第七話『話し合い』
エリックたちは、ツイーディアとリフラを連れて、マーティンの家の中に入っていく。
「初めまして、俺は領主の息子で、『マーティン・シュトーリヒ』です。よろしくお願いします」
「初めまして、『リフラ・ルファム』と申します。この子は、『ツイーディア・シーティア』と言います。どうか、よろしくお願いします!」
頭を下げるリフラを見たマーティンは、動きを止めたまま目を見開く。
そのまま動かなくなった彼に、リフラは少し戸惑う。
「あの……」
「いや、あまりにも君が俺の家族に似ていたから、びっくりして……」
「私に、ですか?」
「ああ、うん。君は──俺の祖母『カリーノ』に、そっくりなんだ」
「え?」
「……ああっ!」
「どうしたの? エリック?」
「誰かに似ていると思っていたんだけど、確かにカリーノさんに似てる……」
マーティンの祖母「カリーノ」。
綺麗な緑の髪を持ち、お淑やかで優しい前・領主の妻。
リフラは、そのカリーノと本当にそっくりだった。
「えっ……と」
「とりあえず、父さんのところに行こうか? 話はそれからしようか?」
「あ……はい」
「少し待っていて」
マーティンはみんなに声をかけると、リビングに歩いていく。
「母さん、エリックたちと一緒に父さんと話してくるよ」
「あら? そうなの? わかったわ、いってらっしゃい」
「夕食は少し遅くなるかもしれないから、先に食べていいよ?」
「ううん、待っているわ」
「ありがとう、母さん」
「いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
マヤリスと話し終えたマーティンは、エリックたちに声をかける。
「さあ、行こうか?」
マーティンたちはフェストのいる書斎へ向かう。
玄関前の階段を上り、五人と一匹は二階の書斎の前へ移動する。
──コンコンッ!
「はい! どうぞ!」
「失礼します」
マーティンが先頭になり、ドアを開ける。
「父さん、話があるんだ。入ってもいいかな?」
「フェストさん、俺たちも一緒に入ってもいいですか?」
「ああ、エリックくんたちも一緒かい? どうぞ」
「ありがとうございます」
ドアを開けたまま、マーティンがツイーディアとリフラに声をかける。
「二人とも、入って?」
「はい!」
「──はい」
ツイーディアはリフラの服を握りしめる。
「大丈夫、一緒に入りましょう?」
「うん……」
ツイーディアの手を掴み、書斎に入るリフラ。
「失礼します!」
「……失礼します」
一番後ろにいたコキーユは隣にいたアドルフを見る。
「見張りをしてくれる? アドルフ?」
「ワォンッ!」
アドルフは元気よく返事をし、書斎の前で見張りをするため、座り込んだ。
アドルフは話し合いの時に、部屋の前でよく見張りをしてくれている。
「あれ? そちらの方々は初めてのお客様──」
「初めまして、『リフラ・ルファム』と申します!」
「『ルファム』……? もしかして、『トワレア』と『オード』さんの娘さん?」
「え? 『トワレア』と『オード』は、私の両親ですが……」
「『トワレア』は──私の妹なんだ」
「え?」
今度は、みんなが目を見開く番だった。
「『香水を作りたい!』と言って、キャタルアのルファム家にお世話になってから、ほとんどここには帰っていないけれど──、ここがトワレアの実家なんだよ」
「お母さんの実家?」
「そうだよ」
呟いたまま考え込む姪っ子に、フェストは優しく微笑む。
「初めまして、『フェスト・シュトーリヒ』と申します。これからも、よろしくお願いします」
「──はいっ!」
明るい日差しのように笑うリフラに、みんなが笑顔になる。
「それで、突然なんですが、お願いがあるんです!」
「何かな?」
「この子……ツイーディアをここに匿ってもらえないでしょうか?」
「あ……あの! 初めましてっ! 『ツイーディア・シーティア』と申します!」
「──『シーティア』? 氷の島『シーティア』の?」
「シーティア? 父さん、それって……」
「ああ、シーティア島は科学者によって島民が追い出され、今は危険物の研究施設に変えられているはずだよ」
「え?」
「酷い!」
みんなが顔をしかめる中、リフラがツイーディアを抱きしめる。
「リフラ?」
「ツイーディア、大変だったね?」
「リフラ……」
リフラに温かく抱きしめられ、ツイーディアは泣いてしまう。
「一部の島民は、レナントルイスに幽閉されたと聞いているよ」
「あいつら、そんなことまで!」
突然怒るエリックに怖がるツイーディアの背中をリフラは優しくポンポンとたたく。
「エリックくんが怒るのも無理はないよ、私も同じ気持ちだからね」
「……え?」
「彼にとっては父親、私にとっては大切な親友を十年ほど前に、科学者の手によって亡くしたんだ」
「領主さんも?」
「『フェスト』でいいよ? 『ツイーディア』ちゃん──だったね?」
「はい」
フェストは少しだけ屈み、ツイーディアに視線を合わせる。
「大変だったね? もう大丈夫、私たちがついているから」
優しい声と言葉に、ツイーディアは思わず涙を流す。
袖で涙をぬぐい、できる限りの笑顔でフェストを見る。
「……はいっ!」
ツイーディアの笑顔に、みんながようやく穏やかな顔になる。
涙をぬぐったことで、手紙の存在を思い出したツイーディアは、フェストにそっと手紙を差し出す。
「おじいさん……グリーンガーデン領主からの手紙を預かって参りました」
「グリーンガーデン、シーティアの南にある? あそこは確か、今は『サントリナ』さんが治めているはず」
「グリーンガーデン領主『サントリナ』は、私の母方の祖父です」
「サントリナさんのお孫さん?」
「はい!」
「そうか……ありがとう」
ツイーディアが手紙を差し出すが、距離が足りず、近くにいたマーティンが手紙をそっと受け取り、フェストに渡す。
「ありがとう、ツイーディアちゃん、マーティン」
フェストは受け取った手紙の表と裏を確かめ、便箋の中身を取り出して読む。
彼が手紙を読む間、ツイーディアは静かになった部屋の雰囲気が怖くてスカートを握り締める。
「大丈夫!」
リフラは安心させるように、ツイーディアに優しく笑いかけた。
「うん」
ツイーディアは笑顔を取り戻す。
ようやく、フェストが手紙を読み終わり、隣りにいたマーティンに手紙を渡す。
「マーティンも手紙を読んで、意見を聞かせてくれないかな?」
「はい、わかりました」
親子が真剣な顔で頷き合った後、フェストはツイーディアに向き直り、安心させるように、やわらかく笑う。
「よくこんな遠いシュトーリヒまで──。ツイーディアちゃんが無事で、本当に良かったよ」
優しく頭をなでるフェストに父親のオセアンと同じ雰囲気を感じて、ツイーディアはまた涙があふれそうになる。
「ありがとう、ございます……」
泣くツイーディアの涙を拭くため、フェストは自分のハンカチを取り出す。
目の前にあった彼のハンカチをツイーディアは受け取り、自分で目元を拭き始める。
「あり、がとう……ござい、ます……」
「どういたしまして」
にこっと笑うフェストの近くで、マーティンが手紙を読み終わり、エリックの前にそれを差し出す。
「エリック」
「わかった」
エリックが手紙を読もうとすると、コキーユが横からそっと覗き込み、彼と目が合う。
彼は、彼女が読みやすいように手紙を近づけ、仲良く読み始める。
その近くで、フェストはツイーディアの涙が収まったのを確認し、口を開く。
「ツイーディアちゃん、つらいかもしれないけど、聞いてもいいかな?」
「……はい!」
「手紙には、ツイーディアちゃんがマグニセント王国では珍しい氷魔法と強力な水魔法が使えるから、シーパルテノの科学者たちに狙われていることが書かれていたよ」
「……はい、氷魔法と、水魔法も使えます」
「そうか──。サントリナさんの手紙には、どこかの権力者が協力しているかもしれないと書いていたけれど、シーパルテノの協力者に誰か心当たりはあるかい?」
「──いいえ、知りません。私は確かに領主の孫です。一緒には住んでいなくて……両親と近くの家に住んでいました。祖父の仕事のことは、ほとんど知らなくて──」
手紙がリフラに渡るのをマーティンは見届け、ツイーディアに優しく声をかける。
「ツイーディアさん、少しでも手掛かりはないかな? 何か噂があった話でもいいから、思い出せるかい?」
「──そういえば、最近、『グリーンガーデンの周辺施設が手を組んでいる』話を聞いたことがあります」
「周辺施設……」
フェストは地図を取り出し、机に広げる。
エリックたちも一緒に地図を覗き込む。
リフラが手紙を読み終え、机の端にそっと手紙を置き、一緒に地図を見る。
「危険物の研究施設『シーティア』、家畜の研究施設『ランチプレイン』、科学の第一人者『サンドグリット家』の研究島『サンドスピリット』、科学の町『サイアント』」
「あとは、少し離れているけど、氷の研究施設『アイクイース』……かな?」
「最近は、確かにシーパルテノが怪しい動きをしているという噂が貴族の方々の間でありました。キャタルアは関与していないと思います」
「国の一番東に位置する海の研究施設『シーパルテノ』。その南に位置しているのが、家畜の研究施設『ランチプレイン』。そのさらに南には、サンドグリット家所有の巨大な研究島『サンドスピリット』」
フェストがサンドスピリットを指さした後、マーティンは彼の代わりにグリーンガーデンを指さす。
「グリーンガーデンの北に浮かぶ島、危険物の研究施設『シーティア』。その西の海を越えたところに『アイクイース』」
「そして、グリーンガーデンより西、科学の町『サイアント』。スティルフォレストを越えて、その先に鉱山施設『レアオレス』」
「このくらいかな?」
「……はい!」
ツイーディアはマーティンに覗き込まれ、元気よく返事をした。
「ツイーディアちゃんには、とても言いにくいけれど……サントリナさんたちは、最悪、捕まっている可能性がある」
「そんな……!」
「ツイーディア!」
リフラが倒れそうになるツイーディアを支える。
その彼女たちの隣ではエリックとコキーユが心配そうにしている。
マーティンは、みんなを見て考え込む。
──家族がそんな目に遭っていたら、誰でも心配になる。ツイーディアさんのためにも早く助けないと……!
「この範囲だと、キャタルアまでなら聞き込みが出来そうかな? キャタルアはマグニセント王国の貿易を支えている大きな町だから、きっと情報も集まってくるはず」
マーティンの言葉にリフラが振り向く。
「私も、そう思います」
「明日、自警団から調査員を派遣して、グリーンガーデンの様子を探ってきてもらうつもりだよ。──私では顔が知られているからね」
「ツイーディアちゃんのことだけど、サントリナさんたちの意向も聞きたいと思っているよ。でも、彼女の安全のために一番いい方法を選びたいと思う」
「フェストさん……」
「エリックくんとコキーユちゃんは、どう思うかな?」
「『シュトーリヒ以外の場所では危険』だと思います。レーツェレストの西端には花の研究施設もありますから、科学者の息がかかった人間が狙っているかもしれません」
「ずっといるなら、シュトーリヒの方が安全かな?」
「はいっ! ──フェストさん、彼女のことをどうか助けてあげてください!」
「私からも、お願いします! ツイーディアちゃんのことを助けてあげてください、フェストさん!」
フェストは頷いた後、マーティンをじっと見る。
「マーティンは、どう思う?」
「俺は、ツイーディアさんをこの家で匿うのが良いと思います。他の場所では、花の施設の科学者たちに見つかる可能性もあります。科学者が来るとしても職場くらいでしょうから、この家までは来ないでしょう」
「そうか……」
フェストはマーティンの言葉に頷いた後、ツイーディアの方に振り返る。
「ツイーディアちゃんは、どうしたい?」
「私は……」
ツイーディアは自分の服を握りしめる。
震える彼女の手を握ったリフラは力強く頷く。
「大丈夫」
「……うんっ!」
ツイーディアはリフラに頷き、みんなを見つめる。
「私を……ここにおいてください! お願いしますっ!」
勢いよく頭を下げるツイーディアに、みんなが微笑む。
「もちろん!」
「大歓迎だよ!」
「仲良くしましょう?」
「……はいっ!」
みんなに歓迎されたツイーディアは静かに涙を流す。
リフラはポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙を拭く。
「レーツェレストの方々にも、何かあるといけないから、食料の備蓄を頼んでおくよ」
「ありがとう、父さん」
「フェストさん、よろしくお願いします!」
「私も両親に手紙を書きます! お師匠様たちにも!」
「ああ、よろしく頼むよ、コキーユちゃん」
ツイーディアは首を傾げる。
「お師匠様たち?」
「私に召喚術を教えてくれたり、武器を作ってくれたり、とても優しい人たちなの。ツイーディアちゃんのことを話せば、きっと、みんな力になってくれるわ」
レーツェレストには領主はいない。
しかし、レーツェレストの人たちをまとめている団体があり、そこは隠居した猛者たちの集まりでもある。
城への定期連絡は、まとめてフェストが引き受けてくれていた。
フェストに恩があるレーツェレストの住民は、彼の言うことをよく聞いてくれている。
「父さんがいない間、ツイーディアさんのことは俺が面倒を見るよ」
「ああ、頼むよ、マーティン」
「私は、一度帰ります」
「……え?」
ツイーディアが驚き、リフラの顔を見つめる。
「何も話さないままで、こちらに来てしまったので、家族が心配していますから、一度帰って家族に話して、もう一度ここに来ます」
「いや、もう来ない方がいいだろうね」
「どうしてですか?」
「ツイーディアちゃんとリフラちゃんが親しくしているのが追っ手にバレると、みんなが危険な目に遭うといけないから、二人はなるべく会わない方がいい」
「そんな……!」
「手紙だけは許可するから。──ただ、手紙を出す時は、ツイーディアちゃんは私と、リフラちゃんはトワレアと一緒に返事を送ること。これだけは守ってほしい」
「でも……」
心細そうにするツイーディアを見つめた後、リフラは髪につけていた黄色いリボンをほどく。
「ツイーディア、これを」
「……リボン?」
「そう、これを私の代わりだと思って持っていて? きっとまた会えるから!」
人の心を照らすように笑うリフラに、ツイーディアはいつも励まされる。
彼女が言うなら、また会える気がして、ツイーディアはそっと黄色のリボンを受け取る。
「うん! わかった! また会おうね? リフラ?」
「うん! もちろん!」
二人でにこりと笑い、二人を見守っていた全員がホッとしたように笑う。
「さあ、みんなで夕食でも食べようか? 先にマヤリスのところに行ってくれるかい? 私はここを片付けてから行くから」
「わかったよ、父さん」
「じゃあ、行こうか?」
「うん!」
「はい!」
フェストをおいて、子どもたちはリビングへ移動していく。
結局、この屋敷でツイーディアを匿うことになった。
みんなが楽しそうに話しながら出ていくのを見送り、フェストは少しだけ強く、机に片手をつく。
「グラント……。──私にもっと、力があれば……」
フェストは、あの時の「無力な自分」を思い出す。
そして、さっきまで見ていた子どもたちの姿が再生され、フェストはハッとして正気に戻る。机に広げられたままの地図と、隅に置かれた手紙を見つめる。
「あの子たちは、立派に育っているよ」
きっと生きていたら喜ぶだろう親友を思い、フェストは口元を緩ませ、ふっと微笑んだ。
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