第五話『ツイーディア』

 ここは、エリックたちの住むシュトーリヒとは正反対に位置するマグニセント王国の東──グリーンガーデンという町に、少女──ツイーディア・シーティアがいた。


 少女の母親──メーア・グリーンガーデンは、グリーンガーデン領主──サントリナの娘。


 若い頃から魔力が強く、よく住民を助けていた。

 優しく穏やかで、お淑やか。グリーンガーデンに住む少女たちにとって、憧れの存在だった。

 日に照らされた海の色をした髪はくるくると渦潮のように巻かれ、頭の後ろにピンクのリボンを結び、海のように澄んだ瞳をもつ、可愛らしくて純粋な少女だった。

 しかし、メーアの愛らしい容姿にも関わらず、敵となる者たちが後を絶たなかった。

 父親の権力や彼女の強大な魔力を狙っている者がいたからだ。

 グリーンガーデンの東南に位置する海の研究施設「シーパルテノ」の科学者たちは、メーアを「実験体」として捕らえようとしていた。

 ただ、幼い頃からグリーンガーデンの庇護下にあった彼女が科学者たちに襲われることはなかった。


 そして、少女の父親──オセアン・シーティアは、グリーンガーデン近くにある氷の島「シーティア」領主──ラグラスの息子だった。

 若い頃から穏やかで聡明、争いは好きではないが、他人を護るために動くような子だった。

 氷が張った海のような水色をした髪に、まるで氷のような水色の瞳をもつ少年。そして、マグニセント王国でも珍しい氷魔法の使い手だった。

 ある時、氷の島シーティアに領主の許可もないまま、国の科学者たちが押し寄せ、研究施設を建て始めた。科学者たちに楯突いた島民たちは島外に追い出され、酷い場合は城の牢屋に幽閉された。

 マグニセント王国では珍しい氷魔法が使える領主の一族たちは、科学者たちに狙われることになり、島民に助けられ、シーティアから逃げ出した。彼らの向かった先は、仲が良かったグリーンガーデン領主の元だった。一族たちと一緒にオセアンも彼の庇護下に入り、何とか日常生活を送れるようになっていった。

 そして、涙の形をしたシーティア島の氷は、今では科学者たちに全て溶かされ、岩だらけの荒れ地になりつつあった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 あれからすぐ、オセアンたちはグリーンガーデン領主の元へ挨拶に行った。


「改めて──いらっしゃい、ラグラス、ロゼさん、オセアンくん」

「いらっしゃい、皆さん」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ない。サントリナ、アクアさん」

「お世話になります、皆さん」

「お世話になります」


 挨拶をした後は、大人同士でこれからのことを話し合い、オセアンだけが横に取り残される。


「君がオセアンくんかな?」

「はい、そうですが……?」


 オセアンが後ろを振り向くと、緑の髪と瞳を持つ爽やかな好青年が優しく見ていた。


「俺は領主のサントリナとアクアの息子で、ハーミント。よろしく、オセアンくん」

「いえっ! こちらこそ、よろしくお願いします、ハーミントさん!」


 緊張気味に話すオセアンを気にすることなく、ハーミントは続ける。


「俺には、君と同い年の妹がいるんだ。──メーア!」

「──はい! お兄様」


 海のように青い髪を持つ少女が彼の後ろから現れる。


「俺の妹のメーアだ。これから、仲良くしてほしい」

「初めまして、メーア・グリーンガーデンです。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ、初めまして、オセアン・シーティアです。これからお世話になります。メーアさん、よろしくお願いします」

「──はい!」


 メーアは花が咲くように笑う。

 それを見たハーミントが、オセアンに笑いかける。


「俺の妹は、とてもお淑やかで美人なんだ。オセアンも、そう思うだろう?」

「お兄様……! すみません、オセアンさん。兄は、いつもこうなんです」

「いいえ、素敵なご兄妹ですね?」

「ああ! ありがとう!」

「……ありがとうございます」


 とても穏やかに、やわらかく微笑むオセアンに、メーアの頬が赤くなった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その後、メーアはオセアンを見ると、よく話しかけるようになっていた。


「オセアンさん!」

「あ、メーアさん」


 廊下で呼び止められたオセアンは、後ろを振り向く。


「教えてほしいことがあるのですが、聞いてもいいですか?」

「はい、もちろんですよ」

「ここの問題がわからなくて……」

「ああ、これはね──」


 メーアとオセアンの話す内容は、ほとんど勉強のことだったが、彼女は幸せそうで、彼もまた嬉しそうに教えていた。

 屋敷で一緒に食事することも多く、メーアも母親たちと一緒に料理を作り、オセアンたちに振る舞っていた。


「いつもありがとう」

「いいえ」

「ううん、メーアさんの作る料理は、いつもおいしいよ。──ありがとう」

「ありがとうございます……」


 恥ずかしそうにするメーアのことをオセアンは好きになっていった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 オセアンとメーアが士官学校を卒業した日。

 二人は学校から帰り、屋敷の前まで来た。


「メーア」

「はい」


 名前を呼んで立ち止まるオセアンに、メーアが振り返る。


「……君のことが、ずっと好きで──。……私と、付き合ってください」

「──はいっ!」


 海に降りそそぐ太陽の光のように笑うメーアをオセアンは愛しそうに見つめる。


「私も、オセアンのことが──ずっと好きです」


 言い終えた瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。


「ありがとう」


 その後、二人は周りのことも気にせず、数分間ずっとそのまま抱きしめ合っていた。


 その一か月後、みんなに祝福され、二人は結婚した。

 学校卒業後、オセアンは自警団として働き、一年後に一人娘のツイーディアが生まれた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 ツイーディアが成長した四歳の夏。

 ツイーディアはメーアとおそろいの麦わら帽子をつけ、日の光で輝く海のような青い髪を揺らしていた。

 メーアと手を繋ぎ、海のように青い瞳を楽しそうに輝かせているツイーディアは、自警団本部で仕事をしているオセアンに会うため、熱くなった煉瓦の道を歩く。


「おかあさん、あれ!」

「噴水? ツイーディアは噴水が好きなの?」

「うん! すき!」


 キラキラした瞳で答えるツイーディアに、メーアは思わず微笑む。


「あれは水で出来ているのよ?」

「みず? おとうさんに、このまえおしえてもらった?」

「ええ、そうよ」

「みず……こおり……」


 ツイーディアは呟きながら、トットットッと噴水に近づいていく。

 噴き出す水の近づいたツイーディアはゆっくりと手をかざし、冷やりとした空気が途端にキラキラと輝き、水に近づいた瞬間、全ての水が凍る。


「できた!」


 呆然とするメーアに、この前にオセアンから教わった氷魔法を使えて、ツイーディアは満面の笑みを浮かべ、はしゃいでいる。


「すごいわ、ツイーディア!」

「えへへ!」

「お父さんにも報告しましょうね?」

「うんっ!」


 ツイーディアの魔法は少しだけ不完全だったのか、真夏の熱気で一分もしないうちに溶けていった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 噴水に魔法を使って十分後、二人はオセアンの職場に着いた。


「おとうさん!」

「ツイーディア! メーア! いらっしゃい!」


 オセアンは、走って抱きつくツイーディアをしっかりと受けとめる。


「オセアン、お仕事お疲れ様です」

「ありがとう」

「ねえ! おとうさん! きいて!」

「うん、何かな? ツイーディア?」


 ツイーディアは光を浴びて輝く海のような笑顔で続ける。


「さっき、こおりのまほう、できたの!」

「そうなのか! すごいね! ツイーディアは!」

「うんっ!」

「さっき広場にあった噴水の水を凍らせて──。本当にすごくて、オセアンにも見せたかったわ」

「私も見たかったな、ツイーディアの氷魔法」

「こんど、おとうさんにも、みせてあげるね!」

「うん、楽しみにしているよ! ありがとう、ツイーディア」

「どういたしまして!」


 顔を見合わせて微笑む二人に、くすくす笑いながら、メーアはお弁当を取り出す。


「それじゃあ、お昼ご飯にしましょうか?」

「はーい!」

「ありがとう、メーア」

「いいえ、どういたしまして」


 みんなで微笑んだ後、三人は楽しそうに会話しながら、オセアンの職場の中に入っていった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その三週間後。

 ツイーディアはグリーンガーデンの港で、他の子どもたちと遊んでいた。近くには、メーアや他の親たちもいて、みんなを見守っていた。

 砂浜でトンネルを作って遊んでいるツイーディアたちとは別のグループの子どもたちもおり、少し遠くに見える小舟の方にも遊びに行っているようだ。


「あっ! かに!」

「ほんとだ!」

「おもしろーい!」


 砂のトンネルを通るカニを見て、ツイーディアたちは瞳を輝かせて喜んだ。

 その時。


「キャアアアアアーッ!」

「誰か! 誰か助けてっ!」

「うちの子がっ! 沖に流されてっ!」


 みんなが振り向くと、沖に流されていく小舟が見えた。

 しかし、すでに離れた場所まで流され、普通に泳いでいくのは不可能だった。


「誰か! 風魔法が使える人は、いませんか!」


 大人がそう叫んでいる内に、ツイーディアは流された砂浜まで走っていく。


「ツイーディア!」


 慌ててメーアが走り、ツイーディアに追いつくと、手を海に向かって構えていた。

 手にキラキラした氷の粒が見えると、一直線に海水を凍らせていく。

 小舟までの氷の道ができ、小舟の底も凍っていた。


「ジョン!」

「ヘレン!」

「ありがとう!」


 親たちが子どもたちの元に走っていく。


「ツイーディア、すごいわ! この魔法は、どこで覚えたの?」

「このまえ、まほうのほんをよんで、おとうさんがおしえてくれたの!」

「魔法の本を読めるようになったの?」

「うん!」


 褒められてニコッと微笑んでいるツイーディアの頭をなでながら、メーアは少しだけ嫌な予感がしていた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その後、ツイーディアは小等部を卒業。

 中等部に入学してからも、水魔法と氷魔法で住民たちを助けていた。

 しかし、グリーンガーデンにある海の研究施設「シーパルテノ」の科学者たちが、今度はメーアの娘であるツイーディアに目をつけてしまった。

 シーパルテノの科学者は、「ツイーディアが強力な水魔法と氷魔法を使える」という噂を聞き、彼女をどうしても手に入れたくなった。彼女を手に入れるため、その科学者たちは彼女を誘拐する作戦を立て始める。


「あの少女のことだが……」

「ああ、我々が以前、手に入れたかった実験体の女の娘か……」

「ああ、そうだ。ツイーディアと言ったか。あれは稀に見る逸材だ。この機会を逃してはならないだろう」

「どうする? すぐにでも攫うか?」

「いや、今はまずい。まだ準備もできていない状態だ。あのお方の指示を仰ごうと思う」

「おお……あのお方の?」

「ああ、あのお方ならば、いい方法を授けて下さるだろう」

「そうだな……」

「それに、士官学校に入れば、もっと強くなった実験体が手に入る。──すぐに動けば、奴らに勘づかれる危険もある」

「なるほど……それも一理あるな」

「ああ、決まりだな」


 その場にいた全員が頷く。


「これで、今日の会議は終了とする」


 科学者たちは各自、自分の持ち場に戻っていく。


 彼らは話し合った結果、ツイーディアが士官学校に通い、更に強くなった後、彼女を攫うことに決めた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 あれから、ツイーディアは士官学校の三年生になった。

 学校の友達とも仲が良く、今も一緒に登校していた。


「ツイーディアちゃん、おはよう!」

「おはよう! ローラちゃん!」

「今日、宿題やってきた?」

「うん! もちろん!」

「今日、授業で当たるから、教えて?」

「うん! いいよ!」


 その姿を陰から見ている人物がいた。

 シーパルテノの科学者たちに雇われた騎士と魔法使いたちだ。

 彼らはツイーディアをさらうため、計画を実行に移そうとしていた。


「科学者の仲間の数人が不審な動きをしている」


 そう通報をしたのは、シーパルテノに商品を卸している商人だった。

 グリーンガーデンの自警団に情報が入り、すぐに彼らは調査に入った。

 結果、彼らが「ツイーディア誘拐計画」を立てていることがわかった。


「士官学校やツイーディアのことを聞き込みしている不審者がいる」


 そして、次に通報したのは、学校の近所のパン屋だった。

 ツイーディアは住民たちをよく救ってくれていたので、学校の近所でも有名な少女で、とても可愛がられていた。

 パン屋の奥さんが武器をもった人たちが、パンを買うついでに、士官学校とツイーディアのことを聞いてきたらしい。

 その日のうちに、自警団員のオセアンやグリーンガーデン領主にも連絡が入り、二人は屋敷で話し合いを始めた。


「お義父さん、ツイーディアを助けに行きましょう!」

「ああ、しかし、嫌な予感がする」

「嫌な予感……ですか?」

「ああ、胸騒ぎがする。君たちシーティアの一族をかくまった時も、今まで何もなかった。なぜ、今、ツイーディアを攫おうとするのか……?」

「お義父さん……」

「しかし、今、そんなことを考えても仕方ないだろう。……最悪、誰かにツイーディアを頼むことになるかもしれない。その覚悟はしておいてくれ」

「お義父さん……。──はい、わかりました」


 神妙な顔で頷く二人の元に、ハーミントたちが扉を勢いよく開け、駆け込んでくる。


「お父さん! オセアン!」

「サントリナ!」

「……ハーミント、ラグラス」

「サントリナさん!」

「お父様!」

「……ロゼとメーアも一緒か。──案内ありがとう、アクア」

「いいえ」


 首をわずかに横に振って応えた妻に、サントリナは微かに笑う。


「『ツイーディアが攫われるかもしれない』って、本当なのか?」

「ああ、そうだ。ハーミント、お前は、もう少し落ち着け」

「でも、姪っ子が攫われようとしているのに、落ち着いてなんていられないだろう!」

「冷静になれ。今回は罠が張られている可能性もある。むやみに動けば、犠牲者が増えるだけだ」

「お父さん……」

「とりあえず、オセアン。君はツイーディアを迎えにいってくれるか? あと、ツイーディアをここに連れてきてくれ」

「はい! わかりました!」

「ああ、今すぐ頼む」

「はい!」


 オセアンは、すぐに部屋の外へ出る。


「それで、これからのことだが……。もし、私たちが負けた時は、ツイーディアを別の誰かに預けようと思う」

「ツイーディアを?」

「ああ」

「心当たりはあるのか? サントリナ……」


 サントリナは目を閉じ、城下町で行われた会議のことを思い出す。


 以前、会議に出席していた青年がいた。

 若くしてシュトーリヒ領主になった──「フェスト・シュトーリヒ」。

 彼だけが、危険物の研究施設にされたシーティア島のことを気にかけてくれていた。

 若くて聡明な人柄。

 彼なら、ツイーディアを……孫娘を任せられる。

 グリーンガーデンとも遠く、ほぼ正反対に位置するシュトーリヒならば、発見を遅らせることもできるだろう。


 サントリナは目を開く。


「ああ、一人だけいる。──シュトーリヒの領主だ」

「シュトーリヒの領主? あの若くして領主になった?」

「ああ」

「無茶だ!」

「いや、もう彼しかいないだろう。今から彼に手紙を書く。それをツイーディアに持たせる」

「お父さん!」

「それは、最終手段だ。これから、どうするかを考えよう」

「私も戦います!」

「メーア……。ああ、わかっているよ。メーア、ツイーディアとオセアンを迎えにいってくれないか?」

「──はい! わかりました、行ってきます!」

「ああ、頼んだよ」


 メーアは、ゆるく巻かれた髪を振り乱しながら、普段走らない廊下を全力で駆けていった。


 孫娘を大切に思う自分の娘のことを見送り、サントリナは優しく微笑む。


「さあ、準備をしようか?」


 真剣な顔で、その場にいる家族に告げた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 偶然、その日は学校が半日で終わる日だった。


「しかし、何で半日なんだ?」

「どこかで学会があるらしいわよ? まあ、科学者様が仕組んだことかもしれないけどね?」

「ああ、あいつらなら、やりそうだな……」

「でしょう?」


 騎士団員の男と魔法使いの女は、こっそり陰に隠れ、ツイーディアが出てくるのを待つ。


「で、どうするんだ? そのまま襲うのか?」

「実は、アイテムをもらってきたわ!」


 魔法使いの女は嬉しそうにポケットから試験管に入った薬を取り出す。


「この薬で麻痺させるの。錬金術士の作った魔法の薬なの。投げれば麻痺の魔法が発動するわ」

「へえ……そんな便利なものがねぇ?」

「あ、出てきたわ」


 ツイーディアが友達と別れ、校門から一人で出てくる。


「じゃあ、行くわよ?」

「ああ」

「せーのっ!」


 体を麻痺させるアイテムをツイーディアに投げつけた。

 しかし、間一髪のところでオセアンが現れ、麻痺させるアイテムを凍らせる。


「え……? 何? 何が起こったの?」

「おいっ! 行くぞっ!」


 キョロキョロする女に、男の声が飛んだ。

 一方、ツイーディアは何が起こったのかわからず、一人で困惑していた。


「あれ? お父さん?」

「ツイーディア! こっちへ!」


 驚きで目を丸くするツイーディアの手を引き、オセアンは屋敷に引き返す。


「どうしたの? お父さん?」

「よく聞いてほしい、ツイーディア。君のことを狙っている奴がいるんだ」

「私を狙っている?」

「逃げるな!」


 ツイーディアたちが話していると、女の火魔法が二人を襲った。


「はあっ!」


 男の剣からも炎が出現し、二人に襲いかかるが──、どこからか水魔法が飛び、その炎を消し去った。


「オセアン! ツイーディア!」

「メーア!」

「お母さん!」

「さあ、こっちよ!」

「わかった!」


 メーアのいる場所に向かい、ツイーディアたちは角を曲がる。


「大丈夫ですか!」


 オセアンたちに声をかけたのは、助けにきた騎士団員だった。


「後は頼む!」

「わかりました!」

「お願いします!」

「ツイーディア! 行こう!」

「……う、うん!」

「待て!」


 ツイーディアたちが曲がった先に向かう男と女。しかし、すぐに男の剣が弾かれる。


「うわっ!」

「何やってるのよ! どきなさい!」


 女は火魔法を放ち、自警団から距離を取らせる。

 その隙に剣を拾った男は自警団に切りかかる。


 しかし、その時。


「「「わぁあああああーっ!」」」

「何だ……! 一体、何が起きているんだ!」


 周囲を見回す自警団をあざ笑うかのように、騎士団と魔法使いの軍勢が町中に雪崩なだれ込む。

 暴れ始める彼らに顔をしかめた自警団たちを見て、二人はニヤリと笑う。


「あら? どうやら形勢逆転のようね?」

「仲間が来たらしいな?」


 二人は顔を見合わせ、一つ頷くと、自警団へと切りかかっていった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 何とか両親と屋敷に戻ったツイーディアだったが……。

 この場のただならぬ空気に思わず身震いし、自分の袖を「ぎゅっ!」と握り締める。

 そんな重々しい空気の中、サントリナが重い口を開く。


「……ツイーディア、これからシュトーリヒに行きなさい」

「シュトーリヒ? 城下町より北にある?」

「ああ、城下町からは近いが、田舎で目立たない場所だ。近くにはレーツェレストも、花の研究施設もある。だが、花の研究施設の者たちは物資を輸送してもらっているせいか、町にはほとんど訪れない。レーツェレストも隠居した者たちがほとんどだ。見つかる心配はほとんどないだろう」

「でも……」


 ──ゴッ! ガガガガッ! ドォオオンッ!!


 屋敷の前で戦う音が聞こえ、魔法で地響きが起こる。

 外から何人かの悲鳴が聞こえる。


「もう、時間がない!」

「俺たちも加勢に向かう! ツイーディア! 必ず生きていてくれ!」

「ハーミント伯父さん!」

「また会おう、ツイーディア」

「また会いましょうね? 私の可愛いツイーディア」

「ラグラスおじいさん! ロゼおばあさん!」


 戦いに向かう家族たちに、ツイーディアは悲痛な声をあげた。

 サントリナは悲しんでいるツイーディアの手を掴み、無理やり手紙を持たせ、「ぎゅっ!」と握り込ませる。


「シュトーリヒの優しい領主ならば、必ず匿ってくれる!」

「でも……!」

「ツイーディア! 早く行きなさい!」

 外を見ていたメーアが、ツイーディアを振り向き、声をあげた。

「ツイーディア、大丈夫。──また会えるよ」


 オセアンはツイーディアを抱きしめる。


「お父さん……!」


 ツイーディアはオセアンにぎゅっとしがみつく。彼が抱きしめていた腕をほどくと、近くに控えていたアクアがお金を持たせる。


「これは──」

「持って行きなさい」

「でも……」

「また会えるわ、ツイーディア」

「──さあ! 早く行きなさい!」


 オセアンは厳しい言葉とは裏腹に、娘を安心させるように笑顔で背中を押した。


「サントリナおじいさん、アクアおばあさん、お母さん、お父さん……」


「さあ、早く!」


 少し迷った後、頷いたツイーディアは手紙をしっかりと握り、勢いよく部屋を出る。

 長い廊下をひたすら走る。

 突き当りを曲がった先の隠し通路を開き、急いで屋敷から出た。


 彼女は屋敷から離れた場所で、後ろを一度振り返り、ぎゅっと手紙を握りしめる。


 ──お父さん、お母さん、みんな……。


 戦う音が、まだ聞こえる。


 思わず滲んでしまった涙を袖でぬぐい、スッと顔を上げた後、今度は屋敷を振り返ることなく、ツイーディアはシュトーリヒまでの道を必死に走った。

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