少しばかり離れたところでは村の弓自慢が集まってワイワイと何かの準備をしていた。
ウィルに聞いてみたところ、弓の腕試しがあるのだという。
なんでもこういったお祭りがあるたびにスティーブン殿下が豪勢な景品を出してくれるらしく、おかげでウェストモントの住民には弓の手練れが大勢いるとのことだった。
「ところでお頭、俺もあれに参加してきていいですかね?」
そう聞くウィルの手にはしばらく前に新調した当地風の大長弓が握られている。
最初から腕試しに出るつもりで拠点から持ち出してきてたに違いない。
「構わんが、ちゃんと村の衆の許しも貰っとけよ」
「そこはもう大丈夫です。
猟師のおやっさんにちゃんと聞いてありますので」
猟師のおやっさんとは、俺たちがまだ森に来たばかりの頃に案内役をしてくれた人である。
ウィルとその仲間たちは彼からこの大長弓の取り扱いを教わっていたのだ。
そのおかげか、大長弓を手に入れた当初は射るのがやっとといった様子だったウィルも、今ではこの大長弓を元の弓と同じように使いこなしている。
さて、広場に目を戻せば、いつの間にやら柱と焚火を囲んで人の輪ができ始めていた。
どうやら踊りが始まるらしい。
広場の隅っこにいた〈兎〉たちも、それに合わせて焚火の傍に移動している。
〈兎〉はいつもの竪琴、〈梟〉は笛を使うようだ。
やがて人々の準備が整うと、〈兎〉と〈梟〉が演奏を始めた。
耳慣れないが、何とも楽し気な曲だった。
思わず俺も参加したくなったが、振り付けも俺の故郷のそれとはだいぶ違うようだ。
仕方がないので輪に加わるのは諦め、広場に並べられた料理をつまんで歩くことにした。
さて、何をごちそうになろうかな。
祭りの日の御馳走だけあってどれも旨そうだが、肉が焼ける前に腹いっぱいになってしまってはもったいない。
幸い今は多くの村の衆は踊りに夢中で料理の周りは人もまばらだ。
これならじっくり選べるだろう。
そう思ったが甘かった。
料理の乗った机に近づくや否や、村のおかみさん衆から声がかかった。
「あら、森番のお頭さん!
もしかしてお腹が減ってるのかい!」
「ええ、おかみさん。
何かおすすめはあるかい?」
この返しがまずかった。
「まあまあ!
それじゃあうちのチーズはどうだい?
姫様もチーズはうちが一番だって言ってくださった逸品だよ」
「うちのベリーパイだって負けちゃいないよ!
ほら一切れ持ってお行きなさい」
「ソーセージならうちのが一番さね!
ハーブと塩の割合に秘密の工夫があってねえ!」
「うちの野菜スープも一杯どうだい?
昨日から煮込んでいるから味もよーくしみてるよ!」
かみさんの一人にお盆のような大きな皿を俺に押し付けられたかと思うと、他のかみさんたちが断る間もなく次々と料理をその皿の上に盛り付けてくる。
あっという間に一人では食べきれないような料理の山が出来上がった。
盛られた皿の重さに目を白黒させている俺を見ておかみさんたちが楽しげが笑う。
「どれもこれも一家の自慢の料理さ!
遠慮はいらんよ! 若いんだからたんとお食べ!」
「お、おう!」
てっぺんに載せられたチーズを手に取り、一口かじってみる。
確かにうまかった。
「ねえ、美味しいでしょう?
ほらもう一個のせたげよう」
チーズのおかみさんがニコニコしながら大きく切り取ったチーズをもう一つ山のてっぺんに積み上げた。
俺はまだ一口しか食べてないのだ。
このままでは何かを食べるたびに際限なく皿の中身を増やされてしまう。
俺はおかみさんたちに礼を言ってその場を退散した。
周囲を見渡してみると、あちらこちらで兄弟たちが似たような目にあっている。
「お頭もやられましたか」
声をかけられたので振り返ってみれば、同じような大皿を持った〈犬〉が苦笑いしながら立っていた。
皿が重いので、少しばかり離れたところに二人して腰を下ろす。
広場では村人と兄弟たちが楽しそうに笑いあっている。
「まあなんだ、歓迎されてるんなら何よりだ」
「ちげえねえ。
お頭、半分いかがです?」
〈犬〉がそう言いながら自分の皿をこちらに押し出してきた。
「俺もいっぱいだよ」
そう答えて俺はその皿を押し返した。
押し返しながら、俺は自分の皿からパイを一切れ引き抜き一口かじった。
うまい。
「食ってみろよ。まじでうまいぞ」
俺はもう一つ、同じパイを皿から引き抜いて〈犬〉にすすめた。
〈犬〉はそれを受取らず、自分の皿から似たような奴を取り出して食べた。
「うん、うまい」
そうしてそれを飲み下してから呟いた。
「本当に、豊かな土地ですなあ……」
まったくその通りだった。
俺の故郷だって、冬至の祭りであってもここまで豪勢ではなかった。
この間まで荒らしまわっていた王領の村々に至っては比較にすらならないだろう。
「それはそれとして、誰かに押し付けないとこいつが片付きませんな」
皿を見下ろして〈犬〉がぼやいた。
「だな。あ、セシルだ」
丁度良く近くを通りかかったセシルを呼び止めようとしたが、一歩遅かった、
こちらが声をかけるより早く、可愛らしい村娘が彼を連れて行ってしまったのだ。
「あーあ」
と〈犬〉が苦笑いする。
彼は、娘と一緒に踊りの輪に加わっていくセシルの背を目で追いながら、少しばかり懐かしそうな様子で言った。
「しかしまあ、エルマーの奴が言ったとおりになりましたな」
「何だっけ?」
「いえね、お頭の下についたばかりの頃、あいつが言ってたじゃないですか。
『お頭が俺たちをまっとうな道の上につれもどしてくれらあ』って。
そりゃ、俺だってお頭にゃあ将来性ってやつを感じてついてきたわけですがね。
まさか本当にこんなことになるたあ、思ってもみませんでしたよ」
それについては俺にも思うところがある。
「ほとんどお前のせいじゃないかと思うがな」
義賊の真似事を始めたのだって元はと言えばこいつの作戦だ。
そうでなくとも実際に盗賊団を動かしてきたのはこの〈犬〉である。
「どうだか。
そりゃまあ、ロバート親分の時分からずっと細かい指図をしてきたのは私ですがね。
でも、あのままじゃあずっと私らはただの盗賊のままでしたよ。
お頭が変えたんです。皆も、私も」
「そういうもんかね」
「そういうものです」
よくわからんな。
俺自身は道徳からもほど遠い人殺しなんだが。
俺が首をひねっていると、〈犬〉はニヤニヤと笑いながら立ち上がった。
「そんじゃあ、皆の様子を見てきます。
村の衆ともめ事起こされちゃあ後々響きますからね」
「おう、じゃあ俺もいくか」
「いえ、お頭はここでごゆっくり」
彼はそう言って俺の背後をチラリと見た後、歩き去っていった。
なんだ? ……あ。
あいつ皿を置いていきやがった!
急いで呼び止めようとしたとき、後ろから声がかかった。
「あら、ジャック。こんなところにいたのね」
振り返ると、姫様がいた。
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