第31話 狩り

 木こり仕事を始めて三日、無事に台地の上の木を伐り尽くしたので、館の近くに設営していたキャンプをこちらに移した。

 荒くれ者の集団をいつまでも村の近くにおいておけば余計なトラブルが起きかねないというのがその理由だ。


 時を同じくして、スティーブン殿下が手配してくれた職人の一団と資材が到着した。

 早く屋根のあるところで寝たかったので引き続き彼らを手伝おうとしたのだが、邪魔だからと工事現場から追い出されてしまった。

 やはりああいう専門家の集団には独自の流儀があり、素人が手を出せばかえって混乱してしまうらしい。


 手が空いたので、いよいよ本来の仕事である盗賊狩りを開始する。

 まずは森の奥の状況を把握せねばならない。


 俺たちはウィルやエルマー、それから古参盗賊を中心に各十人の組を十ばかり作った。

 そして、半分を拠点周辺の護衛と警戒に残し、残りを森の奥の探索に派遣した。


 拠点護衛の指揮は〈犬〉に任せて、俺もそのうちの一組にくっついて探索に加わることにした。

 俺がついていくことにしたのは、〈狐〉と呼ばれる古参盗賊が率いる組である。

 〈狐〉は〈犬〉に次いで追跡がうまい男で、盗賊を見つける可能性が一番高いのだ。


 一行の先頭を進むのは組頭の〈狐〉である。

 追跡上手のこの男は当然のように目がよく、森の中に潜む違和感を見落とさない。

 必然、罠を見破るのもうまかった。


 その後ろに、槍と盾を持った柄杓組、ウィルが鍛えた弓組、刃物で武装した荒くれ者の順に続く。

 俺は荒くれ者の一員として隊列の後ろにつく。


 程なくして〈狐〉がその場にしゃがみ込み、何やら地面を調べ始めた。

 どうやら足跡か何かを発見したらしい。


 俺は〈狐〉のもとに向かい、状況を訊ねた。


「どうだ? 何かわかりそうか?」


「へえ、お頭。これを見て下せえ」


 〈狐〉はそう言って体をずらすと、さっきまで自身が観察していた場所を示した。

 そこには落ち葉で覆われた、何の変哲もない森の地面があった。


「足跡か?」


「はい、お頭」


 〈狐〉がニヤリと笑う。


「こいつら、足跡を隠す気がありません。

 ついでに足の大きさの割にゃあ妙に深い。

 鎖帷子か何か、まあちゃんとした防具を着込んでいる。

 こっちを見てください」


 〈狐〉が指さした先には、こちらは俺が見てもわかる棒を差し込んだような丸い穴があった。


「こちらは槍の石突の跡でしょう。

 なかなか良い装備を持っているようです。

 人数は四、五人。おそらく、森には慣れてねえ傭兵崩れどもだ。

 こりゃ簡単に片が付きそうですな」


「そりゃいい。よろしく頼んだぞ」


 こんな仕事はさっさと片付けて、拠点でのんびり過ごしたいものである。


 それからは黙々と森の中を歩き回った。

 流石は追跡上手だけあって〈狐〉は足跡を見失うことなく進み続ける。

 が、小川を渡って少し経ったあたりで、彼は突然舌打ちをして立ち止まった。


「くそ、やられた」


「どうした?」


「足跡が途切れやした。

 多分、さっきの小川でしょう」


 〈狐〉が言うには、追跡相手は小川を利用して足跡をごまかしたのだろうという。

 川を渡った後しばらくして引き返し、その後川を遡って進むというあれだ。


「こんな初歩的な手に騙されちまうたあ……面目ねえ。

 歩き方があんまり素人臭いんで油断しとりました」


「素人臭いってのも偽装か?」


「いや、そうは見えねえんですが……でもまあ、この手を使われると犬を使っても追うには一手間かかります。

 思ったより厄介な連中かもしれませんぜ」


「ふむ」


 そういや騎士のダニエルも苦労してるって言ってたもんな。


「わかった。だがもうだいぶ日も傾いてきている。

 今日はいったん引き返すとしようか」


「へえ」


 〈狐〉はいかにも悔しそうであったが、慣れない森でおまけに暗いともなれば不意打ちの危険が増える。

 他の隊にも早めに帰還するよう厳命してあるのだ。



 翌日は拠点組と捜索組を入れ替えて、同じように周辺を捜索した。

 前日同様、目立った成果は上がらなかったが、主目的はこの森の地形を把握し、慣れさせることなので問題はない。

 そんなことを繰り返すこと数日、徐々に盗賊に関する情報が集まってきた。


 各組の報告を総合するに、奴らの人数は十人から十五人程度。

 通常は四、五人のグループで森をうろつきまわっている。

 狩りでもしているのかあちこちに矢が残っており、弓持ちがいるのは間違いない。

 矢の形状からして、地元の人間でもないようだ。

 おそらく装備は良好、かつ重装備で長時間歩きまわっていることから元は訓練された兵士だろう。

 最初の内は何度かこちらの拠点を偵察しに来ていたようだが、俺たちの数が多いのを見てか近頃は寄り付かないようになっている。

 追跡に対しては一応警戒しているらしく、ある程度の距離まではバラバラの方向へ離脱しているが、最終的に目指しているのは北西方向。


「そろそろ、本格的に追い始めてもいいでしょうな」


 これらの情報をまとめた上で、〈犬〉が結論を出した。


「かなり慎重な奴らです。

 恐らく、こちらの方が数が多いとみれば手は出してこないでしょう。

 ですから十人組二つで一隊として、三隊を送り出します。

 それぞれお頭、ウィル、エルマーを隊長とし、〈獣〉連中のうち特に頼りになるのを補佐につける。

 とまあこんな感じでどうでしょう?」


 〈獣〉と言うのは、ロバート親分の時分からの古参盗賊の事だ。

 動物のあだ名がつけられていたことからこう呼ばれており、一党の中では少しばかり特別な地位を占めている。

 盗賊歴が長いだけあって、森の中での行動にも慣れていた。


「よし、それで行こう。お前はどうするんだ?」


「残って護衛組の指揮を執ります。

 建設現場の方も見なきゃならんですしね」


 まあそうなるよな。

 俺が残ったって、大工の親方連中に「ここはどうしましょう?」と聞かれたときに答えられない。


 俺の隊には〈狐〉がつけられた。

 狩りに出て逆に不意打ちを食らったなんてことになればあまりにも情けないから、頼りになる奴が一緒なのはありがたい。

 三隊は三方向に分かれ、それぞれ目星をつけていた足跡を追う。


 俺達は〈狐〉の先導で黙々と進んだ。

 小川に差し掛かったところで彼は立ち止まり、対岸の足跡を確認してニヤリと笑った。

 どうやら同じ手は食わないようだ。

 少しの間小川の上流と下流を見比べ、上流に向かう。


 川を遡ることしばし。

 〈狐〉は無事に足跡の主たちが川から上がった痕跡を発見し、追跡を続けた。

 やがていつもなら引き返す頃合いになったが、今回は捜索続行だ。

 食料は三日ほど。最低限の野営具も持参している。


 敵の拠点は一日以内の距離にあるだろうというのが〈犬〉の見立てだった。

 森の外縁付近にしか野営の痕跡が見つからなかったからである。

 おそらく、盗賊達は日のある内に森の外縁まで進出し日没後闇に紛れて民家を襲撃。

 夜明けとともに森の奥へ帰還していたんだろう。

 俺達も似たような行動パターンだった。


 俺たちが目指しているのが単なる中継拠点に過ぎない可能性もないではない。

 だが、襲撃の頻度から考えれば今回の連中が生活を森の外部に依存しているのは明白である。

 そんな奴らがわざわざ不便な奥地に拠点を構えるとも考えづらいのだ。


 こちらは痕跡を探し、待ち伏せを警戒し、できるだけ奴らに見つからぬよう進むのだからどうにも時間はかかるが、それでも一日半も進めばたどり着けるに違いない。


「おい、〈狐〉。今日はここら辺にしとこう」


 俺の声掛けに、〈狐〉は不満そうに顔を上げた。

 が、それでようやく既に日が陰り始めていることに気づいたらしい。

 地面ばかり見ていたせいに違いない。

 秋は陽が落ちるのが速い。まもなくあたりは真っ暗になるだろう。


「暗くなる前に野営の準備を始めないとな」


「へえ」


 〈狐〉が言うには、足跡の具合からして奴らは頻繁にここを通っているらしい。

 恐らく拠点が近いのだろう。

 だから野営と言っても火も使えないしテントを立てるわけにもいかない。

 せいぜい数人ずつで固まって離れすぎない程度に分散し、隠れるだけである。

 秋も深くなりつつあるこの季節にこれはなかなかにきついのだがしかたない。


 ある者は木の上に上り、ある者は藪に身を伏せる。


 俺もちょうどいい場所を求めてうろうろしていたが、不意に森の奥に何かの気配を感じた。

 周囲にいた兄弟たちも何かを察知したらしく動きを止め、身を低くしている。

 俺もその場に屈んでじっと耳を澄ます。

 風の音に交じって、微かな足音が近づいてくる。

 姿はまだ見えない。動物の類でないのは確かだ。


 弓持ちたちがそっと矢をつがえ、柄杓組も盾を片手に槍を柄杓に沿わせて持つ。

 相手の動きが止まった。

 あちらもこちらの存在に気づいたのだろうか。

 おおむねの方向と距離は見当がつくが、それ以上のことはさっぱりわからない。


 〈狐〉と目が合ったので、手まねで敵の側面に回り込むよう指示を出す。

 彼は頷くと、付近にいた弓持ちを数名連れて音を立てぬよう静かに動き始めた。

 もう一人、古参盗賊を見つけたのでそいつにも反対側へ行くよう手まねを送る。


 しばらくの間、姿も見せず音も立てないままにらみ合いが続いた。

 そろそろ〈狐〉たちは配置についたころだろうか?


「アオーン!」


 俺は相手がいるであろう方向に向かって遠吠えを上げた。


「アオーン!」


 すぐに聞き覚えのある声で遠吠えが返ってきた。

 思っていたよりも近かった。あぶねえ。


 ともあれ、敵でないことは確認できた。

 俺達は緊張を解いて立ち上がる。


 あちらもそこかしこの茂みからひょこひょこと顔を出した。

 ウィルの隊だった。


 ウィルは俺の隊が彼らを囲むように半円状に展開しているのを見てギョッとした顔を浮かべた。


「……うへえ。あぶねえとこだったな」


「そっちこそ、まさかこんなに近づかれてるとは思わなかったぜ」


「へへ、どうやら足跡がくっついたみたいですね。

 今日はここで野営ですか」


「ああ。この分だと、もう少し待てばエルマーも来るかもな」


 その通りになった。

 エルマー隊が合流したので、俺たちは今後の方針を打ち合わせた。


「三つのルートが合流したってこったあ、だいぶ盗賊どものねぐらに近づいてる可能性がありますぜ」


 エルマーが、盗賊らしく凄みの利いた声で言う。

 こいつも近頃ではこういった喋り方が随分板につくようになってしまった。

 喜ぶべきか嘆くべきか難しいところだ。


「夜目の利く連中を斥候に出しやしょう」


 と、エルマー。


「うまくいけば、夜のうちに奇襲をかけることができるかもしれやせん」


 なるほど。


「だけどお頭、俺たちは丸一日歩きどおしです。

 今夜は休ませて、夜が明けてから攻撃した方がいいんじゃないですかね。

 あんまり暗いと弓での援護もできません」


 と、ウィル。

 これも一理ある。


 俺は判断を保留することにした。


「ひとまず、斥候は送り出そう。

 すぐに攻撃するかどうかは、距離と状況次第だ」

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