第10話 襲撃

 結局、その後は巡礼の格好をした老婆が一人通ったっきりだった。

 巡礼とは名ばかりの、実質的には口減らしで送り出されたものらしく、もちろん路銀なんかこれっぽっちも持っていなかった。


「一体いつになったら強盗の手本を見せて貰えるんですかねえ?」


 老婆の背を見送る俺に、すっかりたるみ切った盗賊どもがこんなことを言う。


「うるせえ。

 貧乏人を襲ったっていくらも金にならねえだろうが」


 さっきの婆さんなんかがいい例だ。

 お恵みをいただくどころか、こちらが小銭を握らせる羽目になった。


「狙うなら金持ちだ」


「それで、その金持ちってのはいつになったら通るんですかね?」


 盗賊の一人がまるで他人事のように言う。


「お前らのせいだろうが。

 何人も取り逃がしたせいでもうすっかり噂が広がってるんだよ」


 金に余裕がある奴ほど危ない道は避けるだろう。

 既に周囲が暗くなり始めていることに気づいて俺はため息をついた。


「今日はもうやめだ。

 引き上げるぞ」



 俺たちは森の奥に引っ込んで火を起こした。

 飯を食おうとしたら、盗賊どもが物欲しそうにこちらを見つめてくるのでしかたなく食べ物を分けてやった。

 日持ちするよう焼しめた固いパンだったが彼らは涙を流しながらむさぼった。

 もちろん、パンが不味くて泣いているのではない。


「ありがてえ、ありがてえ」


 聞けばここ二日ほどろくにものを食べていなかったとのことである。

 道理で弱かったわけだ。

 こんな有様でどうして盗賊なんてやろうと思ったのか聞けば聞くほどわからなくなる。


「お前らあれだ。森で木の実でも取って暮らした方がいいんじゃないか?」


「あっしらもそうは思ったんですが、ちょっと試してみてこれはやっぱり無理だとなりまして……」


 だよなあ。

 森で自給自足なんてことが簡単にできるなら、誰だってわざわざ地代を払って畑を耕そうなんて思わないだろう。

 何とも言えない切ない気持ちになって、俺は革袋に入った酒を呷った。

 するとまた盗賊達が物欲しそうにこっちを見るので、「一口ずつだぞ」といって皮袋を回してやった。

 これが失敗だった。


 たった一口で酔っ払った彼らは、これまでの苦労を泣きながら話し始めた。

 やれ、キノコにあたって仲間の一人が死んだ。

 腹が減るあまり虫を捕まえて食ったが、慣れないことをしたものだから余計に腹が減った。

 盗みに入った納屋には碌な道具がなかった。

 俺たちを袋叩きにしてきた乞食の一人は俺達よりいい服を着ていた。

 奉公先を求めた際の商人どもの眼のなんと冷たかったことか。

 大体地主がケチだから悪い。

 飢饉に備えてという口実で余計に麦を徴収していたが、いざ飢饉が起きてみれば一握りの麦も分けてくれなかった。

 おかげでおふくろは体力が落ちて風邪で死んだ。

 隣の赤ん坊もダメだった。

 娘を売る羽目になった奴もいた。

 とまあこんな具合だ。


 こんな辛気臭い話ばかりしていては酒だって一口で済むはずがない。

 皮袋はグルグル回り、悪口もますます盛り上がる。


「屋敷の奴らもさー。

 てめえらだって地主様に仕える身だってのに、おいら達小作人を見下しやがってさー!」


「なによりよー、あの用心棒どもがよー。

 農場守るとか言いながら俺たちばっかぶん殴ってよー!」


「あのごろつきどもさえいなけりゃなー!

 地主様を一発ぶん殴ってから村を出たのになー!」


「わはは、お前ら盗賊が人様をごろつき呼ばわりかよ!」


「だってお頭、ほんとにひどいんですぜアイツら。

 さっき言った売られた娘も、元はといやああいつらにひどい目にあわされて嫁に行けなくなったんでさ」


「そりゃ悪い奴らだな!」


「地主様もあいつらが何やっても、叱ってすらくれないんでさあ」


「そもそもあいつら連れ込んできたのも地主様だしなー!」


「でもよー、あいつら元傭兵だとかでよー、腕っぷしだけはほんとに強いんだよー!

 農場守るとか言いながら俺達ばっかぶん殴ってよー!」


「わはは、それはさっきも聞いたぞ!」


「でもほんとに悪い奴らで、さっきの娘も――」


「それももう聞いた!

 なるほど悪い奴らだ! 俺が懲らしめてやろう! わはは!」


「さっすがお頭! 貧乏人には優しく金持ちには容赦ない!」


 酒が回った盗賊どもが嬉しそうに手を叩いて大笑いした。


「よし! 行くぞ!」


「え?」


 立ち上がった俺を、彼らは酔いも醒めたと言わんばかりの顔でこちらを見上げている。

 酔った勢いでのことである。

 俺だってしくじったとは思ったが、何せ呪われた身なのだ。

 口に出した以上はやらねばならない。

 やるなら早い方がいい。


「ここから半日ぐらいって言ってたな?

 急げば丁度夜が明ける前に村につくんじゃないか?」


 今はまだ宵の口といったところだ。

 夜道で足が遅れることを考えればそんなところだろう。


「へ、へえ、ですが……」


「それじゃあ、決まりだ。

 道案内しろ」



 夜道を半日分も歩けばさすがに酔いも醒める。

 内心どえらいことになったと後悔したが、極力表に出さぬよう気を付けなくてはいけない。

 ただでさえビビりのこいつらだ。

 俺までビビったらすぐさまどこかへ逃げ散ってしまうに違いない。

 そうなれば俺はナッシ村にもたどり着けず、地主を懲らしめられなくなる。

 口に出した『約束』を果たせなかったら、その先一体どうなることやらさっぱりわからない。

 わからないが、ろくでもないことになるのは確実だ。

 もはや後戻りはできず、やって死ぬかやらずに死ぬかの二択しかないような有様だ。

 俺はもう二度と酒を飲まないと心に誓いかけ、すぐに思いとどまった。

 守るべき約束は少ないに越したことはない。

 口に出さなければ大丈夫だろうが、わざわざ試してみる必要もないだろう。

 とにかく、今後は余計なことを口走らぬよう極力気を付けなくては。


 黙々と夜道を歩き、ナッシ村に到着した。

 広々とした畑の真ん中にポツンとたたずむこの小さな村は、地主の一家とその小作人だけが住んでいるという。

 村の井戸の周りには小作人たちが住んでいる小さなボロ小屋が十数軒立ち並んでいた。

 その荒れ具合ときたら俺の木こり小屋がお屋敷に見えるほどだ。

 俺の産まれた村もさほど裕福ではなかったはずだが、ここまで荒れ果ててはいなかった。


 一方、村のはずれには標的である地主の屋敷が偉そうにふんぞり返っていた。

 木造ながら立派な造りで、まるで小さな砦のようだった。

 小作人たちのみすぼらしい小屋とは金のかかり具合がまるで違う。

 なるほど、地主が悪い奴だというのはまんざら嘘でもないらしい。


 屋敷は中庭を囲んでコの字型になっており、外側に向けた壁には窓代わりの矢挟間がいくつか開けられていた。

 さすがにあそこに体をねじ込むのは無理だろう。

 開いている側も木製の頑丈な柵と門とで塞がれており、門の上に設えられた簡易な物見台には用心棒が二人ばかり見張りに立っている。

 わざわざ不寝番を立てるとはずいぶんと厳重なことだ。


 盗賊達の話によれば、門から見て正面は母屋で、ここに地主とその家族、それから住込みの使用人らが寝起きしているという。

 そして左手は牛やら馬やらがいる厩舎、右手は倉庫で、その一角に用心棒どもが寝泊まりしている部屋があるらしい。


「それで、用心棒どもは全部で何人いるんだ?」


「へえ、あの、八人ですが……」


 すると、今見張りに立っている二人を除けば倉庫にいるのは六人か。


「なるほど。じゃあ、忍び込むのは倉庫からだな」


「え!? そこは用心棒どもがいますぜ!」


「だからだよ。騒ぎが起きて目を覚まされたら厄介だろうが。

 寝起きを不意打ちすれば何とかなる」


 盗賊達が畏れと疑惑の入り混じった視線をこちらに向けてきた。


「……お頭は本当に木こりでしたんで?」


「誰がお頭だ。嘘はつかねえよ」


 まあ、より正確に言えばつけないんだが。


「それはさておき、まずは見張りだな」


 屋敷から少しばかり離れた茂みから門の様子を窺う。

 物見台のたいまつに照らされてチラチラと見張り達の影が見えた。

 さすがに弓で狙うには暗すぎる。これではどんな名手でも当てることはできまい。

 だが、俺には魔法の斧がある。

 何の変哲もない鉄の斧が、俺の手の中で銀のそれに変わった。

 微かな星明りを反射して輝くその刃を見て盗賊どもがヒッと小さく悲鳴を上げた。


「お、お頭、それは――」


「黙ってみてろ」


 俺は大雑把な見当だけをつけて斧をぶん投げた。

 少し間をおいてギャッと悲鳴が聞こえて、物見台の人影が一つ消える。

 急いで斧を呼び戻し、再投擲。

 残ったもう一つの影がよろめき……それからゆっくりと見張り台の柵に倒れこむと門の内側に落下した。

 ドサリという重々しい音が静まり切った夜の闇の中に響く。

 しくじったか?

 今にも騒ぎが起きるんじゃないかと身を伏せて聞き耳を立てたが、屋敷の中は静まり返ったままだ。

 幸いにも、住人は皆ぐっすりと眠りこんでいるらしい。


「ついてこい」


 俺が背をかがめて走り出すと、盗賊どももおっかなびっくりついてきた。

 右手の棟の壁に張り付き、中の物音に耳を澄ませながら囁くような声で問う。


「おい、用心棒の部屋ってのはどのあたりだ」


「へ、へえ。確か……もう数歩先で」


「よし、ここか」


 俺は手の中で斧を金色に変化させると、彼らが指示した辺りに慎重に金の斧を差し入れる。

 音をたてぬよう慎重に壁を切り抜き、人ひとりが通り抜けるに十分な隙間を作り出した。

 中に入るなり、俺は寝床でイビキを立てる不用心な用心棒どもをほとんど手探りで探しながら、順に斧をぶち込んでいく。


 一人、二人……三人……あれ? 四人しかいない。

 残りはどこへ――


「おい! 大丈夫か!」


 中庭の方から叫び声が聞こえた。

 しまった。見張りの交代の時間か、あるいはやっぱりあの時の落下音を聞かれていたのか。

 ともかく残りの二人はこの部屋を出て、中庭に落ちていた同僚を発見してしまったのだ。


「野郎ども起きろ! 襲撃だ!」


 中庭からこちらに向かって怒鳴る声がする。

 幸いにも奴らはこちらがすでに倉庫に侵入していることに気づいていない。


「おい、お前ら」


 俺は声を抑えながら盗賊どもに呼びかけた。


「お前らは母屋に向かえ。

 まだ寝ている連中を――」


 殺せ、と言いかけてやめる。

 どうせこいつらにはできっこない。


「縛り上げとけ。縄はどっかそこら辺にあるだろ」


「へ、へえ!」


 戸惑う彼らを尻目に俺は部屋を飛び出した。

 倉庫の扉は開け放たれており迷う心配はなかった。


 庭の松明に照らされて、用心棒のうち一人が落下した仲間の死体のところに屈みこんでいるのが見えた。

 もう一方は槍と盾を手に周辺を警戒しているようだ。


 警戒していた方が、倉庫から顔を出した俺に目を止めて呼びかけてきた。


「お、ゴードンか? ニック達は――」


 気づかれる前に俺は銀の斧をぶん投げた。

 槍持ちの用心棒は盾を構える間もなく斧に頭をかち割られた。

 死体を検分していた方が異常事態に感づく。

 俺は斧を手元に呼び戻し、再度投擲した。

 しかし敵もさるもの。

 崩れ落ちる同僚から強引に盾を奪い取ると、その陰に身を隠した。


 ガンッという派手な音共に銀の斧が盾に突き刺さるのを見て、俺は再び斧を手元に戻す。

 その間に敵は剣を抜き、大きな丸盾をずいと前に出しながら半身の構えをとっていた。


 まずい。多分、こいつは手練れだ。

 これでは仮に盾を切り裂いても、せいぜい片手の拳を斬れる程度で致命傷を与えるには程遠い。

 その間に盾の陰に隠された剣で反撃を受ける可能性が高い。


 俺が考えている間にも手練れの用心棒はじりじりと距離を詰めてくる。

 おそらく、向こうもこちらが何か異様な攻撃手段を持っていると認識し、用心しているのだ。


 まあ、こうなったら仕方がない。

 まずは片手からだ。

 まさかあいつもこちらが盾を薄絹か何かのように切り裂けるとは思っていないはずだ。

 予想外の手傷を負えば隙を見せてくれるかもしれない。


 俺は一気に距離を詰め、無造作に斧を振り上げる。

 敵は盾を微かに上げてこれを受ける構えだ。馬鹿め!


 俺が斧を振り下ろした瞬間、敵は半歩ほど体を左にずらして斧をかわす。

 同時に盾が消えた。いや、消えたんじゃない。

 クルリと回って、真横に向いていた。

 空振りした俺の斧は腕ごと盾の外側に押し出されてしまっている。

 内側に戻そうにも盾に抑え込まれてどうにもならない。

 いったん下がろうと後ろに跳んだが、相手もそれに合わせて距離を詰めてきた。

 敵の右手に握られた剣が、松明の光を反射して閃く。

 俺の左半身は無防備で、もはやどうにもならない!


 その時、どこからともなく飛んできた石が敵の頭に命中し彼をひるませた。

 その一瞬のスキをついて横に転がり危機を脱する。


「お頭!」


 鉈男の叫び声が聞こえる。

 ありがたかったが応えている余裕はなかった。

 転がった拍子の低い姿勢のまま敵に向かって地面をひと蹴り。

 大した距離は飛べず、腹ばいのまま地面を滑る。

 俺は足を斬りつけようと思い切り手を伸ばした。

 用心棒はその一撃を無視して、無防備な俺の背中に剣を突き立てようと逆手に振りかぶる。


 敵は革の脚甲をつけており、ただの斧ならこんな力の抜けた一撃は何の効果もなかっただろう。

 だが俺の金の斧は届きさえすればいいのだ。

 俺のへなちょこ斬撃は見事に敵の片足を切断した。

 転倒する敵の刃から身をかわすと、俺はそいつに止めを刺した。

 勝利した途端、全身から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「ふう」


 俺は仰向けになって一息ついた。

 かなりの辛勝だった。

 もしもあの石が外れていたら、あるいは敵があと一歩でも遠かったら。

 死んでいたのは俺の方だったろう。


「お頭! 大丈夫ですか!」


 仲間たちが心配そうにこちらに駆け寄ってくる。

 見上げた空が先ほどよりも少しだけ白み始めていた。


「俺はいい。大丈夫だ。

 それよりさっさと母屋の連中を縛り上げてこい」


「へ、へえ!」


 彼らはドタドタと母屋の方へ駆けていく。

 用心棒どもが死んで彼らも気が大きくなったのか、その足取りはさっきまでと打って変わって勇ましい。


 星空を見上げながら、俺はもう一度大きく息を吸い込んだ。

 戦いで火照った体の熱が冷え切った地面に吸い込まれていく。

 まだ胸がバクバクと激しく震えていた。

 生き残ったことを改めて実感する。


 が、それも一瞬の事だった。

 バンという扉を蹴破る音。

 母屋のあちこちで小さな騒ぎが起こり、時々悲鳴と仲間たちの裏返った怒鳴り声が響く。

 なんともまあ、もう少し静かにできないものか。

 俺はやれやれと身を起こし、仲間たちを手伝うために母屋に向かって駆け出した。

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