第11話 仲間たち

 母屋の制圧は至ってスムーズだった。

 残りの連中はまだ寝ぼけまなこで、おまけに用心棒どもが皆殺しにあったと知るとすぐに戦意を喪失したからだ。


 さて、屋敷の連中を縛り上げてからこっち、俺は仲間達が地主を取り囲んで殴る蹴るの暴行を加えているのをぼんやりと眺めて続けていた。

 気持ちは分かるので好きにさせていたが、そろそろ時間切れだろう。


「おい、お前ら。

 殺すんならもっと気合い入れてやれ。

 そんなんじゃ朝になっちまうぞ」


 俺がそう声をかけると、仲間たちは暴行を止めてギョッとしたようにこちらを見た。

 次いでうずくまる地主に視線を戻し、途方に暮れたような顔をする。


「なんだ、もう気は済んだのか?」


「い、いえ……でも、お頭、あっしらは……」


 彼らは言い淀みながらも拳を握り固めたが、しかし暴行を再開する気配はもうなかった。

 許せないとは思いつつ、かといって殺しをする度胸まではないといったところだろう。

 さてどうしたものかね。


「ま、お前らがそれでいいってんなら別に構わないんだがな」


 彼らの足元に視線を落とすと、地主が縛られ這いつくばったままこちらを睨みつけていた。

 顔にいくつもあざをこしらえてはいるが、見かけほどダメージは負っていないのだろう。


 仲間たちが殺さないと決めたのならそれはそれで尊重する。

 森の中と違って、殺したところで犯罪の痕跡を跡形もなく消せるわけでもない。

 だが、このまま放置するのはいただけなかった。

 これは絶対に報復すると心に誓っている眼だ。


 俺は地主に歩み寄り、髪をひっつかんでその頭を持ち上げた。

 地主は痛みに顔をしかめながら憎々しげに口を開く。


「……お前が頭目か。

 こんな真似をしてタダで済むと思うなよ。

 お前ら全員縛り首――」


 最後まで言わせず、斧頭をその口に思いきり叩き込む。

 前歯が折れる感触。


「おい、地主さんよ。

 ずいぶんと小作人たちを虐めているそうじゃないか」


 俺はあばらを思い切り蹴りあげた。

 今度は骨が折れる感触。

 地主はひいひい言いながら体を丸めている。


 ハンス爺さんは言っていた。


『喧嘩するならきっちり相手の心を折っておけ。

 そうすりゃ報復はされねえ』


 元々は「中途半端な仕事はするな」という例えとして出てきた話だ。

 当時はその物騒さに呆れたものだったが、まさかこんな形で役に立とうとは。

 やはり老人の話は聞いておくものだ。

 俺はハンス爺さんの教えを実践するべく、仲間たちに指示を出した。


「おい、息子を連れてこい」


 仲間たちが、二十半ばの太った男を連れてくる。

 恐怖で口もきけないらしく、引きずられながら口をパクパクさせていた。

 それを見た地主が何か叫ぶ。


「ふぉ、ふぉい! ふしゅこになにふぉしゅるきだ!」


「何言ってんのか分かんねえよ。

 おい、息子をしっかり押さえておけよ。

 それからほら、右手だ。まっすぐにしろ」


 仲間たちにそう指示を出し、手を縛っていた縄をほどいて右腕を無理やり伸ばさせた。

 その手の平はとても柔らかそうで、ろくに働いたことがないのが一目で分かった。


「やふぇろ! やふぇてくれ!」


 地主の懇願を無視し、刃を上に向けて斧頭を振り下ろした。

 息子の右腕がボキリとへし折れる。

 地主は息子の悲鳴を聞いてすっかり大人しくなった。


「おい、地主さんよ。心を入れ替えるってんなら命は助けてやる。

 だが――」


 俺はそう言いながら息子の首に斧の刃をそっとあてた。


「この木こりのジャック様は優しい男だが、あまり気の長い方じゃねえ。

 今度お前さんが小作人を虐めてるなんて噂が聞こえてきたら、おい、次はどうなるか、よーく考えてみろ」


「ふぁ、ふぁかった! ふぁかったから、ふしゅこだけふぁ――」


「そうかい」


 俺は息子の首から斧を離すと、ついでに息子の左腕も叩き折った。


「分かったんならここまでにしといてやらあ。

 もう二度と俺の顔を見ないで済むように、これからはしっかりと善行に励むんだぞ」


 地主の様子はといえば、先ほどまでの憎々しい目つきがすっかり涙目に変わっていた。

 これなら十分だろう。


「おい、引き上げるぞ」


 仲間たちに声をかけると、彼らは怯えたように後ずさった。

 なんだよ、お前らのためにやってやったんじゃねえか。

 まあいい。


「厩舎から馬かロバを連れてこい。

 載せられるだけ載せてずらかるぞ」


「へ、へえ!」


 三人ともがドタドタと母屋を出て厩舎へ向かう。

 何も全員でいかなくてもいいだろうに。


 仕方がないので俺は一人で倉庫へ行き、持ち出せそうなものを物色する。

 程なくして、仲間たちがロバを一頭引っ張ってきた。


「それだけか? 馬は?」


「馬はさっきの騒ぎですっかり怯えちまって。

 轡をかけてもうんともすんとも動きませんで」


 まあ、そうなるか。

 屋敷の中庭は今や血の匂いでいっぱいだ。


「よし、じゃあまずは当面の食料。

 それから森じゃ手に入らない道具の類。

 特に鉄でできた奴だ。それから釘もな。

 荷物はこのロバに積めるだけにしてお前らは身軽にしとけよ。

 いざとなったら荷物を捨てて逃げるからな。

 あ、そうだ。誰か母屋に戻ってカネや宝飾品もとってこい。

 あれはかさばらなくて役に立つ」


 俺は仲間たちに指示を出すと外へ向かった。


「あ、お頭はどこへ行くんで?」


「武器だよ。用心棒どもからかっぱいでくる」


 倉庫の出入口に近いところに弦を外した弓と矢があることに気づき、これも積み込んでおくよう指示する。

 仲間たちが積み込み作業をしている間に、門の閂にくぎを打ち付け開かないようにしておいた。

 それから武器をかき集めるついでに用心棒の懐を探ると金銀宝石が出てきた。

 ハンス爺さんが、傭兵たちは全財産を肌身離さず持ち歩くと言っていたが本当だったらしい。

 これを母屋からとってきた銀貨や宝飾品と合わせて適当に分配。

 倉庫の扉も開かないよう内側から細工をし、これで屋敷の住人を閉じ込める。

 こうしておけば発覚は遅れ、追跡がかかるまでの時間を稼げるってわけだ。


 最後に、侵入する時に開けた壁の穴を広げ、ロバを連れてそこから脱出。


「屋敷の連中はどうするんで?」


「さあな。

 そのうち誰かが縄抜けするか、さもなきゃ小作人たちがどうにかするだろう」



 特にトラブルに見舞われることもなく、俺たちは無事に森に帰り着くことができた。

 元の焚火のところに戻り、またそろって車座になって一息。

 もう丸一日寝ていないというのに、強盗働きで興奮しているせいか一向に眠くならない。

 ちょうどいいので、今後のことを少しばかり話し合うことにした。


「ひとまずは、だ」


 俺はロバの背から降ろした荷物の山をポンポンと叩きながら言った。


「これだけありゃ、当分食うには困らねえだろ。

 改めて通りすがりからお恵みをいただく必要もなくなったな」


「へえ、まったくありがたい限りで、お頭には感謝の言葉もございません。

 これでどうにか他の町まで仕事を探しに行けまさあ」


「おいおい、お前らこのまま旅に出る気か?」


 俺がそう言うと、彼らはポカンとした顔で顔を見合わせた。


「そ、そりゃあ、いつまでもお頭の世話になってるわけにもいきやせんし……」


「あ……も、もしかしておいらたちを手下にしてくださるんで?」


「お頭の下でなら、盗賊稼業も悪かねえかもしれねえよー」


「そりゃいいや! じゃあ、早速盃でも交わして――」


「待て待て、そうじゃない。

 俺はただ、旅に出るのは少し待った方がいいって話をしようと思っただけだ」


 用心棒付きの地主の屋敷が襲われただなんてさすがに大きな騒ぎになるはずだ。

 森の中でのちんけな強盗未遂事件とはわけが違う。

 領主もよほどの間抜けでない限りすぐさま討伐に乗り出すだろう。

 とすると、盗品を抱えてちんたら旅をするのはどう考えても危険だ。


 幸い、この森は隠れるには十分な広さがあるし、食料もたっぷり手に入れた。

 ほとぼりが冷めるまで、しばらくこの森に隠れ潜むのがいいんじゃなかろうか。

 と、そういう話を彼らに聞かせた。


「なるほど、もっともですな」


「さすがお頭!」


「本当に、盗賊は初めてで?」


「うるせえな。本当に初めてだよ。

 それで、どうする?

 まあ、手配が回らないうちにできるだけ遠くへ逃げるってのも一つの手だろうからな。

 止めはしないが」


「いえ、あっしらはお頭についていきます」


 そう言って三人組がそろって頭を下げる。


「よし、わかった。それじゃあよろしくな」


 そう言ってからふと気づく。


「そういや、まだお互い名乗ってなかったな。

 俺は木こりのジャックだ。

 お前ら名前は?」


 俺が問いかけると、三人組で一番年かさの男が口を開いた。

 最初に出会ったとき錆の浮いた鉈を持っていた奴だ。


「それじゃあ、まずはあっしから。

 エルマーと申しやす。

 誰よりも遠くまで柄杓で水を撒くことができやす」


 なんの役に立つんだ、その特技は。

 次いで槍を持っていたノッポの男が名乗る。


「あっしはビル。

 村では一番高い棚の荷物を出し入れするのに重宝されとりやした」


 まあ、役に立たなくもないな。

 最後に弓を持っていたちびの男。


「おいらはセシル。

 特技は……あ~、なりが小さいんでどこにでも潜り込めます!」


 こいつはまだ盗賊を続けるつもりなのか?


 まあなんだ。

 とりあえず悪い奴らじゃなさそうだ。

 ほとぼりが冷める間ぐらいなら仲良くやっていけるだろう。


 話し合いも済んだので、その日は飯を食って酒を飲みまわし、それから落ち葉やなんやらをかき集めたベッドをこしらえた。

 快適とはいいがたい代物だったが、やっぱり自覚はなくとも体は疲れ切っていたらしく、横になるなりぐっすりと寝入ってしまった。

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