第9話 身の上話
盗賊どもを街道から外れた森の奥まったところへ連れて行き、そこで話を聞くことにした。
さすがに背中を見せる気にはなれないので、奴らを前に立たせてあっちへ行けと指示を出す。
盗賊どもはすぐにでも殺されるものと思い込んでびくびくしているが、このままの方が扱いやすそうだったのであえて誤解は解かないままにしておいた。
しばらく森の奥へと進んだところで丁度いい広さの草地を見つけた。
「おい、ここでいいぞ」
後ろから声をかけると、盗賊たちはビクリとして振り返った。
「へ、へえ。それであっしらはどうなるんで……」
「どうもしねえよ。
まずは適当に座れ。話を聞いてやる」
「は、話ですかい?」
「そうだよ。村に帰れないってどういうことだ?」
ここにきてようやく彼らは危害を加えられる心配がないと悟ったようだった。
おずおずとした様子で車座になると訥々と身の上を語り始めた。
「先ほどお話しした通り、あっしらはナッシ村の生まれでして。
生まれてこの方、ずっと小作人として地主様に仕えてきたんでさあ。
それはもう真面目な働き者で、毎日毎日飽きることなく畑を耕して暮らしていたんです」
まあ、見た目通りの経歴だな。
自分で真面目とか言うのはさておいて。
「ところがある日、地主様が大きな犂を買ってまいりまして。
これで仕事が楽になると喜んでいたら、
『これで人手は少なくてよくなる。お前らは用済みだから土地を明け渡して出て行け』
と、そんなことを言われまして、着の身着のまま村を追い出されたんでさあ」
「おいおい待てよ。そんな無法が通るものなのか?」
たしか、小作人にも契約とかそういうのがあったはずだ。
それを一方的に破棄するなんて普通はできない。
こいつらが領主に訴え出れば地主はきつい仕置きを受けることになる。
「へえ、あっしらもそう思って代官様のところにいったんでさあ。
ところがうちの地主は代官様にたっぷりと賄賂を渡していたようで、
訴えに行っても門前払いで……」
なんとも酷い話だ。
うちの森番もよく賄賂を取っていたが、ここまであからさまな真似はしていなかった。
まあ、わざわざ賄賂の代わりに眼を抉ってくれなんて訴えに行くやつがいるわけないんだから、あれもなかなかうまい商売だったのだろう。
「それで町へ行って働き口を探したんですが、職人になろうにも人手は足りていると言われ、
商人に奉公しようにも紹介状がなけりゃ話にならんと追い払われ、
仕方なしに物乞いを始めたら町の乞食どもから『縄張りから出て行け』と袋叩きに会い……。
それでとうとうにっちもさっちもいかなくなって、近くの農家の納屋から少しばかり道具を拝借しまして、
こうして通りすがりの皆様からお恵みをいただこうとお願い申し上げていた次第でして」
「武器を突き付けてお願いもクソもあるかよ」
「へえ、まことにごもっともで……」
事情を聞いて俺はため息が出た。
こいつらと俺の違いが何かと言えば、少しばかりの路銀の有無でしかない。
町で仕事を見つけるのが難しいとなれば、俺も早晩彼らと同じような境遇に陥るに違いなかった。
つまり俺は今、未来の自分を見ているわけだ。
そう考えれば不憫にすら思えてくる。
「なあお前ら。
さっきも言ったけどさ、もうこんなのはやめとけよ。
ほんと、向いてないんだから。
そこの町は無理でも、他の町に行けば仕事も見つかるかもしれないだろ」
「そう言われても、次へたどり着くまでの路銀も食料もないんで。
せめて一度ぐらいお恵みをいただけりゃあ、他の町まで行けるかもしれないんですが……」
聞けば、彼らは三度強盗にチャレンジしその全てに逃げられているらしい。
つくづく才能のない奴らだ。
どうにかしてやりたいが、俺とて余裕があるわけではない。
次の町まで連れていくだけならできないこともないが、そこで仕事が見つかる保証はない。
まして三人ともなれば、いくらトムの貯金があるとはいえかなり痛い出費になる。
かといってこのまま放っておけば、こいつらはそのうち捕まって縛り首だろう。
いや、その前に餓死する可能性の方が高いかもしれない。
いずれにせよ、こうして言葉を交わして多少なりとも人となりを知った今となっては、見捨ててしまうのも後味が悪い。
「しょうがねえな……」
要は、こいつらが自分で稼げるようになればいいわけだ。
俺は立ち上がると、情けない顔で俯いている盗賊どもを見回した。
「俺が強盗の手本ってやつを見せてやる」
「へえ……薄々そうじゃないかと思ってたんですが、やっぱり名のある無法者でございましたか……」
「お若いのにご立派なことでよー」
「んなわけあるか。ただの木こりだ」
そう言うと盗賊どもがひどく驚いた顔をした。
「何を驚いてやがる」
「いえ、もう何人も殺したことがあるようなお面構えでしたので……」
実際そうなんだが、話がややこしくなりそうなので黙っておく。
「悪かったな、悪人面で。
俺だって強盗なんざ初めてだがお前らよりはよっぽどうまくやってやらあ」
「お、お待ち下せえ! いくら何でも無茶です!
何もあなたまで盗賊になる必要はありませんって!」
「うるせえ! 黙ってみてろ!」
鉈男が腰に縋り付いて止めようとするの引きずりながら森の中を街道まで引き返す。
「いいか、『動くな!』なんてまだるっこしいことを言ってるから逃げられるんだ。
まずはぶっ殺せ。荷物は後でゆっくり漁ればいい」
「や、やめてくださいよ!
何も殺さなくったって! あっしらはお恵みさえいただければそれでいいんで!
ひ、人殺しだなんてそんな大それたこと――」
「そんな甘いこと言ってる場合か!
生きるか死ぬかなんだぞ! もっと非情になれ!
大体な、そいつを生きて帰せば俺たちの存在が露見する。
そうなりゃ誰もここを通らなくなるし、そのうち領主だって討伐に来る。
生かしておく理由がないだろうが」
「そ、そりゃそうですけども……」
「シッ!」
人の気配を感じた俺は彼らを黙らせた。
藪の中に身を潜め、そっと様子を窺う。
やってきたのは二人組の子供だ。
おそらくは兄妹だろう。
年頃は兄の方が十に届くかどうか。
妹の方はそれより二つ三つ下といったところだろうか。
手をつないで歩くその姿はどことなくトムとマリーを思い起こさせた。
盗賊の噂は聞き及んでいるらしく、びくびくとあたりを見回しながら進んでくる。
手には空の籠を抱えているから、おそらく森の植物か何かを採りに来たのだろう。
盗賊の一人がちょいちょいと俺の裾を引き、声を潜めて言う。
「お、お頭……本当にやるんで?」
「誰がお頭だ。いや、さすがにやらねえよ……」
いったい俺を何だと思ってやがるんだ。
俺は隠れるのをやめて子供たちの前に立ち塞がった。
「よう、ガキども。
一体全体この森に何の用だ。
近頃盗賊が出るって噂を知らないわけじゃあるまいに」
妹の方がキャッといって腰を抜かした。
それをかばうように前に出た兄が棒を構えて叫ぶ。
「な、なにものだ!」
「別に怪しいモノじゃねえ。
俺の名はジャック。ただの木こりだ」
そう言って手に持った斧を彼らに見せる。
もちろん金でも銀でもないただの鉄の斧だ。
木こりだということを証明して見せたかっただけなのだが、兄の方はそれを見て勘違いをしたらしく短く悲鳴を上げてへたり込んでしまった。
妹の方はもう声も出ないといった様子だ。
「待て待て、誤解するな。
ほんとにただの木こりだよ」
俺はできる限りの猫なで声を出し、涙目で怯える子供たちを宥めようと試みた。
「なんか必要なものがあってきたんだろ。
手伝ってやるから言ってみな」
「あ、あの……妹だけは殺さないで――」
兄のその健気な様子に俺はますます好感を持った。
が、それはそれとしてこの怯えた態度は頂けない。
これではさっぱり話が進まないじゃないか。
「だから盗賊じゃねえって言ってるだろ!
というか、さっさと何をしに来たか言え。
言わねえとぶっ殺すぞ!」
「ひっ……あ、あの、父ちゃんと母ちゃんがひどい熱を出してて、
それで熱冷ましに効く薬草を……」
なんていい子たちだろうか。
だからこそ、強盗の噂を耳にしているにもかかわらずこうして森に入ってきたわけだ。
俺も両親を流行病で亡くしているから彼らの気持ちがよくわかる。
両親を亡くした子供がどうなるかについてもだ。
「そりゃ心配だな。いいだろう、手伝ってやるからちょっと待ってな」
森婆のおかげで薬草の類についてはそこそこに知識がある。
俺は振り返ると、隠れて様子を見守っていた盗賊どもを呼び寄せた。
「おい、野郎ども。出てきて手伝え」
のそのそと出てきた彼らに、熱冷ましに使える薬草の特徴をいくつか伝えて散らせた。
それから子供たちにここで待つように言い含めて俺も捜索に加わる。
程なくして薬草と、ついでにいくらかの果物と山菜が集まった。
病人には栄養のある食べ物も大事だからな。
ほとんど俺が集めたようなものだが、あいつらも一応真面目に探していたみたいだしまあいいだろう。
「あ、ありがとうございます!」
「いいってことよ。
病気、早く良くなるといいな」
「はい!」
何度も振り返っては手を振りつつ去っていく子供たちを見送っていると、背後からの視線を感じた。
振り返ると盗賊どもがニヤニヤと笑いながら俺を見ている。
「思っていたよりお優しいようで」
「う、うるせえ!」
ちくしょうめ。
次こそは非情な強盗の手管を見せてやる。
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