第六話『リフラ』
一時間後、ツイーディアは走ってグリーンガーデンの隣町「サイアント」と深い森「スティルフォレスト」に分岐する道まで来た。
疲れきった彼女は、氷魔法を使って船を作ることを思いつく。
手から水を出し、船の形に凍らせ、その船にそっと乗る。船の行く先を薄い氷で覆い、片手で氷の道を作りながら、もう片方の手から水を出現させ、氷の上を滑っていく。
──これで少しでも離れないと……!
氷の道をどこまで作れるのかはわからないが、今はこれしか方法がなかった。
⚔ ⚔ ⚔
それから数時間後、ツイーディアは魔力を温存するため、「スティルフォレスト」で船を降り、走って逃げていた。
彼女の手には、祖父から託されたシュトーリヒ領主への手紙がしっかりと握られている。
──おじいさん、おばあさん、お母さん、お父さん……! みんな……!
ツイーディアは追っ手に追いつかれないように、必死に足を動かす。
「おい! いたぞ!」
「どこだ!」
「あっちだ!」
ツイーディアの想いは届かず、敵に見つかってしまった。
敵の足音が、どんどん近づいてくる。
──もう、無理……!
その時、ツイーディアは急に手を引かれ、近くの草むらに引きずり込まれる。
軽く口をふさがれ、パニックになりかけるが──。
「しっ! 静かに」
「うっ!?」
頭上から少女の声が降ってきて、ツイーディアは目を見開く。
ふわっと甘くてフルーティな花の香りがして、ツイーディアの視界の端に、ちらっと緑の髪が映る。
緑の髪の少女は追っ手とは逆方向に手をかざし、意識を集中する。
何もないところから急に風が吹き始め、その風を使い、先ほどのツイーディアと同じ足音を再現する。
──ガサガサッ!
「あっちか!」
「行くぞ!」
逆方向に走っていく追っ手を見送り、少女は草むらに隠れたまま、ツイーディアの方に振り向く。
「追われてるみたいだけど……。一体、どうしたの?」
「あの……」
ツイーディアは事情を聴く少女をまじまじと見た。
目に飛び込んできたのは、風になびく若葉のような緑の髪。三つ編みのハーフアップに、黄色のリボンをつけた少女だった。
その少女は、緑のワンピースと腰の黄色いリボンを揺らしながら、立ち上がる。
「ごめんなさい。追われてるみたいだったから、『助けないと!』と思ったの」
「いえ、謝らないでください。本当に、ありがとうございます」
「そう、良かった。──私は『リフラ』。あなたは?」
「私は……『ツイーディア』──」
ハッと正気に戻ったツイーディアは、不安で震える両手でリフラの腕をつかみ、必死に頼み込む。
「シーパルテノの科学者に追われてるんです! 誘拐されそうになって……。これから北西にあるシュトーリヒに行くところなんです」
「科学者に誘拐されそうになったの? ……わかったわ、ついてきて!」
リフラはツイーディアの手を取り、森の中を駆けだした。
鉱山「レアオレス」は珍しい鉱石の採掘場で、向こう側からの一本道で、全く開通していない。
次の町「キャタルア」までの道を通るには、鉱山を迂回するルートしかないのだが、それが歩くと途方もなく長い道で、キャタルアの商人たちも魔法を使わなければ半日かかるほどだった。
二人がしばらく走っていると広い道に出た。
「あっちですか?」
リフラはレアオレスへの道へ出ようとするツイーディアを引きとめる。
「こっちよ!」
「え?」
「こっちにキャタルアまでの近道があるの!」
リフラはツイーディアの手を引き、草むらを駆け抜け、誰も通らなさそうな狭い道に出る。
ツイーディアは知らない道に出て、思わずキョロキョロしてしまう。落ち着かない彼女の不安を吹き飛ばすように、リフラは明るい笑顔を見せ、手を差し出す。
「はい! 手を強く握って!」
「え?」
「大丈夫だから!」
リフラはふわりと包み込むような笑顔で、ツイーディアの前に手を差し出す。
ツイーディアが戸惑いながらも、しっかりと手を握ったのを確認し、リフラはそのまま意識を集中する。
リフラは風魔法で、自分たちの周りを囲う。
そのまま浮き上がり、驚いているツイーディアの手を「ぎゅっ!」と握って、リフラは微笑む。
ツイーディアが振り向いた瞬間、リフラは風を動かし、空を飛んだ。
すごいスピードで飛んでいくが、周りを囲っているため、外の風の影響は受けない。
しかし、周りの風景は目まぐるしく動いていく。
「きゃっ!」
──……すごい。
目を見開いて驚くツイーディアに、リフラはそっと微笑む。
──良かった。少しだけ元気が出てきたみたい。
「私は『キャタルア』の出身なの」
「『キャタルア』の?」
「ええ、そうよ。とりあえず、キャタルアまで向かうわね?」
「──はい」
「大丈夫、なんとかなるわ」
不安そうになるツイーディアの手を握り、リフラは太陽のような笑顔で笑いかけた。
⚔ ⚔ ⚔
約十分でキャタルアの町が見えてきた。
しかし、リフラは町を通り過ぎていく。
「あの……さっきのが、キャタルアじゃ──」
──前、キャタルアに行ったことがあるけど……。私の、勘違い……?
ツイーディアはリフラと町を交互に見て、不思議そうにキョロキョロする。
「ううん。さっきのが、キャタルアよ? でも、心配だから。私がシュトーリヒまで送るわ!」
「え? ……いいんですか?」
「ええ、もちろん! すぐに着くから、もう少し手を握っていて?」
リフラは、あたたかく笑った。
「うん、ありがとう……」
ツイーディアは涙を浮かべつつ、ようやくほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
そして、四十分後。二人は無事にシュトーリヒの領地にたどり着く。
⚔ ⚔ ⚔
夕日が沈む頃、リフラとツイーディアはシュトーリヒ入り口の防護壁まで来ていた。
二人は近くで地に降り、シュトーリヒの門番に近づいていく。
「お久しぶりです、ジェームズさん!」
「ああ! リフラちゃん! 久しぶりだね!」
「お元気そうで良かった! もう三か月も経つんですね!」
「ああ、本当に。もうそんなに経つのか──。ところで、今日も香水の配達かい?」
「いいえ、今日は違うんです」
「そうなのかい? ひょっとして、その隣の子と関係あるのかい? リフラちゃんの友達?」
リフラは隣にいたツイーディアを覗き込むジェームズの前に立ち、勘づかれないように彼女を庇う。
「はい! 今日はこの子の用事で、ここに来ました。通していただけますか?」
「もちろん! リフラちゃんのお友達だから、悪い子じゃなさそうだしね?」
「ありがとうございます!」
リフラたちが門を通ろうとすると、今度は反対側から声がかかる。
「あれ? リフラちゃんじゃないか? 珍しいね?」
「お久しぶりです! ケヴィンさん!」
「その子は、お友達かい?」
「はい!」
「へぇー?」
ケヴィンは全く遠慮することなく、リフラの後ろに半分隠れていたツイーディアに顔を近づける。
「お名前は?」
「あのっ! 『ツイーディア』と申します……」
「ツイーディアちゃんか……。君も可愛いね?」
リフラは口説き始めたケヴィンの顎をつかみ、ツイーディアからググっと離す。
「ケヴィンさん、口説かないでください。ツイーディアは、私の大切な友達ですから」
「俺が悪かったよ。ごめんな、ツイーディアちゃん」
「いえ……」
ケヴィンはフウッと溜息をついて、さっきつかまれた顎に手を当てる。
「本当に、リフラちゃんには敵わないな……」
「え? 私は普通だと思いますよ?」
キョトンとするリフラに、ケヴィンは乾いた笑いをもらす。
「はは……。これから中に行くんだろ?」
「はい! 通していただけますか?」
「もちろん、構わないよ? ほら、入って!」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます!」
ケヴィンにお辞儀をし、リフラたちは門をくぐる。
「二人とも元気でね!」
「またな! 二人とも!」
「ジェームズさんも、ケヴィンさんも、お元気で!」
「お元気で!」
門番の二人に手を振って、リフラたちは歩き出す。
「リフラちゃん、いつもお疲れ様!」
「ありがとうございます! 皆様も、お疲れ様です!」
笑顔で応えるリフラに、そわそわするツイーディア。
そんな二人は、早足にシュトーリヒ領主の屋敷へ向かう。
リフラは少し歩いたところで、ひとことも話さなくなったツイーディアに、そっと話しかける。
「ツイーディアちゃんって、何歳かしら? 私は、この前、十五歳になったばかりなの」
「私は……まだ誕生日が先で、二月生まれの、十四歳です」
「ツイーディアちゃんって、同い年だったのね! 多分、『同じくらいの年齢かな?』と思っていたの!」
「えっ……そうなんですか? 私は、リフラさんが、もう少し年上の方なのかと……」
「そんなに畏まらなくても、『リフラ』でいいわ! 私も『ツイーディア』って呼んでもいいかしら?」
「……は、はい!」
ツイーディアは親しく話すリフラを見て、さっきの門番たちのことを思い出す。
「さっきの人たちは、お知合いですか?」
「せっかくツイーディアと仲良くなったんだから、敬語もやめてほしいわ」
「……うん! わかった」
「父が香水のお店を開いていて、その配達のためにシュトーリヒまで来ることもあるの」
「──そうなの? 偉いね、リフラは」
「そんなことはないわ。家の手伝いをするのは普通ですもの。今は、『父の跡を継ごう』と思って、
「そうなの?」
「そう偶然だったけど、ツイーディアに会えたわ」
ツイーディアは急に立ち止まり、少し黙ってリフラを見つめている。
その間、リフラはツイーディアが話し出すのをじっと待つ。
ツイーディアは少し口元を緩め、口を開く。
「──リフラに会えて、よかった……」
「私も、ツイーディアを助けられてよかった」
呟いたツイーディアに、リフラは微笑んだ。
「シュトーリヒにも香水の配達をしているの。だから、シュトーリヒ領主のお屋敷は知っているわ。もうすぐ着くから、行きましょう?」
「うん」
ツイーディアの手を引き、リフラは彼女の前を歩いていく。
⚔ ⚔ ⚔
もう夕日も沈みかけ、ほとんど暗くなっていたが、リフラとツイーディアは何ごともなく、シュトーリヒ領主の屋敷近くに着いた。
「シュトーリヒ領主のお屋敷は、あそこよ?」
「──あっ!」
「ツイーディア?」
ツイーディアは屋敷の玄関前にいたフードのついた赤いローブを着た少年とピンクのリボンをつけたポニーテールの少女を見つけ、今までで一番の速さで走り出した。
「あの!」
少年たち──エリックとコキーユは驚いた顔で、必死に話しかけたツイーディアを見る。
「助けてください!」
「え?」
「ツイーディア!」
リフラがツイーディアを追って、屋敷の前まで来る。
「リフラ……」
リフラは心配そうにツイーディアの後ろから肩をつかむ。
突然のことにエリックたちは驚くが、ツイーディアのただならぬ様子に、なるべく優しく話しかける。
「どうしたのかな? 何かあった?」
「どうしたの? 何かあったの?」
「ワォン?」
よく見ると、コキーユの隣にはアドルフがいたが、今のツイーディアは驚いている場合ではなかった。
ツイーディアはエリックたちに話しかけようとするが、彼らの優しい声を思い出し、少し泣いてしまう。
うまく話せないツイーディアを見かねたリフラが代わりに二人の前に出る。
「初めまして、私は『リフラ・ルファム』です。この子は──」
「『ツイーディア・シーティア』です」
真剣な顔で話すリフラたちに、エリックたちは顔を見合わせ、再び彼女たちを見る。
「俺は『エリック・ギルバート』です」
「私は『コキーユ・フローレンス』です」
「ワォン!」
「この子は、私の相棒のアドルフです!」
名乗ったエリックたちを見て、リフラは頷く。
「エリックさんに、コキーユさん、アドルフですね? エリックさんたちはシュトーリヒ領主とは、どのようなご関係なのでしょうか?」
「俺たちはシュトーリヒ領主のご子息と友達なんだ」
「シュトーリヒ領主のご子息の……ご友人?」
考え込むリフラを見たエリックは、ツイーディアをちらっと横目で見た後、もう一度視線を戻す。
「ところで、『リフラ』さん?──『ツイーディア』さんに何かあったのかな?」
「私のことは『リフラ』で構いません。──あと、話せば長くなりますが、聞いていただけませんか?」
「わかった。俺で良ければ」
「私も、良ければ話を聞くわ!」
「ワォン!」
返事を聞いてホッとしたリフラは改めて口を開く。
「海の研究施設『シーパルテノ』の科学者がこの子を狙っているんです。何人か追っ手がかかっていて──。施設のある町『グリーンガーデン』の領主からシュトーリヒ領主への手紙を託されて、ツイーディアだけ逃げてきたんです。近くの森の『スティルフォレスト』で追っ手を撒いて、ここまで風魔法で飛んできました」
「スティルフォレストからここまで?」
「そんな遠くから──、すごいね!」
「それは──、今はいいんです。この子──ツイーディアをシュトーリヒ領主の元で
エリックたちに向かって、リフラは深くお辞儀をする。
「どうか──、お願いします!」
「そんな……顔を上げてください」
「心配しなくてもいいわ、顔を上げて?」
「ツイーディアを匿っていただけるんですか!」
リフラはパッと顔を上げ、聞き返した。
「とりあえず、フェストさんに聞いてみようか?」
「うん、フェストさんなら大丈夫だと思うから、今すぐ行こっか?」
「ワォンッ!」
顔を見合わせて頷くエリックたちに、リフラたちは笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます!」
──ところで。
と、エリックは思う。
彼は目の前でツイーディアと喜ぶリフラを見つめる。
──緑の綺麗な髪。小さい頃に見た……誰かに似ている気がする。誰だろう? 思い出せない……。
エリックは何度考えても、「リフラが誰に似ているのか」、どうしても思い出すことができなかった。
「とにかく、フェストさんが家に帰ってきているか、確かめようか?」
「うん! 私たちがいない間に、家に帰ってるかもしれないから」
「二人とも行こうか?」
「はい!」
「──はい」
エリックは、リフラとツイーディアがついてきたのを確認すると、門にあるベルを鳴らす。
──ピンポーン!
「はーい!」
屋敷の中からマーティンの声が聞こえ、中から扉を開けてくれる。
「お帰り、みんな。遅かったけど、ホリーさんに何かあった──」
マーティンはエリックとコキーユの後ろ──、夜のせいで少し暗いが、リフラと彼女にしがみついているツイーディアに目をとめた。
「ただいま、マーティン!」
「ワォン!」
「ただいま、マーティン。フェストさんのお客様なんだけど──。フェストさんは、もう帰ってきてるかな?」
「父さん? うん、いるけど──」
「フェストさんと話がしたいんだけど、いいかな?」
「もちろん! ところで……」
マーティンは、もう一度、リフラたちを見る。
「その話、俺も聞いていいかな?」
「ああ! もちろん! そうしてもらえると助かる」
「ありがとう。──中へどうぞ、お嬢さん方」
「……ありがとうございます」
マーティンはリフラとツイーディアを屋敷の中まで案内した。
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