第35話 旅芸人

 兄弟たちを待たせて店を覗き込むと、見知った二人組が村人に囲まれて歌を聞かせていた。


 盲目の〈兎〉と優男の〈梟〉である。

 彼らは俺たち一党の情報収集担当だ。

 普段は情報を集めるため俺達とは別行動をしていることが多く、姫様がやってきた時も町へ出ていて不在だった。

 その為、事前に取り決めておいた隠し場所に置手紙を残してきていたのだが、ようやく追いついて来たものらしい。


 さてどうしたものかと思案し始めたところで、新客に気づいた酒場の主人が声をかけて来た。


「やあ! ジャックの旦那じゃないですか!

 おい、みんな! 〈木こりのジャック〉がお見えになったぞ!」


 店中の視線が一斉に俺に集まった。

 一瞬の沈黙の後、歓声が上がる。

 いったいなんなんだ?


「いやはや、ここに来た時から只者じゃないとは思っていたが、

 アンタラ思ってたより凄い連中だったんだな!」


 扉のすぐそばの席にいた村人がそう言いながら俺の尻をバンバンと叩く。

 いい感じに出来上がっているようだ。

 戸惑う俺に酒場の主人が事情を説明してくれた。


「いやなに、そちらの旅の詩人さんがね、旦那の活躍を歌にしたものを聞かせてくれてたんですよ。

 ねえ、詩人さん?」


 話を振られた詩人さんこと〈梟〉はこちらに向き直ると、優雅なお辞儀をして見せた。


「初めまして、〈木こりのジャック〉様

 私はニコラと申します、旅渡りの詩人にございます」


 初めまして、ね。

 基本的に、〈梟〉や〈兎〉に拠点外で出会ったときは他人のふりをするのが俺たちのルールだった。

 彼らの正体が露見すれば情報収集に支障を来すからである。


「王領を旅していた折に貴方様の噂を耳にし、

 以降〈森の兄弟団〉の事績を讃える詩を歌わせて頂いております。

 どうか今後とも貴方を讃える続けることをお許しください」


「お、おう、そうか。

 褒められる分には悪い気はしねえからな。

 よろしく頼むよ」


「ありがたき幸せ。

 それでは、改めて我が歌を捧げさせていただきたく……」


 〈梟〉がそう言うと、傍らに待機していた〈兎〉がポロロンと手にしていた飾り気のない粗末な竪琴をつま弾く。

 俺は急いで彼らを押しとどめた。


「ちょっと待っててくれ。

 外に仲間たちを待たせてるんだ」


 それから酒場の主人に向かって


「なあ、御主人。

 二十人ばかりで連れ立ってきたんだが……」


 そう言いながら店内を見回したが、う~ん、この盛況じゃ席を空けて貰うどころじゃないな。

 とは言え、村人との交流も目的の内だ。

 酒とつまみだけ買って帰るってわけにもいかないし、彼らを追い出すなんて論外だ。

 そうだ。


「ちょいと迷惑をかけるが、店の外に簡単でいいから席を用意してもらえないかな?」


 そう言いながら俺は〈犬〉から預かった銭袋をドシャリと丸ごと店主に渡す。


「それから村の衆も一緒にどうだ?

 顔も知らんままじゃお互い不安だろうしな。

 今日は一緒に飲み食いをして親睦を深めようじゃないか」


 店主は袋の重さに目を白黒させていたが、口紐を開けて中身を確認するとにっこりと笑って言った。


「そういうことなら喜んで。

 おい、皆の衆! 机やらベンチやらを外に運び出すから手伝ってくれ!

 それから今日はジャックの旦那の奢りだ!

 旦那に感謝しながら存分に飲み食いしてくれ!」


 店に居た村の衆はタダ酒に大喜びの様子である。

 さっそく店主の指図に従って店中の机とベンチを外に運び出し始めた。


 その間に俺は兄弟たちを呼びに戻り、ついでに小声で〈兎〉たちの事は知らんふりをしろよと念を押しておく。

 店に戻ると、前庭にはすでに机が並んでおり店内に居た村の衆がワイワイと騒いでいた。

 心なしか客の数が増えている気がする。


 俺達〈森の兄弟団〉は盗賊を退治した英雄として大いに歓迎され、村の衆と楽しく飲み食いすることができた。



 翌日、今日はどう暇をつぶそうかと考えていると、姫様からの使いが来て言伝を置いていった。

 また教会の孤児のところに遊びに行くから同行せよとのことだった。

 実のところ、子供と遊ぶのは嫌いじゃない。

 が、あそこの子供たちは俺のことが嫌いらしい。

 前回行った時には酷く怖がられたものだった。


 まあ、それを失礼とは思うまい。

 人殺しを怖がらない子供が居たら、そっちの方が心配になる。


 そんなことを考えながらキャンプを出ようとしたところで、見知った二人組がぬっと姿を現した。

 〈兎〉と〈梟〉である。


「昨晩はたいそう楽しゅうございましたね、お頭。

 こうして無事にたどり着きましたので、改めてご挨拶に参りました」


「こっちこそ、置いてきちまって悪かったな。

 ともあれ無事で何よりだ。

 慣れない道は大変だったろう?」


「いえいえ、元より生業は旅の吟遊詩人ゆえ、歩くことはさほど苦にはなりませんや。

 まあ、いささか年は感じますがね」


 そんな会話を交わしていたところに、彼らの到着を聞きつけた〈犬〉が駆けつけてきた。


「よう、遅かったじゃないか。

 どうだ、何か目新しい話はあるか?」


「いいや。しかしまあローズポート伯が負けたってんで大騒ぎになっとるよ。

 ねえ、お頭。本当にあのローズポート伯にお勝ちになったんで?」


 また話が大げさになってるな。

 伯爵の機嫌を損ねなきゃいいんだが。

 俺は辟易しながら〈兎〉に答えた。


「まさか。息子のジェフリーとやらが代理で出てきてな。

 おかげでどうにか勝てたようなもんだ」


 それを聞いて、〈兎〉はヒヒヒと気味悪く笑う。


「そんな所じゃないかと思ってましたがね。

 ま、ついでなんでね、お頭の歌を歌って〈森の兄弟団〉の武勇を広めながらまいりましたんで。

 おかげで路銀にも事欠かず無事にたどり着くことができました」


 昨夜のあの歌か。

 あれは酷い歌だった。


 いや、歌自体は大したものなのだ。

 涙あり笑いあり、ハラハラドキドキの冒険譚。

 詩のリズムはテンポよく、それを〈兎〉の巧みな演奏が盛り上げ、〈梟〉の美声が聴衆に訴えかける。

 俺だって当事者でなければ心の底から楽しんだに違いない。


「もしかして、お気に召しませんでしたか?」


 〈兎〉がニヤニヤ笑いながら俺に尋ねる。


「当たり前だ。ほとんどデタラメじゃないか」


「そりゃ仕方がないことで。

 あんまり正確すぎますとね、色々と差し支えが出るわけでして」


「差し支えってどんなだよ」


「正直にやりすぎて、盗賊が作った歌だなんて思われちゃいけねえ」


 なんだよ、盗賊が作った歌って。


「あとはまあ、我々の手口が広まれば対策も取られやすくなります。

 そんなわけで敢えてデタラメにしてあるんで」


「だからって限度があるだろうが」


 ちなみに、歌の中では俺は美しい泉の女神から、使命とともに魔法の斧を授かったことになっていた。

 こいつにはあの時の事は話していないはずなのに、微妙に真相をかすめているのがまた腹立たしい。

 おまけに俺はさる貴人の落とし子で、姫様とは幼馴染だなんていうおまけつきだ。


「まあまあ、吟遊詩人の歌なんてみんなこんなもんですよ」


 そうとりなすように言いながら〈犬〉が話に割り込んできた。


「それよりお頭、姫様に呼ばれてるんでしょう?

 ついでにこいつらを連れてってくださいよ。

 兄弟団の一員として、一度はご挨拶させておかなきゃなりませんからね」



 そういう訳で、俺は二人を連れて姫様の所へ向かった。

 道すがら、俺は彼らにここまでの道のりについて尋ねてみた。


「へえ、拠点が空っぽでビックリしたろうって?

 いやいや、先に森に軍勢が向かってるって噂はきいておりましたんでね。

 もっと早く軍勢に気づいていれば……まあともかく。

 噂を聞いて慌てて森へひっかえしたんですが、森についた頃にはもうとっくに軍勢が引き揚げた後でして。

 しかも、道々の噂ではお頭がローズポート伯を決闘でやっつけたなんて聞いたから、いや、そちらの方が驚きましたとも。

 それも伯爵の手勢から直接聞いたって話でしたんでね、嘘とも言い切れねえんでいったい何があったのかと。

 まあお頭は無事だって言うから、こうして追いかけてきたんですよ。

 え? 関所は通れたかって?

 そりゃまあ、あっしが弾いて〈梟〉が歌って見せりゃだぁれも私らを疑いやしませんよ。

 あとはちょいと小金を握らせりゃどこでも通れます。

 こいつは、まだ私が盗賊稼業始める前の時分に拾ったんですがね、ええ、そうです、孤児だったんで。

 あのドブネズミみたいな臭いのチビがこうして立派な歌い手に育ったんですから私も鼻が高いですわ。

 私が〈犬〉に誘われたときにこいつにゃ独り立ちするよう言いつけたんですが、それでもこうしてついてきちまって。

 まあ、おかげで助かってはいますがね。

 えぇ、えぇ、〈犬〉とはずいぶん前からの付き合いで。

 奴さんが盗賊稼業を始める前からですな。

 まあ、その前から私は小遣い稼ぎに今と似たような稼業はしてたんですが――」


 なんだか話が面白くなってきたところで領主館が見えてきた。

 驚くべきことに、館の前には姫様がマーサ婆さんを従えて待機しているではないか!


 主を待たせるなんてとんでもない事である。

 俺たちは慌てて話を切り上げ、姫様の前に駆け付けた。

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