第34話 休養
最初の盗賊討伐からしばらくの間、俺たちはスティーブン殿下からの指示に従ってあちらこちらの盗賊を討伐して回ることになった。
殿下としては、本格的な冬が来る前にできる限り盗賊の数を減らしておきたいらしい。
飢えた盗賊は本当にろくでもないことをしでかすからな。
一つ一つ潰すのでは手が回らないので、例によって二十人ずつの隊に分かれて対処することにした。
正直なところ、最初の討伐に三隊六十人もの人員を投入したのは過剰だったろう。
三隊を盗賊退治に派遣し、一隊は拠点の警備、最後の一隊は予備として基本は休養に充てる。
最初の休養には俺の隊が充てられることになった。
皆が働いてるところを先頭切って休むのは申し訳ない気分だったが、〈犬〉が言うにはまず俺から休まねばならないらしい。
「他の奴らだって、お頭が休んでねえのにゆっくりしろなんて言われたって気が揉めるばかりでしょう。
後から休む連中の手本になるように、うーんと羽を伸ばしててくださいよ」
なるほど。
しかし、そんなことを言われたところで何をすればいいのか見当もつかない。
どうしたものかと頭をひねっていたら、マーサ婆さんがやってきた。
「しばらくお暇ができたとお聞きいたしまして。
さっそくお稽古をいたしましょう」
いったいどうやって聞きつけたんだ。
まあいいか、丁度退屈していたところだ。
「わざわざおいでいただきありがとうございます、マーサ殿。
こちらからもよろしくお願いします」
「それではさっそく始めましょうか」
びたーん、びたーん。
いつも通りに地面を叩いていたら、俺の隊のならず者たちもやってきて一緒にやり始めた。
人数が増えて心なしかマーサ婆さんも嬉しそうに見える。
しばらくそれを続けた後、婆さんが口を開いた。
「それでは、次の段階に進みましょうか」
一緒に地面を叩いていた兄弟たちが、それを聞いて期待の色を浮かべた。
だが、俺は騙されないぞ。どうせ、びたーんのバリエーションが増えるだけだろう。
婆さんは俺たち全員を立たせると言った。
「良き戦士になるために、最初に必要なものとは何でしょうか?」
俺たちは顔を見合わせた。
それから、兄弟の一人がおずおずと口を開いた。
「強さ、ですかね?」
「強さとは何ですか?」
婆さんに問い返されたそいつは、しどろもどろになりながら答えた。
「え、えっと……そりゃあ……あれだ、アンタがこの間見せてくれたような、すげえ技とかそういうのだ」
「いいえ、違います。
それは追々身につければよろしい」
それを聞いて別な一人が答えた。
「それじゃあ勇気だ。
臆病者は戦えねえ」
婆さんはまたも首を振る。
「いいえ、それも違います。
それもまた鍛錬を重ねるうちに身についていくでしょう。
ジャック殿、お分かりですか?」
技でも度胸でもないとなると、俺には見当もつかない。
「分かりません」
こんな答えではがっかりされるかもしれないと心配したが、婆さんは気にしていないようだった。
「答えは、体力です。
技術でも精神でもない、純粋な身体能力です」
難問かと思いきや、なんと単純な解答であることか。
「わけても重要なのが持久力、つまり、疲れにくくなるための力です。
かの有名なサウンヒルの戦いにおいて、ギョーム公とその勇士たちが夜を徹しての強行軍の後、そのまま敵陣に突入し勝利を得たのはよく知られるところです。
また剛力で知られる勇士が、雑兵に群がられた挙句力尽きて討ち取られた例は枚挙にいとまがありません。
かように、持久力の有無によって生死と勝敗が分かたれるのです。
それだけではございません。
戦士に必要な身体能力や技能、精神は全て訓練によって培われますが、持久力の多寡はその訓練の量にも直結するのです。
ですから、まずは持久力を身に着けていただきます。
私についてきてください」
言うが早いか婆さんが駆けだした。
普段のヨボヨボとした足取りからは想像もつかない速さだ。
俺たちは今度は顔を見合わせる間もなく、あわてて追いかけ始めた。
*
結局、俺たちはそのまま日が傾き始めるまで婆さんを追いかけて走り続けた。
途中で脱落するわけにはいかなかった。
大の男がたかが老婆にすら追いつけないとなればいい恥さらしである。
たとえこの婆さんが只者ではないとわかっていても、だ。
殆ど半日走り回った後、俺たちはようやく拠点に戻ってきた。
肩で息をしながらぐったりと座り込む俺たちを尻目に、婆さんは涼しい顔をして帰っていった。
「なんなんだよあの婆さん……」
化け物みたいな婆さんの背中を見送りながらそう呟いた俺に、守備隊の長として拠点に残っていた〈犬〉が呆れた様子で言った。
「何やってんですか、お頭。
休めって言ったでしょう?」
「いや、気晴らしに丁度いいと思って……」
「まあ、お頭が楽しかったんならいいですがね。
手下どもはよく労ってやってくださいよ」
そう言いながら、〈犬〉は銭の入った小袋をこちらに放ってよこした。
「なんだこりゃ?」
「村に酒場があったでしょう。
その金でパーっとやってきて下さい」
「なんでわざわざ。
酒ならここにだって少し位あるだろ」
正直な所、俺はくたびれ果てていた。
村まで歩くのも億劫だ。
そもそもの話、こんな森の中に拠点を設けた理由の一つが俺たち荒くれ者を隔離して村人との摩擦を避けるためだったはず。
「ま、たまにゃ外で息抜きしないとてこいつらだって息が詰まっちまいます。
それに村の連中とまったく交流がないのもよくありません。
時々にでも一緒に顔を合わせて飲み食いすりゃあ、村の連中も少しは安心するでしょう。
ついでに、同席した連中にも少しばかり奢ってやればなおいいです」
なるほど。理屈は分かった。
俺はへたり込んでいる兄弟たちに向かって言った。
「だ、そうだ。
お前ら、飲みに行くぞ! 他の奴らも呼んできてやれ!」
「うおーい!」
すっかり力尽きていたはずの兄弟たちが歓声を上げて立ち上がった。
まったく現金な奴らだ。
訓練には参加していなかった連中にも声をかけて、俺たちはぞろぞろと村の酒場へと向かった。
合わせて二十人ばかり。
さて、こんなに大勢で押しかけて大丈夫だろうか?
なにせさほど大きくもない村の酒場なんである。十人も座れば満席だろう。
ベンチにぎゅうぎゅうに詰めれば席につけなくもないだろうが、それだって俺たち以外の客が居なければの話だ。
そもそもの話、こんな強面どもが押し掛けて来たってだけでも迷惑扱いされるに十分な理由である。
はてさて、どんな顔で迎えられるものやら。
俺は兄弟たちを店から少しばかり離れたところに並べて言った。
「俺はちょっと店の様子を見てくるからここで待ってろ。
村の衆が通りかかってもからかったりするな。
凄んで見せるなんて論外だ。
いいか、くれぐれも愛想よくしてくれよな」
「へい、お任せを」
俺の隊の副長格である〈狐〉が獰猛な笑みを浮かべるのを見て俺はますます不安になった。
普段は頼りになる古参盗賊たちだが、こういう時はあまり当てにならない。
奴らは盗賊の世界に長くいすぎて、その生き様が骨の髄までしみ込んでしまっている。
常識を知っているのはむしろ新参組の方だ。
なんせ彼らはつい最近までは村社会の善良なる構成員だったんだから。
いや、本当に善良だったかは怪しい奴も多いが。
不安に後ろ髪惹かれつつも、俺は彼らの元を離れて酒場に向かう。
扉の前に立つと店内から賑やかな酔声が漏れてきた。
ずいぶんと盛り上がっているようだ。
酒場の扉を押し開けると、奥の方から歌声と竪琴の音色が流れてくる。
どうやら旅芸人か何かが滞在しているらしい。
なるほど、今日はそれが目当てでいつもより多くの客が押し寄せてるんだろう。
しかしこの声、どこかで聞いたような……。
そう思って店の奥に目をやるとそれもそのはず、そこにいたのは〈兎〉と〈梟〉の二人組だった。
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