第37話 最初の冬


「逃がすかよ!」


 俺が渾身の力を込めて投げ放った魔法の銀斧は、こちらに背を向けて全力疾走していた盗賊の後頭部を正確にカチ割った。

 それを横で見ていた〈狐〉がヒュウと口笛を吹いた。


「お見事!」


「斧のお陰だよ」


 俺は銀の斧を手元に呼びよせながら答えた。

 この斧は視界の範囲に敵を捉えていさえすれば必ず命中するのだ。

 最大距離の方はまだ試していないが、弓が届く程度であればこの斧も問題なく届く。


 俺たちは休養のため戻ってきたウィルの隊と入れ替わりに盗賊狩りに出てきていた。


「それにしてもあっさりしたもんだったな」


「へえ、まったく」


 俺たちの背後には他に四体の盗賊が転がっていた。

 彼らは見張りもたてずに焚火を囲んで眠りこけていたところを俺たちに急襲されたのだ。

 おそらく、自身に何が起こったのかすら気づかぬまま死んだに違いない。

 先の投げ斧で死んだ男は幸か不幸か、おそらくは用足しのために少し離れたところにいて襲撃を免れたが、逃げる際に枝を踏み折ってあえなく命を落とした。


 それにしてもまあ、なんとお粗末な奴らであることか。

 武器らしいものと言えば弓と短剣ぐらいなもので、防具に至ってはボロボロの皮の上着だけ。

 襲撃を受けた際の不用心さからして、傭兵崩れですらない食い詰め農民か何かだろう。

 こんなんでよくこれまで生き残ってこれたものだ。


 俺は足元に転がるやせ細った死体を見て少しばかり切なくなってしまった。

 俺やエルマーたちだって、一歩間違えばこいつらみたいに狩られていたに違いない。

 なんだかんだ言って俺たちはついていたのだろう。

 まあ、それはそれ、仕事は仕事だ。


「一応、周辺を捜索しとけ。

 討ち漏らしがあればまた出向いてこなけりゃならんからな」


「へい!」


 俺の指示に、兄弟たちが捜索のため森の中へ散って行く。

 程なくして森の中から怒声と悲鳴が上がり、一人の盗賊らしき男が俺の前に引きずってこられた。


「た、助けてくれ……」


 命乞いをするそいつの首元に〈狐〉がわざとらしく残忍な笑みを浮かべ、刃物を突き付けながら脅す。


「助かるかどうかはお前さんの答え次第だ。

 正直に答えな。お前の仲間はそこに転がっているので全部か?」


 〈狐〉が差した先には、死体が四つ。

 それを見て男はヒッと悲鳴を上げて顔をひきつらせた。


「あ、ああ! それで全員だ! まちがいねえ!」


 間違いなく、嘘だ。

 さっき銀の斧で仕留めた奴の死体はまだ回収されておらず、ここにはない。

 〈狐〉の声が低く、それでいて鋭いものに変わった。 


「嘘をつくと自分のためにならねえぞ。

 そんなことを言っておい、後から誰か見つかったらどうなるかよく考えろ?

 こっちは今も大勢で森の中を探し回ってるんだ」


「ひ、ひぃぃ……すみません、すみません!

 本当はもう一人います。ジョンって野郎で、ほ、本当だ……!

 それで全員だ……信じてくれ……」


 これでようやく帳尻があった。 

 男は実に必死な様子で、言っていることもどうやら本当らしく聞こえる。

 俺は〈狐〉と目を見合わせて、同じように考えていることを確認した後、その頭に金の斧を叩きこんだ。

 〈狐〉がため息をつきながら言った。


「ふん縛って歩かせた方が楽でしょうに」


 戦果確認のため、盗賊退治の際には必ず死体を持ち帰る決まりになっていた。

 しかし、森の中を死体を担いで歩くのは結構難儀するのである。

 気分だってあまり良いモノじゃない。


「ねえ、お頭。首だけ持ち帰ったんじゃだめですか?」


「ダメだ。

 迂闊に死体を放置すれば肉食の獣に人の味を覚えさせることになるぞ。

 人食い熊なんて盗賊以上に厄介だろうが。

 それに、地元の連中が悪霊が出るなんて言い出しても面倒だろ」


 盗賊だけでも厄介なのに、この上悪霊退治まで命じられたらたまらない。

 そんなもんいったいどうやって退治すりゃいいんだ。


「それにな、首狩りなんてした日にゃ今以上に怖がられるだろうが。

 堅気連中との付き合いは円満にしとくに越したことはない」


 俺が道理を説いて聞かせても、〈狐〉は不満顔のままだ。

 彼は口をとがらせて抗弁した。


「そりゃそうですがね、だったらなおの事生かしておいた方がよかったんじゃないですか?」


「これも慈悲さ。連れ帰りゃどうせ石打ちだからな。

 いっそ一思いに殺してやった方がいいだろう。

 善行を積むと思って死体を運んでやろうぜ」


 実際、最初に討伐した連中の判決は石打ちだった。

 刑が終わった後の死体は全く酷い有様で、判決を下した姫様もよせばいいのに最後までそれを見届けたあげく、数日の間塞ぎこんでしまっていた。

 もう二度とあんな顔は見たくない。

 だから他の隊にも、できるだけ生け捕りにはしないよう指示を出していた。


「ま、お頭がそういうなら仕方ありませんがね。

 だとしても、村の近くまで歩かせてから殺しゃあよかったんじゃないですか」


 それを聞いて俺はポカンとしてしまった。

 なんて発想だ。


「なるほど、いい考えだ! 次はそうしよう」


「もうちょっとよく考えてから殺してくださいよ。

 ほんとにもう……お?」


 〈狐〉が何かに気づいたように空を見上げた。

 俺もつられて見上げると、顔に何か白いモノがヒヤリと降りて来た。


「雪、か」


「ですな。今年はもうしまいですかね」


「だな」


 ウェストモントは山がちな土地だ。

 本格的に雪が降り始めれば拠点への道は閉ざされてしまう。


「急いで戻ろうぜ」


「へえ」


 俺たちは持参した縄とそこらの枝で担架を作ると、大急ぎで死体を積み込んで出発した。



 どうにか雪が積もる前に拠点に帰還することができた。

 出発前には未完成だった俺たちの宿舎ももうすっかり出来上がっていた。

 〈犬〉が計画していた防衛設備の類はまだ手付かずだったが、ともかくこの冬は屋根のある場所で温かく越せそうだ。


 出迎えてくれた〈犬〉に、他の隊の状況を訊ねてみる。


「特に問題はございません、お頭。

 留守隊は今のところ問題を起こしてはいません。

 〈鼬〉隊、エルマー隊も一昨日帰還しました。

 こちらも損害はなし。盗賊を十人ばかり討ち取ったそうです。

 エルマーは二日酔いで寝込んどりますが、呼んできますか?」


「いや、いい。殿下への報告は?」


「まだです。お頭が戻ってきた時にまとめてしてくれりゃあいいって話だったので」


「わかった。じゃあちょっくら行ってくるよ」


「戻ってきたばかりでもうですか?

 明日でもいいんじゃないかと思いますが」


「さっさと済ませた方が気が楽だ。

 遅いとむくれられても嫌だしな」


「さようですか。そんじゃあ馬を用意させますんで、しばしお待ちを」


 〈犬〉が手近な兄弟を捕まえて馬を曳いてこさせるのを待ち、姫様のいる館に向かう。


 どうやら姫様は暇を持て余していたようで、俺は館につくとすぐに姫様の前に通された。

 俺は姫様の前に跪き、頭を垂れた。

 今日は騎士のダニエルや館の使用人たちがいるので、堅苦しい方の言葉を使わなければならない。


「盗賊討伐のご報告に上がりました、殿下」


「面を上げなさい」


 姫様に言われて、俺は頭を上げた。

 十日ぶりに見る姫様の顔は少しばかりやつれて見えた。

 おそらく、先日の処刑の件がまだ響いているのだろう。


 そんな姫様に代わって、ダニエルが口を開いた。


「それでは其方らの戦果を聞かせて貰おうか」


「はっ」


 俺はここしばらくの盗賊討伐についての報告を行った。

 部隊を分けて、方々へ盗賊狩りに派遣したこと。

 どの隊も軽傷以上の損害がなかったこと。

 合計で三十人ばかりの盗賊を始末したこと。

 そして最後に、生け捕りにした盗賊はいないこと。


 最後の「生存者はいない」という報告を聞いて、姫様が微かに安堵の息を漏らしたのを俺は見逃さなかった。

 やはりあれで正しかったのだ。


「よくやってくれた、ジャック殿。

 ウェストモント公も、この戦果を聞けばきっとお喜びになるだろう。

 なにより、民も安心して冬を過ごせる。実に喜ばしいことだ」 


「ありがたきお言葉にございます」


 ウェストモント公と言うのは、姫様の弟のスティーブン殿下の事である。

 建前の上では、俺の直接の雇い主はこのスティーブン殿下なのだ。


 ダニエルはニコニコと言葉を続ける。


「私個人としても、盗賊の跳梁には胸を痛めていた所だ。

 公には私の方から報告と共に感状の推薦を上げておく。

 近く褒美が下されることだろう。

 何か希望はあるかね?」


 はて、何をねだったモノだろうか?

 隊への報酬と言う意味であろうから、あまり個人的なモノを願っても仕方あるまい。

 とすると、皆が喜ぶようなもの。良い酒か、あるいは金か。

 こういう場合に要求してよいものの相場も分からん。


「一度、皆と相談をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろんだ。

 だが、数日の内には返答が欲しいところだ。

 雪が本格的になれば、本城へ使者を送るにも難儀するものでな」


「承知いたしました。

 できるだけ早く回答させていただきます」


「うむ、用件は以上だ。

 下がってよいぞ」


「はっ。それでは失礼いたします」


 用事は済んだらしいので立ち上がって一礼し、姫様に背を向ける。


「待ちなさい」


 姫様に呼び止められた。


「なんでしょう?」


「そういえば、代官のエドワードから言伝を預かっていたんだったわ。

 村の冬至の祭りに、あなた達にも参加してほしいそうよ」


「え?」


 意外な言葉だった。

 普通、祭りに参加できるのは村の住人だけなんである。

 森番はあくまで森の住人にすぎず、個人としてどれだけ親しくなろうとも共同体の一員にはなれない。

 実際アンガスたちもそうだった。

 俺だって木こりになってからは祭りには参加していない。

 まして、今の俺たちは盗賊上がりの無法者。 

 村の一員と認めてもらえるとは思ってもみなかった。


「何をポカンとしてるのよ」


 姫様はそうした村社会の機微をご存じないのだろう。

 不思議そうな顔でこちらを見つめている。


「いえ、まさか我々のような余所者が誘っていただけるとは思っておりませんでしたので……」


「それだけ感謝されてるということよ。

 それで、参加するの? しないの?」


「ぜひ、参加させていただきます」


「それはよかったわ。エドワードにもそう伝えておくわね」


「よろしくお願いします」


 それならば。

 俺は姫様に一礼し、それからダニエルに向き直った。


「ダニエル様。先ほどの褒美の件なのですが……」


「ん? もう決まったのか?」


「はい」


 祭りにはこれがないと始まらないからな。

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