新しい故郷
第26話 新天地
さて、先の話に出てきたウェストモントというのが、現在の俺たちの目的地である。
この国の西部にある山岳地帯をそう呼ぶらしい。
現在はヴェロニカ殿下の弟の支配下にあるという。
「なにをするにしても、まずはステフを説得しなきゃならないわね」
知らない名前が出てきた。
「ステフとはどなたの事でございますか?」
俺が訊ねると、殿下は呆れと驚きが入り混じったような顔をした。
「貴方って何にも知らないのね」
「はい、その通りです、殿下」
マーサ婆さんに言われた通り、まずは殿下のお言葉を肯定してみたらますます呆れられた。
「……どうにも調子が狂うわね。
構わないから、今は普段通りに話しなさい」
それでいいのかと、ちらりとマーサ婆さんを盗み見てみると、彼女はわざとらしく明後日の方向を向いていた。
多分、今だけは黙認してくれるということなのだろう。
「はい、殿下。そのようにさせていただきます。
それで、そのステフってのは誰なんだ?」
「私の弟よ。
スティーブン王子。 先王ロベールの嫡子。
現在のウェンランド王冠の第一継承者。ウェストモント公。
貴方が仕える相手なんだからよく覚えておきなさい」
「お、おう……」
「ねえ、さすがに今の王様が誰かぐらいは分かるわよね?」
「それも分からん……」
ハンス爺さんも森婆も、色々なことを俺に教えてくれはしたが、どちらも森の外の情勢にはあまり詳しくなかったように思う。
王様はこの国で一番偉い人だ、という程度の知識しか俺にはない。
そんな俺を前にして殿下は頭を抱えている。
「ああ、もう……どこから話せばいいのかしら……」
「なあ、一つ前の王様が殿下の父親なんだよな?
じゃあ、今は誰が王様をやってるんだ?」
「分かったわ。そこからにしましょうか。
今王位についているのは、私たちの叔父、つまり父の弟ね。
名はエリック」
「叔父? 普通は、王様が死んだらその子供が王様になるんじゃないのか?」
「そうよ、普通ならね。
だけど、十年前に父が死んだとき私の弟はたったの五歳。
流石に国を治めるのは無理でしょう?
だからステフが成人するまでという条件でエリック叔父様が王位についたの。
ここまでは大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
幼い子供が土地を相続する際に、その子が自分で耕せるようになるまでその親族が、ってのは農村でもよく聞く話だった。
だから、その後どうなるのかも凡そ察しが付いた。
「そのステフが成人したのが今年の冬。
だけど、叔父様は王位を返してくださらなかった」
ほらやっぱりそうなる。
「それどころか王位を返上するよう直談判しにいった私をお城の塔に閉じ込めたのよ!
ねえ、あなたも酷いと思うわよね?」
「まったくひどい話だな」
まあ、お姫様が言っているのが本当ならば、だが。
「で、仕方がないから『修道院に入って神にお仕えしたい』って嘘を言って外に出て、
隙を見て逃げ出したところで貴方たちに出会ったってわけ」
話を聞く限り、かなり行き当たりばったりで逃げ出してきたようだ。
「それじゃあ、あれか?
俺たちのことは知らずに偶然出会ったっていうのか?」
「まさか。
もちろん、貴方たちのことは逃げ出す前から知っていたわ。
これだけ規模の大きな盗賊団はそうそういないもの。
そうでなくたってあれだけのことをしでかしたんだから、当然私の耳にだって入ってくるわ」
「あれだけの事ってなんだよ」
なんだか嫌な予感がしたので俺は聞いてみた。
「貴方達、代官のお城を乗っ取った上、城壁に大穴をあけて倉庫の中身を奇麗に持ち去ったそうじゃない!
とぼけても無駄よ?
この件については、王都まで正式な調査報告が上がってきてるんですからね!」
また話が大げさになっていた。
確かに俺たちは代官の城から物資を奪ったが、城の一部を一時的に占拠しただけで乗っ取ったりはしていない。
城壁にあけた穴だって、人が一人通り抜けられる程度だ。
倉庫の中身だって、小舟に積み込めるだけ積み込みはしたが全体からすればごく一部――
そこまで考えてふと気づく。
「なあ、本当に倉庫は空になってたのか?」
「ええ、調査に派遣した騎士が確かにその目で見たそうよ」
俺は思わず笑ってしまった。
あのくそ代官、どうやらタダでは転ばなかったらしい。
恐らく俺の襲撃にかこつけて倉庫に残っていた分を自分の懐に入れてしまったに違いない。
怪訝そうな顔で俺を見ていたお姫様にそのことを教えてやると彼女も大笑いした。
「あの代官、生きていたら間違いなく縛り首だったでしょうね!
でも、私は彼に褒美をあげたいところだわ。
ちょうどそのころ叔父様は戦に負けて捕虜になっててね。
あの件で危うく身代金が払えなくなるところだったのよ。
まさか、貴方達じゃなくて代官の仕業だったなんて!
叔父様にはいい薬だわ。ちゃんと国内に目を配ってないからそんなことになるのよ」
それを聞いて今度は俺が仰天する番だった。
あの事件の裏でそんなことが起きていたとは。
王様にしてみれば俺たちのせいで危うく身代金を払い損ねるところだったのだ。
恐らく、そう遠くないうちに本格的な討伐令が出されていたに違いない。
殿下について森を出たのはやはり正解だった。
というか、今でも危ないんじゃなかろうか?
「おい、赦免の件、本当に大丈夫なんだろうな?」
「多分。叔父様は貴方みたいな人、好きでしょうから。
少なくとも、王の財産を着服する代官よりかはね。
最悪、別人だと言い張ればいいわ」
そんな風に気軽に嘘がつけるなら苦労はしない。
できるんなら俺は今頃森で平和に木こりを続けていたことだろう。
突如として将来が怪しくなってきたが、考えたところでどうなるわけでもなかった。
どうなるわけでもないのなら、考えるだけ無駄だ。
俺は無駄なことを頭から振り払うと、黙々と歩くことに集中することにした。
万が一追手がかかったとして、王都から離れていれば、それだけ逃げ出す猶予は大きくなるに違いないのだ。
余談だが、当の代官は俺たちに返り討ちにあって以降は行方知れずらしい。
俺達の方でも死体は見つけられなかったから、大方、戦いに敗れたのを幸いあそこで死んだ事にして、着服した財産もろとも雲隠れしたのだろう。
*
将来への不安とは裏腹に、ウェストモントへの旅路は至って順調だった。
途中幾度か関所が設けられていたが、その様な場所ではヴェロニカ殿下が掲げる王家の旗が大いにモノを言った。
こいつを先頭に押し立てて進めば、どこの門番もヘコヘコと頭を下げながら関所の門を開けてくれるのだ。
こんな盗賊同然のなりをした俺たちのためにである。
もっとも、我らが殿下に言わせれば、旗ではなく俺達のお陰であるらしい。
「それはどうだろう?
そりゃ俺たちが全力でかかればあんな関所を押し破るのは訳ないけどな。
そのかわり、すぐに討伐隊が追いかけてきてあっという間に狩られちまう。
こうして堂々と関所をくぐれるのはやっぱりその旗のお陰だよ」
俺がそう言うと、姫様は肩をすくめた。
「確かにこの旗には権威があるわ。だけどそれだけ。
私とマーサだけじゃ、旗があっても関所の兵士たちに捕まって、そのままエリック叔父様に引き渡されて終わりよ」
そして、振り返って後ろに続く俺の兄弟たちを見て微笑み、言葉を続ける。
「だけど貴方達が居れば違う。
背後に軍勢が居れば、彼らは私たちに手出しできない。
手出しできなければ、この旗の権威を認めざるを得なくなる。
私達だけではできないことでも、貴方達だけでもできないことでも、両方が揃えばできるようになる。
私たちは互いにその力を高めあっているってわけね!」
よくわからないが、実際こうして何の問題もなく関所を通れているんだからきっと彼女の言うことは正しいのだろう。
それに、俺たちが互いに役立っていると言われれば悪い気はしない。
そうして行軍を続けること数日、俺たちは狭い谷道に設けられた関所に差し掛かった。
いつものように〈犬〉に目配せし、一党の中でも特に体格がよく強面の連中を前方に集めさせる。
ところがである。
「今回はそんなことしなくていいわ」
我らがお姫様はそう言うと、止める間もなく前方に飛び出していく。
するとどうだろう。
関所を守っていた兵士たちが恭しくお姫様の前に膝をついたではないか!
お姫様はさっさと関所の門をくぐると、こちらに振り返って言った。
「皆さん、ウェストモントへようこそ。
ここから先は私たちの領地よ!」
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