第33話 孤児院

 翌日、とっ捕まえた盗賊たちを連行して領主館へ出向いた。

 持ち帰った死体とともに代官殿に引き渡し、戦果を確認してもらうためである。

 盗賊どもは話が違うとわめいていたが、俺は降伏しなければ皆殺しだとしか言っていない。


 足の速いビルを先触れとして送っておいたためか、俺達が代官殿の居館に着いた頃には殺気立った村人が大勢集まって館を囲んでいた。

 一部は槍と盾で武装しており、こちらは代官が盗賊を引き取るために召集をかけた者達であるらしい。


「これはこれはジャック殿!

 さすがは王領に名を轟かせただけのことはありますな!

 まさかこれほど早く盗賊どもを捕らえてくださるとは。

 これでようやく私どもも安心して眠ることができるというもの」


 ニコニコと心底嬉しそうに出迎えてくれた代官に、俺は四人の盗賊を引き渡す。

 ちなみにもう一人は昨晩脱走を試みてウィルに射殺いころされている。


 槍と盾とで武装した村人が盗賊どもを囲むように配置につくのを横目で見ながら俺は代官に尋ねた。


「こいつらはどうなるんですか?」


「普段であれば吊るし首ですが――」


 代官はそこで言葉を区切ると、盗賊達に罵声を浴びせる群衆を見回してため息をついた。


「この分だと、石打ちにした方がよさそうですなあ……」


 石打ちは皆で取り囲んで気が済むまで石をぶつけるという刑罰である。

 なるほど、彼らを宥めるにはなかなか効果がありそうだ。

 しかしやられる方はたまったものじゃないだろう。

 建前上は死刑ではないが、大抵は死ぬ。

 生き残ったならず者なんざ、石を投げた奴に報復を試みるに決まっているんだから、投げる方も必死で投げる。

 その上簡単には死ねず苦痛はかなりのものになる。

 俺も一度だけ見たことがあるが、最後の方は全身の皮膚が破れて奇妙な肉の塊のようになっていた。

 もちろん、普通であればただの盗賊に適用される刑罰ではない。

 しかし、彼らがどんな死に方をしたとて抗議する者はいないだろう。


「いっそ皆殺しにしといたほうが面倒がなくて済みましたか?」


 俺がそう尋ねると、代官殿は力なく頭を横に振った。


「いえ、彼らにも恨みの捨て所が必要でしょう。

 連れ帰っていただいたことには感謝いたします。

 まあなんにせよ、今は姫殿下が領内に滞在中ですから……。

 私の一存で裁いてしまうわけにはまいりません」


 それを聞いて俺は苦い気持ちになった。

 あの姫様に、石打ちなんぞと言うお裁きが下せるだろうか?

 やはりこいつらは皆殺しにしておくべきだった。


 そこでふと思い出した。

 出がけに姫様から、無事に戻ったらすぐに報告に来るようにと言われていたのだった。


「そういえば代官殿、殿下はどちらにおられますか?」


「ああ、報告をせねばならないのでしたね。

 姫殿下は教会におられるはずです。

 少しばかり離れたところにありますので案内の者をつけましょうか?」



 兄弟たちは拠点に帰した後、俺は案内人と二人で教会に向かった。


「ほらあれです、旦那」


 案内人が指さす先にあったのは、領地の規模にふさわしいこじんまりとした教会だった。

 人の背丈ほどの生け垣に囲われていて、その中からは楽しげな子供たちの笑い声が聞こえて来くる。


「あれか。よし、ここまででいいぞ

 案内ありがとな」


 俺はそう言って案内人に駄賃を握らせると、生け垣の切れ目に設けられていた簡素な門を覗き込んだ。


 すると驚くべき光景が目に飛び込んできた。

 我らが姫様が地べたにしゃがみ込んで子供たちに取り囲まれているんである。

 子供たちは姫様の周りをぐるぐる回りながらやーいやーいとはやし立てている。


 恐らく、回転が止まったところで真ん中の人間が背後の人間を当てるという遊びだろう。

 俺の村と同じルールであるなら囃し立てている間はどんな悪口を言ってもいいことになっているのだが、王族相手によくこんな遊びをやる気になったものだ。

 まあ、あのマーサ婆さんがニコニコと見守っているのだからいいのだろう。


 回転が止まり姫様が顔を上げると同時に子供たちがわあと歓声を上げて周囲に散って行く。

 姫様は立ち上がりながら背後を確認し、真後ろにいたと思しき子供を確認。

 彼は彼で横に逃げて姫様の目をごまかそうとしていたのだが、あいにくとその手は通じなかったようだ。

 たちまち姫様に捕まり、頭をコチンと殴られてしまった。


 捕まった子供は、頭を押さえてエヘヘと照れ臭そうにしている。

 周囲の子供たちはそれを見てケラケラ笑い、姫様が「さあもう一度やりましょう」とニコニコしながら呼びかける。


 先ほど捕まった子を中心に、姫様と子供たちが輪を作り、先ほどと同じように囃し立てながらグルグルと回り始めた。

 実に楽しそうだ。

 楽しそうで、何より美しかった。


 姫様が、ではない。

 子供たちが笑顔で回り続けるその光景が、どういうわけか俺にはわけもなく光り輝いて見えた。

 俺にもあんな時代があった。

 いささか不本意な形で、途切れてしまったけれど。


 俺はしばらくの間その場に立ち尽くした。

 もう少しだけ、この幸せな空気に浸っていたかった。

 あの美しい光景を、盗賊がどうのなんて言う血なまぐさい話で終わらせるのはあまりにも忍びないではないか。

 もちろん、俺があの輪の中に加わるなんて思いもよらないことだった。


 それから二度ほど真ん中の子供が入れ替わったあたりで、姫様が視線をこちらに向けた。

 どうやら、門の外から自分たちの様子を窺う不審者の存在に気づいてしまったらしい。


 彼女は一瞬だけ警戒するそぶりを見せたが、すぐにその不審者の正体を見破った。


「あら、ジャックじゃない! 無事でよかったわ!

 そんなところでどうしたの?

 さっさとこちらにいらっしゃい」


 招かれてしまえば逆らうわけにはいかない。

 俺は一礼すると、門をくぐって教会の敷地に踏み入れた。


 俺の姿を目にした子供たちが怯えるようにあとずさる。

 小さな子供などは、姫様の背後に隠れてスカートにギュッとしがみついていた程だ。


 俺は体に染みついているに違いない血の匂いが子供たちに届かぬよう、いつもより少しばかり距離をとってお辞儀をする。


「無事に盗賊どもを討伐いたしましたので、ご報告に上がりました」


「さすがね、ジャック。

 さあ皆、そんなに怖がらなくてもいいのよ。

 この人は悪い盗賊をやっつけてくれる人なんだから」


 姫様はそう言って、自身の背後にいる子供たちを俺の方に押し出そうとしたが、子供たちは頑として前に出ようとはしなかった。

 そんな彼らの様子を見て姫様は困ったように眉を下げる。


 その時、生け垣の奥にある教会の扉が開き、初老の神官が一人顔を出した。


「お~い! 子供たち、休憩の時間は終わりだよ!

 戻っておいで~!」


 神官の呼びかけに、子供たちがほっとしたように走り出した。

 幾人かは不安そうにチラチラと振り返りながら去っていく。

 そんな子供たちに向けて、姫様は大丈夫だよとでもいうようにニコニコと手を振った。


「ごめんなさいね、ジャック。

 この子達、少し人見知りが強いみたいなの。

 なにせここに外の人が来るなんてめったにないことだから」


 姫様がこちらに向き直りながらそう言った。


「いえ、殿下。お構いなく」


 これは子供たちの方が正しいだろう。

 元々の俺は恐ろしい盗賊なんだから。

 そんな奴を正義の味方のように思っている姫様が間違っているのだ。


「あ、言葉遣いももっと楽にしてちょうだい。

 今は私達しかいないんだから。

 それで貴方は無事みたいね、よかったわ。

 貴方の兄弟たちはどうかしら?」


 俺は大きく深呼吸をして、意識を切り替えてから口を開いた。


「特に被害はない。せいぜいが擦り傷を負った程度だよ」


「それは何より。盗賊はどうなったの?」


 そう聞かれて、俺の胸の内に先程の苦い思いが蘇った。


「四人生け捕りにして、残りは討ち取った。

 十二人ばかりかな、死んだのは。

 〈犬〉の奴が簡単な尋問をした限りでは、恐らくこれで全員だろうって話だ」


「それじゃあ、これでようやく村の皆は安心して眠れるようになるわけね!

 貴方も疲れたでしょう? 少し休んでいきなさい」


「いや、いいって――」


「いいから、いいから。

 休むついでにお茶でも飲んでいきなさい」


 そう言って姫様は俺の背後に回って、教会に向けてグイグイと押し始めた。

 所詮は女の細腕だ。

 普通であれば押し返すなんてわけもないのだが、あいにくと俺にかけられた呪いがそれを許さない。


「や、やめてくれよ。

 自分で歩けるから、ああもう、わかったって……」


「最初からそう言えばいいのよ。

 さ、付いてらっしゃい」


 姫様はそう言って再び俺の前に立つと、教会に向かって歩いていく。

 俺はその背を追いかけながら気になっていたことを訊ねてみた。


「さっきのあれは村の子供たちか?」


「そうだけど、そうじゃないとも言えるわね」


「なんだ、そりゃ」


「孤児よ。私や、貴方と同じね」


 なるほど。森へやられた後の俺のような立場ってわけだ。

 引き取り先が木こりか教会かっていう違いはあるが。


 教会の中では、先ほどの子供たちが神父から読み書きの手習いを受けていた。


「私の方で少しばかりお金を出していてね。

 流行病なんかで親を失った子供たちを保護しているの。

 もちろん、ただの慈善じゃないわ。

 こうして教育を受けさせて、ゆくゆくは私たちの家臣として役に立ってもらおうってわけ。

 面倒を見てあげた分以上に働いてもらうんだから」


 なんだか悪ぶって見せたいらしい口ぶりだが、それを慈善と呼ばずに何と呼ぶのか。

 遊びの最中に子供たちに向けていたあの優し気な視線を見れば、そんな打算が動機じゃないのは明らかだ。

 多分だが、彼女自身も両親を失っていることが関係しているんだろう。

 だとすれば、そのあたりに突っ込みを入れるのは野暮というものだ。

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