第8話 盗賊
騎士と別れ、さらに西へと進む。
河が見え始めたあたりで暗くなるまで一休みし、夜の闇に紛れて川を渡った。
渡るには渡れたものの、その後が大変だった。
川沿いの夜風は冷たく、濡れた体を容赦なく冷やしてくる。
どうにか体を押し込めるだけの茂みを見つけて風をしのいだが、それだけではどうにもならない。
焚火でもしたいところだったが、関所からさして離れてもおらずそれも憚られた。
おかげで冬でもないのに危うく凍死するところだった。
日が昇るのを待って、川に沿いに伸びる街道を西へ進む。
酒場の店主の言う通りであれば数日で大きな街に出るはずだ。
そこで何か仕事を見つけることができれば、ひと先ずは暮らしていけるだろう。
途中、村を見つけたので立ち寄って食料を買い足した。
街道沿いだからか、村人の方もこういったことには慣れている様子である。
俺の村で買うよりも割高だったが仕方あるまい。
「旅人さんはどこへ行くのかね」
焼しめた固いパンに干し肉、チーズ、それから皮袋に入った酒を受取る際にそう聞かれた。
「この先の町で仕事を見つけようと思いまして」
「それはそれは。
誰かからの紹介はあるのかい?」
「いえ、そんなものはなくて」
俺の答えを聞いて村人は難しい顔をした。
そこから察するに、どうやら街についたところで仕事を見つけるのは難しいらしい。
「ふ~む。じゃあ、前は何の仕事をしてたんだね」
「えっと、木こりを少々……」
「木こりねえ……」
村人の俺を見る目がますます厳しくなった。
職にあぶれた食い詰め者の行きつく先は人の物を奪って生きる無法者と相場が決まっている。
彼は、俺も近い将来そうなると考えているのだろう。
「手、見せてみな」
村人は顔をしかめたままむっつりと言った。
なんだかわからないが、こんなところで無駄に揉めることもない。
俺は言われるままに空いている方の手を差し出した。
村人がその手を取ってまじまじと見つめる。
しばらくして彼は口を開いた。
「……なるほどな。
これは確かに働き者の手だ」
彼はそう言うと、しかめっ面を崩してにっこりと笑った。
それからポンと俺の肩を軽く叩く。
「辛いことも色々あろうが、お前さんならきっとやっていけるさ」
森を出てからこっち初めて人の温かみに触れて、俺は思わず涙ぐんでしまった。
彼は元気づけるように優しく俺の肩を押しながら言葉を続ける。
「正直に生きてりゃ神様もきっと見ていてくださる。
ま、がんばんな」
何とも皮肉な言葉だった。
なにしろ、俺はその正直のせいでこんなことになっているのだ。
それでも彼の言葉には真心がこもっていて、おかげで俺は少しばかり救われた気持ちになれた。
「おお、頑張るぜ」
泣きそうになっていることを悟られぬよう、俺はくるりと背を向けた。
そうして足早に立ち去ろうとした俺の背中に声がかかった。
「ああ、そうだ! 旅人さんよ!
もうしばらく先に森があるんだがな。
そこは避けて通るといい。
近頃盗賊が出るようになったらしくてな。
一日ばかり余計にかかるが、命には代えられまいて!」
「ありがとな!」
俺は振り返って彼に礼を言うと、足取りも軽く歩き出した。
なるほど、盗賊か。
だが回り道をするとなると路銀も余計にかかる。
そうでなくたって、地理に不案内な俺は道を外れれば迷ってしまいかねない。
まあ、盗賊が出るからと言って必ず遭遇するとも限るまい。
それに俺のナリはどうひいき目に見たって着の身着のままで家を飛び出してきた貧乏人にしか見えないし、事実そうなのだ。
盗るものがなさそうだからと見逃してもらえる可能性は高い。
なによりうまいこと返り討ちにできれば報奨金でも貰えるんじゃなかろうか?
うまくいけば領主に召し抱えて貰えるかもしれない。
大丈夫、俺にはこの魔法の斧がある。
あの騎士殿に勝ったおかげで、俺はずいぶんと気が大きくなっていた。
*
そうしたわけで、俺は森に入ってすぐのところで武器を手にした男たちに取り囲まれてしまった。
まさにあの親切な村人が教えてくれた通りだった。
「う、動くんじゃねえ!」
賊の頭と思しき鉈を持った男がそう叫んだが、その声は緊張のせいか裏返っていた。
敵は三人。
まずは正面にいる鉈男。
それからそこらの木の枝に包丁をくくり付けたような槍を持ったのが一人。
最後にボロい鳥うち用の小さな弓を構えているのが一人。
どいつもこいつも俺よりみすぼらしい格好をしている。
槍は手の震えで包丁がブヨンブヨンと揺れているし、頭目が持つ鉈は錆が浮いていてあちこち刃が欠けている。
弓の弦は今にも切れてしまいそうだ。
防具に至っては皆無で盾すら持っていない。
故郷の村の自警団の方がよほどましな装備をしていた。
なにより、俺を殺してやろうという気迫がこいつらからはまったく感じられなかった。
何なら腰が引けてすらいる。
これじゃ子供だってビビらないだろう。
真面目に盗賊をやる気があるのかと言いたくなる。
相手がそんな有様なモノだから、俺はがっかりしてしまった。
こんなしょぼい奴らには賞金なんてかけられちゃいないだろう。
当然手柄にだってならない。
となれば領主に召し抱えて貰えるなんてこともない。
近所の村からお礼にパンの一かけも出ればいい方だ。
「お、おい! 聞いてるのか!」
鉈を持った奴が例の裏返った声で怒鳴る。
大体、こいつらには盗賊の素質ってもんがないんだよな。
何が「動くんじゃねえ!」だ。
弓があるんだから、初手で
死体は叫びもしなければ抵抗もしない。逃げられる心配もないで盗賊にとってはいいことづくめだ。
まあ、あの弓じゃ人間は仕留めきれないかもしれないが、少なくとも戦闘力は大幅に奪える。
俺は何も言わずに銀の斧をぶん投げた。
弓を持っていた奴は、切られて跳ねた弦が顔に当たったのかギャッと悲鳴を上げてうずくまった。
残りの連中は唖然としたままつっ立っていたが、二呼吸ほどおいてようやく俺に襲い掛かってきた。
まず槍を持った奴が慌てて突きかかってきたのでこれをするりとかわす。
それから柄というにはあまりにも情けない木の枝を掴んでへし折りながら、手の中に斧を呼び戻した。
次に鉈を持ってきたやつが切りかかってきたので、その鉈を金の斧で切り裂いてやった。
そのままつばぜり合いでもするつもりだったのであろうそいつはそのままの勢いで前によろめき、ひょいと身をかわした俺に背中を晒す。
俺はその無防備な後頭部に斧頭を叩きこんで転倒させた。
もちろん手加減は忘れていない。
それから、既に一目散に逃げにかかっていた残りの賊どもの背中に向かって叫ぶ。
「逃げるな! おい!
こいつがどうなってもいいのか!」
「た、たすけてくれ~」
鉈男も俺の足元で一緒になって情けない声をあげる。
盗賊どもはその声を聴いて足を止めると、一瞬顔を見合わせ、それからトボトボとこちらに戻ってきた。
なるほど、まったくのクソどもというわけでもないらしい。
「全員腹ばいになれ。
それから手を頭の後ろで組むんだ!
ほら、グズグズするな!
とろい奴は今度こそぶった斬ってやる!」
わざわざ生かしておいたのには訳がある。
手持ちの道具といいやり口と言い、こいつらはまったくの素人だ。
近所の村の奴らが小遣い稼ぎに盗賊を始めたような手合いかもしれなかった。
そういう奴らを迂闊に殺せば、お礼どころか恨みを買うはめになる。
密猟に手を染めていたトムがそうだったように、こんな連中でも村の中では善良な働き者で通っていたりするのだ。
「おい、お前ら。
いったいどこから来た」
鉈を持っていた男がすっかりしょげ返った声で答える。
「ナッシ村でさあ」
聞いたことがない。
まあ当然か。
「余所者の俺にもわかるように教えろ。
それはどのあたりにあるんだ?」
「へえ、ここから半日ばかし行ったところにある村でさあ」
やっぱり近所の奴だったか。うっかり殺さなくてよかった。
同時に、金にもならない事がわかったので俺はため息をついた。
「お前ら、向いてないよ。
今日は見逃してやるからさっさと村に帰れ。
もう二度とこんなことするな」
俺がそう言ってシッシと手を振ると、どういうわけか盗賊どもは腹ばいに転がったまま肩を震わせて泣き始めてしまった。
「そ、それが……あっしらはもう村には帰れないんで……」
揃ってめそめそと泣きながらそんなことを言う。
正直なところこれ以上関わり合いになんてなりたくないが、かといってこのまま放置していくのも気が引ける。
「わかったわかった。
おい、お前ら立て。場所を変えるぞ」
このまま話を聞いてもいいんだが、万が一他の誰かが通ったら面倒なことになりそうだった。
なんせ今の場面だけ切り取れば、どう見たって盗賊は俺の方だからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます