第19話 義賊〈木こりのジャック〉

 城の襲撃成功により俺たちは大いに名を上げた。

 少なくとも、〈梟〉や〈兎〉が街で集めてきた情報によればそのようなことになっている。


 もちろん城の倉庫からお宝を盗み出すという大仕事をやってのけたのが主な理由だが、それだけではなかった。


「代官ってのは税を集めりゃ集めただけ雇い主に評価されますからね。

 おまけに領主と違って自分の土地じゃないもんだから土地や民を豊かにしようって発想がない。

 だからどこに行ったって代官は嫌われ者でさあ。

 その上賄賂をとって好き放題やってりゃね、そりゃそうなりますよ」


 とは、〈犬〉の言である。

 つまり嫌われ者のお偉いさんに一発食らわせてやった、というのが俺たちの評判を一層上げているらしい。

 なるほど、俺だって木こりをやっていた頃にこんな噂話を聞いたなら、トムと一緒に乾杯の一つもしたかもしれない。


 普通なら天下に名が轟いたと大喜びするところだが、なんと言っても俺達は盗賊である。

 あまり名前が売れるのも善し悪しだ。

 そうでなくとも有名になればいろいろな奴が寄ってくるようになる。

 先日もこんなことがあった。


 その日、俺は〈大鼠〉と連れ立って森の見回りに出ていた。

 見回りとはいっても、実際の目的は俺に森の中を案内して回ることである。

 なにしろこの盗賊団の頭になってからこっち、ほとんど休む間もなくあちこちに襲撃に出ていたから、こうした時間がまだとれていなかったのだ。


 水が飲みたいなら泉はココ、木の実が食いたいならこっち、あっちは罠が仕掛けてあるから近づくな、なんて話を聞きながら森の中をうろつき回っていた所、突然矢が飛んできて俺のすぐ足元に突き刺さった。

 さては代官が差し向けた追手かと身構えたが相手の姿はさっぱり見つからない。

 スッカリ狼狽えた様子の〈大鼠〉と背中を合わせてキョロキョロしていると、今度は矢が飛んできたのとはまた別な方向から「動くな」と声がかかった。

 そちらに目を向けると、一人の若い男が姿を現した。

 非武装をアピールするためか、空の両手を上にあげている。


 それを見た〈大鼠〉は狼の鳴き真似で仲間に知らせようと大きく息を吸い込んだ。

 が、さらに二本の矢がその足元にビィンと突き刺さったのを見て、遠吠えの代わりにヒッという悲鳴を漏らした。

 若い男はニヤニヤと笑いながら俺たちに言った。


「妙な真似はするな。

 俺も一人でノコノコやってきたわけじゃない。

 周りには何人か仲間が弓を持って伏せている」


 俺はひとまず気持ちを落ち着けると、目の前の相手をじっくりと観察することにした。


 年の頃は俺よりも二、三上、トムと同い年といったところか。

 服装は小ぎれいで、野盗や食い詰め者といった風ではない。

 背には矢筒を負っており、仲間と同じく本人も弓を使うと見える。

 それでは傭兵か何かかとも思ったが、どうにも子供じみた顔つきをしており、少なくとも人を殺したことがある風には見えない。

 これらを総合して、こいつはそこそこ豊かな自作農の次男坊か何かだろうと見当をつけた。

 自作農は土地を所有する権利と引き換えに、召集されれば領主の兵士として従軍する義務を課せられているのだ。

 わけても土地を相続できる見込みのない次男以下の者たちは、兵士としての立身出世を夢見て一層弓の訓練に身を入れることがある。

 おそらく、こいつもそうした手合いだろう。


 俺の首を手土産に、徴集兵としてではなく正規兵として取り立てて貰うつもりなのかもしれない。

 そう思えば俺の目つきだって自然と鋭くなる。

 ところが男はへらへらと笑いながら言葉をつづけた。


「おいおい、そんなに睨まないでくれよ。

 何もあんたらを敵に回すつもりはないんだ。

 本当さ」


「それにしちゃあ随分な挨拶だな」


「すまんすまん、でもあんたらは盗賊だろ?

 普通に声をかけるんじゃ怖くってさ。

 な、あんたらあの〈木こりのジャック〉の一党で間違いないな?」


 それを聞いた〈大鼠〉が何か言おうとしたので、余計なことを言う前に軽く肘で小突いて黙らせた。


「いかにもその通りだが、一体俺たちに何の用だ」


 そう言いながらさて一戦おっぱじまるかと俺は身構えた。

 ところが、相手はそれとは逆に緊張を解いた様子で


「やっぱりそうか!

 おい、みんなもう出てきていいぞ!」


 男がそう言うと、周囲から四人ほどの若者がぬっと姿を現した。

 〈大鼠〉も背中合わせに臨戦態勢をとるが、どうも相手にはその気はないらしい。

 いったい何が起きているのかと眉間にしわを寄せたが、男はそんなのお構いなしに、ニコニコと口を開いた。


「俺たちはあの悪代官を懲らしめた〈木こりのジャック〉の一党に加わりに来たのさ!

 弓の腕じゃ誰にも負けないぜ!

 早速あんたらの親分のところまで案内してくれよ」


 どうやらこいつらは俺のことを盗賊団の下っ端か何かと勘違いしているらしい。

 まあ、実際俺は一党の中でセシルの次に一番若い身だ。

 普通に考えれば俺が頭とは思うまい。


 しかし、さてどうしたものか。

 状況を把握し心に余裕が出ると同時に、その空いた部分に悪戯心が顔を出してきた。

 このまま素知らぬ顔でねぐらまで案内し、そこで正体を明かすのも面白かろうが、できればもう一捻り欲しい。

 なんというか、このまま迎え入れたところで舐められたままになってしまう気がする。

 少しばかり考えて、俺はいいやり方を思いついた。


「よし、分かった。

 だが俺たちの仲間になりたいってんなら、もうちょっと腕のいいとこを見せて貰わねえとな」


「力試しってわけか。

 どうすりゃいい?

 剣でもレスリングでも何でもござれだ。

 こうみえても、村にいた頃は負けなしだ!」


「お前さんは弓自慢らしいからな。的当て勝負といこうじゃないか」


 俺がそう言うと、若い男はニヤリと笑った。

 どうやらよほどの自信があるらしい。


 俺はさっそくそこらの蔓をむしって丸く編むと、ナイフと一緒にそいつに渡して言った。


「じゃあ、これを好きなだけ遠くの樹の幹にひっかけてきてくれ。

 それを順番に射って、外した方が負けだ。

 両方外したらそのままで、両方当てた場合は的から五歩ずつ遠ざかってもう一度だ」


 若い男は大喜びでそれを受け取ると、三百歩は先にそれをひっかけて戻ってきた。

 いつの間にやら立派な弓を手にしている。


「おいおい、お前さんあんな遠くで本当に大丈夫か?」


 俺がそう言ってからかうと、若い男はむっとした顔で言い返してきた。


「もちろんさ。何なら先に射って見せるぜ」


 言うが早いか彼は弓に矢をつがえると、しっかりと狙いをつけてビョウと放った。

 自信満々に言うだけのことはあり、矢は引っ掛けた輪の中にしっかりと突き刺さった。

 なるほど大したものだ。これならあのトムにも匹敵するかもしれない。

 まあ、トムなら狙いをつけるのに半分もかからなかったろうが。


 男はこちらに振り向いてにこりと笑った。


「さ、次はあんたの番だ。

 おい、自信がないなら降りてもいいんだぜ。

 案内さえしてくれれば文句は言わないさ」


「もちろん受けて立とうじゃないか」


「そうかい。ところで弓はどうした?

 手持ちがないって言うなら俺のを貸してやるが」


「いらんよ。

 俺はこれで」


 と言って、俺は手にした鉄の斧を見せた。

 そのまま無造作に斧を放る。

 手を離れる直前に銀色になった俺の斧はクルクル回りながら的の所まで飛んでいき、奴の矢軸を真っ二つに引き裂きながらついでに的も両断した。


「どんなもんだい」


 そう言いながら振り返ると、若者たちが揃ってその場にひれ伏していた。


「なんだ、もう降参か?」


「まさか貴方があの〈木こりのジャック〉とは気づかず、失礼をいたしました」


 悪戯の効果は十分。大変にいい気分だ。


「なにいいってことよ。

 まあ腕前の方はしっかり見せてもあったからな。

 俺達のねぐらまで案内してやろう」



 そうしたわけで、俺はウィル――五人組のリーダーはそう名乗った――たちを拠点まで連れて行き、仲間に加えた。


 拠点に戻る道すがら彼らの身の上話を聞いてみたのだが、大体のところ俺が想像した通りの出自だった。

 そこそこ裕福な自作農の次男坊として生まれたものの、土地を継げる見込みはなし。

 先の選択肢といえば、兄の下で小作人として生きるか、どこぞの土地持ち農家の婿に入るか。

 前者はもちろんの事、運よく後者になれたとしてもよその家で肩身の狭い思いをして暮らすことになる。

 となれば兵士になって手柄を挙げ、土地を下賜されでもしなければ将来が開けることはない。


 血気盛んな彼らは兵士としての立身を目指した。

 幸いなことに国王陛下はここのところ大陸で戦に明け暮れており、王軍に入るのは難しくない。

 というか、黙っていてもそのうち召集がかかるに違いなかった。

 それならばと弓の稽古に励んでいたが、その戦の雲行きがどうにも怪しい。


 というのも、彼らの村からも毎年のように誰かしらが戦に引っ張られていたが、無事に帰ってくるものは半分もいない。

 生きて帰ってきた者たちも皆、「今年も散々な負け戦だった」と口を揃える。

 それでも中には手柄を立てて褒美をもらったという者もいたが、それとてせいぜい銀を袋一杯にもらったという程度。

 一財産には違いなかろうが、銀貨というのは土地とは違って使えば使うだけ減っていく。

 一生の暮らしを立てるには到底足りない。


 王が戦に勝てないんじゃ話にならない。

 どんなに奮戦したって負け戦じゃ褒美は貰えないのだ。

 褒美がもらえないんじゃ戦に出る意味がないし、そもそも命すら危うい。

 おまけに戦の負けを取り戻そうとするかのように、税はどんどんと重くなっていく。

 そんな王に仕えるなんてまっぴらごめんである。

 それならばいっそ、最近名を上げている義賊の一党に加わって世のため人のために暴れてやろうじゃないか。

 と、そのような訳で俺たちのところにやってきたらしい。


 それにしても一体全体どうやって俺たちの居場所を知ったのか。

 聞いてみればこれまた単純な話だった。

 なにしろ、これまで俺たちは一仕事するたび方々に食べ物やらなんやらをばらまいて来たのだ。

 彼らはそうした噂をたどりながら俺たちの居所を突き止めたらしい。

 これは〈犬〉の計画の弊害だろう。


 〈犬〉は部外者を不用意に拠点に連れ込んだことについてひとしきり小言を言った後、こう言った。


「まあ、拠点の詳細な位置さえバレなきゃどうってことはありませんよ。

 どの道、ロバート親分の頃から俺らがこの森にいることは知れ渡っていましたからね」


 なるほど。言われてみればその通りである。

 とは言え、ウィルたちにすら居場所がバレたのだから代官にだって当然バレるのだ。


 ウィルたちが来てから数日後、面目を潰されて怒り心頭になっていた代官が早速俺達を討伐しにやってきた。

 驚くなかれ、その数僅か三十と少し。

 どうやら、配下の兵の大半を城に残してきたらしい。

 前回、城を空けた隙に襲われたのがよほど堪えたと見える。


 だが森の中は俺たちの城も同然である。

 その程度の兵力で俺たちに敵うわけがない。

 森の奥まで引きずり込んで散々に打ち破ってやった。

 この戦いの最中に大いに男を上げた奴がいる。

 我らが仲間、柄杓使いのエルマーである。


 エルマーは十人ばかりの仲間たちと一緒に討伐隊を待ち伏せ地点に誘い込む囮部隊に加わっていた。

 作戦は成功し、彼は無事に待ち伏せ地点までたどり着いた。

 そこでほっとしながら振り向いた彼が見たのは、ものすごい勢いで彼に突進してくる鎧姿の騎士だった。

 待ち伏せ部隊が一斉に矢石を討伐隊に放ったが、鎧の騎士はそれをモノともせずに突っ込んでくる。

 そいつは馬を降りて徒歩になっていたとはいえ、戦慣れしていないエルマーにはよほど恐ろしく見えたに違いない。


 慌てた彼はとっさに手にしてい短槍を、これまたなぜかは知らないが手にしていた柄杓にセットして投げつけた。

 槍は見事に騎士に命中し、あろうことかその分厚い胸甲をぶち抜いて絶命させたのである。

 それを見た敵兵はたちまち戦意を失い潰走した。


 おかげで、代官こそ討ち取り損ねたものの俺たちはほとんど被害を出すことなく勝利したのである。


 こうして、いつの間にやらつけられた〈ノドウィッドの森の兄弟団〉の名はますます高まり、手下に加わりたいという奴もさらに増えた。

 仲間が増えると言えば頼もしいが、それは要するに養う口が増えるということでもある。

 そうなれば襲撃の頻度も増やさねばならない。

 ところが、今や誰でも彼でも襲えばいいというものではないのだ。

 何しろ新しく増えた仲間というのは、義賊としての評判につられて集まってきた連中である。

 おまけに以前からの盗賊連中ですらすっかりその気になっている有様であるから、襲うなら『悪い奴』でなければ納得しない。

 幸いにも、以前とは違い今では情報の方から勝手にこちらに集まってくるようになっている。

 どこそこの地主が小作人を虐めているだとかそういう話がどんどんとタレこまれてくるのである。

 こんな荒れた世の中であるからには、悪い奴は尽きることなくいくらでも沸いて出るのだ。

 そのうち攻撃対象に悪辣な金貸しや強欲な商人、さらには同業者などが加わった。

 商人たちが送り出す荷駄隊は、俺たちにとって格好の襲撃対象になった。

 何しろ、そいつらの荷車には高価な商品がぎっしりと詰まっているんだから。

 反面同業者の方は狩ってもさっぱり儲からなかったが、名声を高めるには大いに役立った。

 投降してくる中には役に立つ奴らもいて、そういう奴はどんどん仲間に加えていった。


 そんなこんなで、ますます〈兄弟団〉の評判は高まる。

 評判が高まればまた仲間と情報が集まる。

 何もかもが順調に回り続けている。

 だが俺はちゃんと分かっていた。

 こんなことはいつまでも続けられはしない。


 この調子で暴れまわれば、いずれ本気で討伐される日が来るだろう。

 かといって活動を止めればこの集団は維持できない。

 もはや俺たちは走り続けるしかないのだ。

 終わりを迎えるその日まで。


 まあ、一党を預かる頭目として、逃げだす支度ぐらいはしておくべきか。


 そうこうしているうちに、その終わりの日が思いの外早くやってきたのだった。

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