第18話 お宝奪還
代官が住んでいる城は、その名をオクスレイ城というらしい。
オクスレイとはこの辺りの平野を横切る大河の名でもあり、城はその河のほとりに建てられているのである。
その上城壁を囲む幅広の堀は、河から引き込んだ水をなみなみと湛えて敵の接近を阻んでいる。
門は跳ね橋で陸と繋がっているが、当然ながら夜間は跳ね上げられる。
こうなると、俺の斧でもどうにもならない。
まさに難攻不落の要塞である。
だが、〈犬〉に言わせればそう大した城でもないらしい。
「確かにぱっと見は強そうですがね。
所詮は税を集めるために作られた平城です。
規模だってそう大きくはないし、城壁だって薄っぺらな張りぼてでさあ。
攻城用の投石器でもありゃイチコロですよ。
ま、反乱農民やら盗賊やらを防ぐには十分でしょうがね」
なるほど。
しかし、俺たちはまさにその盗賊なんである。
攻城用の投石器なんてもちろん持ってはいない。
仮に持っていたとして、城壁をぶち抜いて突入するなんて無理にも程がある。
〈犬〉の説明を受けた際にも、俺はその点を指摘した。
対して〈犬〉は不敵な笑みを浮かべて言ったものだった。
「もちろん、普通にやったら手も足も出ません。
だけど俺たちゃ盗賊です。
何も馬鹿正直に正面から押し入る必要はありませんよ。
入口がだめなら、出口から入ってやりゃあいいんです」
その謎かけのような言葉に俺は首をひねった。
名目はいざ知らず、たいていの場合は出口は入口も兼ねるだろう。
だったら入口と同じように警戒されているはずだ。
*
というわけで、俺たちは暗闇の中を小舟に揺られて河を下っていた。
櫂を握っているのは元は河で漁師をしていたという盗賊である。
彼に言わせればオクスレイ河の流れは緩やかで、月明かりさえあれば慣れた者なら船を進めるにさほどの困難はないという。
その言葉通り、彼は目立たぬよう黒く塗った船を川岸の葦の茂みに身を隠しながら、櫂を音もなく巧みに操って城に寄せていく。
船底には俺と〈犬〉を含む盗賊八人がぎゅうぎゅうになって息を潜めていた。
「お頭、頭を下げてじっとしていてください」
頭を上げて外の様子を窺っていたら、小声で〈犬〉に叱られてしまった。
俺は仕方なく頭を下げ他の皆と一緒に船底で息を押し殺した。
やがて、微かな衝撃とともに船の動きが止まった。
どうやら、無事に見張りに気づかれることなく城の真下にたどり着いたらしい。
顔を上げると、目の前には城の主塔が聳えていた。
その石組は密かつ滑らかで、小指をかけられるほどの凹凸すら見あたらない。
城壁は遠目から見てもずいぶんと高く思えたものだったが、こうして近づいて見上げるとなおのこと絶望的な高さだ。
〈犬〉がピイピイと二度、鳥の鳴き声に似せて指笛を鳴らした。
すると頭上に張り出していた小屋のようなものからするするとロープがおりてきた。
登りやすいようにとの工夫なのか、ロープには一定の間隔で結び目まで作ってある。
これは先に城に潜入していた〈梟〉の手によるものだ。
彼は数日前に吟遊詩人として堂々と正門から入り込み、愉快な宴会芸の達人としてこの城に滞在していたのである。
〈犬〉はロープにグッと体重をかけて固定されていることを確認し、先頭切ってスルスルと登り始めた。
〈犬〉が半ばまで登ったところで俺も後に続く。
天辺まであと少しというところで、髭面の見慣れぬ男が小屋に空けられた穴からぬっと姿を現した。
さては城の人間に見つかってしまったか。
今ロープを切られれば俺は一巻の終わりである。
ところがそいつはにっこりと笑うと、声を抑えて「お待ちしておりました」などと言いながらこちらに手を差し伸べてきた。
よくよく見てみるとそいつは〈梟〉だった。
どうやら変装をしているらしい。
その手を掴み、一気に引き上げて貰う。
登り切った先は便所であった。
この便所は城壁から川の上に突き出しているから、排泄物を直接城の外にひり出せるというわけだ。
なるほど、これは確かに「出口であって入口ではない」場所に違いない。
俺の後に続いて盗賊達が続々とロープを上ってきた。
全員が揃うのを待って俺たちは二手に分かれた。
一組は下階に向かい、主塔の出入口を封鎖する。
城の主塔というのは籠城に当たって最後の抵抗拠点となる場所であるから、内側からは容易に封鎖できるようになっている。
当然、外から破るのは困難だ。
封鎖に成功すればしばらくの間敵は主塔に入ってこられない。
そして主塔内で寝起きできるのは代官本人とその配下の騎士達だけ。
兵士は城の中庭に建てられた兵舎で寝起きしているから、その殆どを主塔の外に締め出すことができるのだ。
もう一組は城の屋上を目指す。
〈梟〉の情報通りであればそこには見張りの兵士が二人と、夜間警備を指揮している騎士がいるはずだ。
この騎士を無力化すれば、しばらくの間敵は組織的な行動ができなくなる。
不意を打てれば尚いい。
こいつらを静かに排除できれば、主塔の中に残るのは眠りこけた騎士達だけ。
いかに屈強な騎士とはいえ、寝ている間は赤ん坊並みに無力だ。
俺と〈犬〉は、一党の中でも腕自慢で鳴らしている盗賊二人と共に屋上に向かった。
こっそりと足音を忍ばせながら、慎重に螺旋状の階段を登っていく。
先頭を進むのは俺だ。
屋上に出ると同時に騎士に銀の斧を叩きこみ、真っ先に指揮官を黙らせる算段である。
無事、誰にも出会うことなく屋上にたどり着いた俺は、敵の様子を探るべく慎重に頭を出した。
が次の瞬間、たまたまこちらにこちらに顔を向けた見張りの兵士と目が合ってしまった。
もう算段もくそもない。
誰何の声が上がるのも待たず、俺はその顔に銀斧を叩きこんだ。
斧を手元に戻す間も惜しく、俺は無手のまま一番手近な敵に突っ込む。
「何奴!」
俺に気づいたそいつが叫んだ。
装備を見るに、こいつが指揮官に違いない。
剣を抜かれる前に体当たりをかます。ガシャンという金属音、冷たく固い感触。
そのまま押し倒してやるつもりだったが、そいつは数歩たたらを踏んだだけで踏みとどまった。
次の瞬間、天地がひっくり返って俺はその場に投げ出された。
騎士が鞘から剣を引き抜くのが回転する視界の端に映る。
盗賊の一人が背後からそいつに切りかかったが、くまなく着込んだ鎖帷子がその刃を通さない。
敵は反転しながら背後を鋭く斬り払う。
盗賊はかろうじてその一撃を剣で受けたものの勢いよく吹っ飛ばされた。
その隙に俺は態勢を整え 金の斧を手に一気に指揮官に切りかかった。
そいつは俺の斧を剣で受け止めようとしたが、そんなのは無駄だ。
魔法の金斧はほとんど手ごたえも感じさせることもなく剣をへし折り、そのまま騎士の体を鎖帷子ごと切り裂く。
が、浅かった。
斧が剣に触れるその直前、何かの偶然かあるいは本能的に危険を感じ取ったか、そいつが身を引いたせいだ。
ほとんど致命傷に近い深手ではあったが、それでも一撃でその命を刈り取ることはできなかった。
その一瞬の間をそいつは無駄にしなかった。
「敵襲!」
命尽きる間際、最後の力を振り絞っての叫び声が上がる。
この声は誰かに届いただろうか?
だが、確かめる時間も惜しい。崩れ落ちるその体にとどめの一撃を見舞う。
さて〈犬〉の方はとみると、あちらはもう一人の兵士を組み伏せて防具の隙間に短剣を差し込んでいるところだった。
屋上に他に敵影はない。
互いに頷き合い、大急ぎで城内に引き返す。
事前情報によれば主塔は四層からなっている。
一番下は倉庫だ。税として集めた財貨や食料なんかが納められている。
下から二番目は大広間。主塔の出入口もこの階にある。
その次が代官や騎士たちが寝起きする居住区。
そして一番上、屋上の直下は武器庫になっている。
その武器庫の前まで駆け下ったところで人影と出くわした。
おそらくは、騎士だ。
先ほどの叫び声を聞きつけて寝室から飛び出してきたのだろう。
剣帯をつける間も惜しかったのか、剣を鞘ごと左手にひっつかんでいる。
だが、抜き身で持ってこなかったのが運の尽きだ。
そいつは慌てて剣を引き抜こうとしたがなにしろ狭い螺旋階段の中である。
右肘が壁にぶつかり動きが止まった。
そいつは狼狽えながら口を開く。
「き、貴殿は――!」
しかし先頭にいた〈犬〉がそんな隙を見逃すはずもなく、その喉首に見事な突きを差し入れた。
彼は崩れ落ちる騎士の体を蹴り倒し、踏み越えていく。
俺達はそのままの勢いで居住区である三階に駆け込んだ。
部屋数は十二。
廊下を挟んで向かい合わせに扉が六つずつ並んでいる。
代官と十人いる騎士の半分は出はらっているし、残った騎士のうち二人はもう死んでいるから、当たりは三つだけ。
俺と〈犬〉は盗賊を一人ずつ引き連れて二手に分かれ、左右の部屋をそれぞれ制圧にかかった。
まずは一部屋目。空だ。次の部屋に向かう。
向かいの部屋からは誰かの断末魔が聞こえてきた。〈犬〉の方は当たりを引いたらしい。
二部屋目。空。
三部屋目。当たり。寝ぼけ眼の太った男を縛り上げる。
四部屋目に突入した途端、横合いから剣が振り下ろされた。
間一髪、斧の柄で受け止めたが体勢を崩し、敵に圧し掛かられてしまった。
しかし、後続の賊がすかさずその脇腹に剣を深々と突き立てた。
「た、助かった」
「お安い御用で」
ともかくこれで全員片付いた。
しばらくの間この城は俺たちの物だ。
念のため残りの部屋も確認し、出入口のある大広間へと向かう。
既に城兵はみんなたたき起こされたものらしく、中庭の方からは怒号が飛び交っているのが聞こえてきた。
先行して広間に降りた盗賊達は〈梟〉の指揮のもと入口の封鎖をより堅固にすべく扉の前に広間中の家具を積み上げていた。
主塔の入口が激しく叩かれていたが、鉄のタガが幾つも嵌った頑丈な扉はびくともしていない。
「よし、お前らはあっちを手伝え。
それから、おい! 〈大鼠〉!」
〈犬〉は屋上制圧についてきた二人の賊にバリケード造りに加わるよう命じると、代わっていつぞやの気弱な盗賊を呼び寄せた。
「お前はこっちだ。それから、お頭もついてきてください」
〈犬〉に言われるがまま、松明を手に一階部分にある倉庫へ向かう。
倉庫の中は食べ物やらなんやらで一杯だった。
さっそくトムの革袋を探そうとしたが〈犬〉に止められた。
「後にして下せえ。
それよりもほら、この辺りの荷物をどかして!」
俺達は三人がかりで壁際の荷物をどかしにかかった。
壁が見えるようになったところで〈犬〉が松明で照らしながら〈大鼠〉に尋ねた。
「おい、ここならいけそうか?」
元は石工だったという気弱な盗賊は、壁を見ながら首をひねった。
「う~ん……多分大丈夫じゃねえかとは思うんですが……」
そのいかにも自信なさげな様子に流石の〈犬〉も不安を感じたらしい。
〈大鼠〉の首根っこを捕まえて再度聞く。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?
お前が石工だったって言うから連れてきたんだぞ!」
「だ、だって兄貴。元が石工つったっておらあ徒弟の下っ端ですぜ。
構造やらなんやらの話はさっぱりで……。
でもまあ、城はそんなに簡単に崩れりゃしないでしょうし、
人一人分ぐらいの幅なら、まあ……」
〈犬〉はなお何か言いたそうにしていたが、俺はそれを遮った。
「時間がねえ。さっさとやっちまおうぜ。
崩れたらその時はその時だ」
どっちみちここに穴をブチ開けないことには俺たちは袋の鼠なのだ。
俺は金の斧を手にすると、大鼠がざっと指示した辺りに刃を入れた。
〈犬〉は俺が切り裂いた石をひっこ抜こうとしたがどうにもうまくいかない。
「ダメですな。もっと細かく切って貰っていいですかね」
「おうよ」
俺はさらに細かく石を切り刻んだ。
城壁が小石のようになってぼろぼろと崩れていく。
「お頭、俺も手伝いやす!」
〈大鼠〉がどこで手に入れたものやらツルハシを引っ提げて戻ってきた。
俺が刻んだ箇所を、〈大鼠〉がツルハシで突き崩す。
お城の分厚い石壁に瞬く間に穴が開いていく。
あっという間に城壁に人が通れる程度の通路が出来上がった。
川沿いの湿った、しかし涼やかな風が吹き込んできて、倉庫の閉塞したかび臭い空気を押し流していく。
幸いにもまだ城は崩れていない。
「よくやった!
おい、上の階の奴らを呼んで来い!」
〈犬〉は〈大鼠〉にそう指示を出すと、自身は空いた穴から顔を出し、手にした松明を大きく振った。
すぐに先程俺たちを乗せてきた小舟が現れて穴に横付けした。
上階からは盗賊たちが続々と降りてくる。
「金目の物から積めるだけ積め!
さあ急げ! ここからが正念場だぞ!」
〈犬〉が倉庫に雑然と積まれた荷物の中から金になりそうなものを選び出すと、盗賊たちはそれを手際よく船に放り込んでいく。
最初の小舟はすぐにお宝で一杯になり、ヨタヨタと城から離れた。
するとすぐに二隻目の小舟が寄ってきて穴に横付けした。
そんなこんなを繰り返し、ついに五隻目の小舟がやってきた。
「お頭! これで最後です!
ずらかりやしょう!」
「おう! だがちょっと待ってくれ!」
既にお宝はたっぷりと手に入れたが、肝心要の物がまだみつかっていなかった。
「一体何を探してるんで!?」
最後の船に乗り込もうとしていた〈大鼠〉が、片足を船べりに乗せたまま聞いてきた。
「革袋だよ! ぼろっちくてな、小銭がたくさん詰まってるんだ」
「そんなものいいでしょう!
早く――ひいぃ!」
上階から聞こえてきた一段と激しい衝撃音に〈大鼠〉は首をすくめた
城兵たちはとうとう破城槌か何かを持ち出してきたようだ。
「もうちょっとだけ待ってくれ!」
「何言ってんですか!
ああ、もう!」
〈大鼠〉はそう叫ぶと、船べりから足を離してこちらに駆けてきた。
無理やり連れ戻しに来たのかと思いきや、どうやら一緒に探してくれるらしい。
扉がきしむ音はますます激しくなっている。
メキメキという耳障りな音に、俺も焦りが募っていく。
ついにバキンという甲高い音が響いた。
扉にかけられていた補強用の金具が吹き飛んだのだ。
もうさすがに潮時だろう。
諦めようと〈大鼠〉に向かって口を開きかけたその時、彼が叫んだ。
「お頭! これですかい!」
その手に握られていたのは確かにトムの革袋だった。
「でかした!」
二人して大急ぎで穴に駆け寄るその背後でバーンという破壊音が鳴り響いた。
そのすぐ後を兵士たちの歓声が追いかけてくる。
だがもう遅い! ざまあみろ!
俺達が跳び乗ると同時に船は滑るように城壁から離れてゆく。
十分に距離が離れた頃になって、城にあけられた穴から城兵が顔を出した。
そいつがこちらを指しながら何か叫ぶと、弓兵が入れ替わりに姿を現し、矢をつがえた。
ヒョウ! ぽちゃり!
残念ながら彼の矢は船の手前に落ちた。
お返しに銀の斧を投げてやると、ぎゃあと悲鳴が上がって射手が倒れた。
それっきり兵士たちは穴から顔を出そうとはしなかった。
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