第32話 敗残兵
「見て下せえ。奴ら生意気にも歩哨を立ててます」
〈鼬〉と呼ばれる古参盗賊が、茂み越しに崖を見ながら声を潜めて言う。
彼は先ほど送り出した斥候達の一人である。
敵の拠点は先ほどの野営地から思いの外近く、彼は送り出されて早々にここを発見することができたのだった。
彼が指さす先には大の男が三人は並んで入れそうな洞穴がぽっかりと口を開けていた。
洞穴の両脇には篝火が二つ赤々と燃えていて、そのすぐそばに鎖帷子を着込んだ男が二人、槍を片手に油断なく周囲に目を配っていた。
なるほど、元は兵士だろうという見立ては正しかったか。
薄暗闇の中、茂みに潜む俺たちに気づいた様子はない。
だが、入り口付近は下草もきれいさっぱり刈り取られており、気づかれずにこれ以上近づくことは難しい。
「他に出入口は?」
「もう一か所、同じように見張りが立ってる所があります。
ここよりは小せえですが、屈めば潜り込めそうな穴が空いとりました。
そこにも斥候を一人残しています。
他の仲間と軽く探りましたが、他は今のところ見つかっておりやせん」
「ふむ」
見たところ敵は案外ときっちりした奴らであるらしい。
もし出入口が他にもあるのなら、ここやもう一か所と同様に篝火と見張りを立てるだろう。
とすれば、〈鼬〉のような男がそれを見逃すはずがない。
出口はその二か所だけと考えてほぼ間違いなさそうだ。
「よし、よくやった。
引き続き見張りを頼む」
「お任せを」
俺は仲間と相談するため野営地に戻った。
「――と言うわけだがどう見る?」
俺が見聞きしてきたことを話すと、ウィルは難しい顔で呻いた。
「……洞穴は厄介ですね。
中の様子が分かりませんし、数も生かしにくい」
「とは言え、出直したところで状況は変わらんでしょう。
このまま不意打ちするのがいいんじゃねえかと思いますが」
と、こちらはエルマー。
俺は少しばかり思案した後、決定を下した。
「よし、明け方に急襲するぞ。
隊は組み替えだ。
荒くれ者は全員俺が引き受ける。
ウィルは弓組を率いて二つ目の出口を囲め。
エルマーは柄杓組と一緒に俺についてこい」
*
俺たちは少しばかり仮眠をとって体力を回復させた後、行動を開始した。
第一の出入口についた頃には丁度良く空の淵が微かにその色を薄くし始めていた。
洞穴の見張りは長時間の見張りに疲れたのか、あくびをかみ殺している。
ウィルたちももうすっかり配置についた頃だろう。
「始めるぞ」
「へえ」
エルマーの合図に柄杓組が各々柄杓に手槍を乗せていく。
「やれ」
俺が声を抑えて合図をすると、柄杓組が一斉に槍を放つ。
二人の見張りが声もたてずにその場に倒れ伏した。
即死だろう。
同時に荒くれ者たちが俺とともに、静かに入口へ前進する。
通りすがりに死体を確認すると、それぞれ三本ずつの槍が鎖帷子を貫通して突き立っていた。
一人の顔面を打ちぬいているのはエルマーの槍に違いない。
放たれた槍は二十本。
あの距離、この暗闇でこれだけ命中したのなら上々だ。
準備しておいた未点火の松明に篝火で火をつけて、洞窟の内部に突入。
「さあ野郎ども! 声を上げろ!」
横穴から顔を出した寝ぼけまなこの盗賊に斧を見舞いつつ俺が叫ぶと、後続の荒くれたちが野太い声で応じた。
「おおぉぉぉ!」
彼らの雄たけびが洞窟の奥へとこだまする。
「なんだ!?」
「誰か見てこい!」
奥からそんな声が聞こえて、また一人盗賊が顔を出す。
今度は殺さずに利き腕を斬りつけ、武器ごと斬り落とす。
逃走されぬよう足にも一撃。
そいつは倒れこみながら奥に向かって叫ぶ。
「敵襲! もう内部に入り込んで――」
おっと、ここまでで十分。
その背に鉄の斧でもう一撃。
言葉が途切れ、壮絶な悲鳴が上がるのを確認してから金の斧でトドメ。
「殺せ! 皆殺しだ! 一人も逃がすな!」
「殺せ殺せー!」
「生皮剥いで切り刻んでやれ!」
俺の音頭に従い、荒くれどもがあえて声を合わせることなく叫ぶと、洞窟の奥で明らかな動揺の気配が起きた。
それを追いかけるように古参盗賊の誰かが、「大軍だ!」「逃げろ!」「退却だ!」などと叫んで混乱を助長する。
見つけた横穴に兄弟を残して抑えさせながら、俺自身はひたすら奥へ奥へと敵を追い立てていく。
訓練を積んだ兵士と閉所で正面からやり合うなんて割に合わない。
立ち直る隙を与えないのが肝要だ。
やがて、盗賊どもが寝起きしていたと思しき広い空間に行き当たった。
すでに敵の姿はそこにはない。
恐怖と混乱を煽り立てた成果として、鎖帷子やら兜やらの防具が、身に着けられぬままそこら中に散乱していた。
「よし、この先は慎重に行くぞ。
〈熊〉は横に来い。
後続はうまいこと照らしてくれ」
「へい!」
俺は盾を構えると、〈熊〉と横に並んで、上り調子になりつつある洞窟を慎重に進んだ。
俺の計画が当たっていれば、この先は第二の出口に通じているはずだ。
しばらく進んだところで、通路の奥からギャアとかヒイとか言う悲鳴が聞こえ始めた。
「だ、ダメだ! 待ち伏せされてる!」
「い、イチかバチか――ギャア!」
おそらく、この先の出口でウィルたちに射すくめられているのだ。
「戻れ戻れ!」
「も、戻れったって……!」
奴らは大混乱だ。
武器も持たずに引き返してきた奴がいたので鉄斧で腹を横殴りに斬りつけ、奥の奴らにたっぷりと悲鳴を聞かせてやった。
悲鳴がゼイゼイという呼吸音に変わったところで俺は奥の奴らに呼びかけた。
「降伏しろ! 降伏しねえなら皆殺しだ!」
俺の声が聞こえたのか、通路の奥でわめきあっていた奴らの声が止まった。
ついで、何か話し合っているらしきぼそぼそと言う声。
奴らは少しの間そうして話し合っていたが、話がまとまらないのかだんだんと揉めているらしい気配が伝わってきた。
最後に、悲鳴とも呻きとも取れるくぐもった声が一つ。
そのすぐ後に、一人の男が両手を上げてこちらにやってきた。
「話がまとまった。降服する」
男の顔には返り血らしい赤い液体がしたたっていた。
*
盗賊どもの生き残りは五人。
死体は十一。
こちらの損害はなし。
行き当たりばったりだった割には存外にうまくいった。
外に出て盗賊どもを縛り上げていると、その中の一人が俺を見て憎々しげに言った。
「てめえ、〈木こりのジャック〉か!
てめえのせいで――」
「大人しくしやがれ!」
縛られている最中だったそいつは、〈熊〉の剛腕にぶん殴られて落ち葉に顔を沈めた。
はて、と俺は首をひねった。
俺には盗賊の知り合いはいないはずだが。
「おい、俺とどこかで会ったか?」
そいつが縛りあげられるのを待ってから俺は訊ねた。
俺の記憶にはない顔だが、もしかしたらまだ堅気だった時分の俺を知っている奴かも知れなかった。
「はっ! そっちは覚えちゃいないだろうがよ。
俺たちはオクスレイ城の守備兵だったんだ。
代官様に召し抱えられてよ、これで故郷に顔向けできると思った矢先に、お前らのせいで何もかもが台無しだ!」
興味をそそられたので詳しく聞いてみると、次のような話であった。
俺たちの襲撃直後、守備兵たちは直ちに修道院の警護に向かっていた代官のもとに伝令を出した。
大急ぎで修道院からたった一人戻ってきた代官は、居残りの守備兵たちを散々に脅し上げた。
なにせ、たかだか十人ばかりの盗賊に一時的とはいえ城を乗っ取られ、国王陛下の財産まで奪われるなんて前代未聞である。
このままでは全員処刑されるとすっかり信じ込まされた彼らは、代官に言われるがままに倉庫に残った物資や財貨を船に積み込んでどこかに隠した。
事が済んだら全員で山分けし、逃走資金にする予定であると説明されていた。
そうして、代官は王都から派遣されてきた調査官に「倉庫の中身はすべて奪われた」と虚偽の申告をしたうえで、「どうか雪辱の機会を与えて頂きたい」と金を握らせながら頼み込み、あの晩の守備兵たちを率いて森へ向かった。
もちろん、本当の目的は雪辱なぞではない。
自分たちの死を偽装しつつ、ついでに俺たちの口を塞ごうという訳である。
ことによったら、
だが、知っての通り結果は散々。
それでもどうにか生き延びた彼らは、山分けを受け取るべく宝の隠し場所にたどり着いた。
ところが、隠し場所はすっかりもぬけの殻。
同じく生き延びたはずの代官は姿も見せない。
彼らは騙されたことに気づいて大いに憤慨したが、今更城に戻ることもできず、やむなく盗賊仕事に手を染めた。
少し前まで盗賊を狩る側にいた彼らは、ある程度その手口や追う側のやり方を心得ていた。
おかげで何度か襲撃には成功したものの、すぐに立ち行かなくなってしまった。
俺たち森の兄弟団が大暴れしたせいで金持ちたちの警戒心が軒並み上がり、各地の取り締まりも一気に厳しくなってきたからだ。
かといって、荒れ果てた王領では金持ち以外に襲う価値のある相手はいない。
そこで彼らは比較的庶民が裕福なウェストモントに活動拠点を移し、そのまま今日に至る……という話だった。
なんともまあ。
かける言葉が見つからなかったが、何も言わずにおくのも格好がつかない。
「まあ、あれだ、えっと……」
俺は足りない頭を捻って、どうにか言うべき言葉をひり出した。
「正直に生きるべきだったな?」
「うるせえ!」
うん、まあ、ごもっとも。
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