第四話『初デート』

 エリックがコキーユに告白した、次の日。

 三月二十五日。コキーユの誕生日になった。

 今日は、ずっと二人で過ごすことになっている。


 朝早く起きたエリックは、いつものエプロンをつける。

 エリックは誕生日用のパーティーメニューの仕込みをし、あとはコキーユとホリーのためにケーキを焼く。二時間ほどすると、エリックは二人のケーキを作り終えた。

 その十分後、洗いものも終わり、ずり落ちそうな袖を直していると──。


 ──ピンポーン!


 突然、玄関のベルが鳴った。


「はーい!」


 エリックは小走りになりながら、嬉しそうに家の外までお客様を迎えに行く。


 ──ガチャッ!


「いらっしゃい、コキーユ」

「エリック、おはよう」


 コキーユは両手で白いケーキの箱を持ち、緊張した面持ちで、門の前に立っていた。


「おはよう、コキーユ。中に入って?」

「ありがとう。──お邪魔します」


 コキーユは門を開けて、ピンクのリボンを揺らしながら、敷地内に入っていく。


「エリック、あと、これ……。下宿先の女将さんがプリンを作ってくれたの」

「ありがとう、コキーユ。女将さんにも、お礼をしないと──」

「うん」


 コキーユは頷き、くすくす笑う。


「どうかした?」

「うん、『エリックらしいなぁ』と思って──。そこがエリックの良いところだから!」

「コキーユ──。ありがとう」


 エリックが照れ笑いを浮かべる姿を見て、コキーユは微笑ましくなり、やわらかく微笑んだ。


 そのあと、コキーユは四人用テーブルと四人分の椅子があるシンプルなリビングへ通される。

 コキーユはエリックと恋人になってから、初めて通されたリビングで、どうしていいのかわからなくて落ち着かず、部屋中をキョロキョロと見回してしまう。


 数分後、キッチンから戻ってきたエリックが、近くにあるテーブルにレモンティーをそっと置く。


「はい、コキーユ。レモンティー、ここに置いておくよ?」

「エリック!? ──ありがとう!」


 慌てて座ったコキーユを見て、エリックは首を傾げつつ椅子に座り、今日の予定を確認する。


「今日は、母さんに俺たちが付き合ってることを話そうと思うんだ」

「──うん! ホリーさん、喜んでくれるかな?」

「うん、きっと喜んでくれるよ」


 エリックが笑うと、コキーユはつられるように笑った。



 ⚔ ⚔ ⚔



 それから三十分後、二人はホリーの入院する病院にやって来ていた。


「おはよう、母さん」

「おはようございます、ホリーさん」

「エリックも、コキーユちゃんも、おはよう。二人とも、お見舞いありがとう。ところで、エリック? 話って何かしら?」


 ホリーには「明日、話したいことがあるんだ」とエリックが先に話していた。


「俺とコキーユが、昨日から付き合うことになったんだ」

「まあ! おめでとう! エリック! コキーユちゃん!」

「……ありがとう」

「……ありがとうございます」


 恥ずかしそうにしながら、二人とも嬉しそうに笑う。


「そうだ!」


 エリックは、いつものカゴからデコレーションしたカップケーキを取り出す。


「今日はショートケーキ風のカップケーキを持ってきたよ」

「ありがとう」

「今日は、コキーユの誕生日なんだ」

「あら! 誕生日おめでとう、コキーユちゃん! 何もあげられなくて、ごめんなさい……」

「いいえ! こうしてホリーさんと仲良くさせていただけて、とても幸せですから」

「ありがとう、コキーユちゃん」

「ちょっと、花瓶の水を換えてくるよ」

「ありがとう」


 エリックを笑顔で見送った後、ホリーは笑顔のままコキーユに向き直る。


「コキーユちゃん、プレゼント代わりと言っては何だけれど、エリックの小さい頃の話でもしましょうか?」

「はいっ! お願いします!」


 コキーユは少し前のめりになりつつ、嬉しそうに笑った。


「小さい頃のエリックは、いつもグラント──父親の後をついて回っていたの。グラントが帰ってきたら、家の中から走ってきて、足にしがみついていたわ。グラントがいない時は、いつもマーティンくんと一緒に遊んだり、二人で町の人を助けたりしていたのよ? 『父さんと同じことがしたいんだ。町の人を助けたいんだ』って」


 ホリーは昔を思い出し、愛しそうに優しく笑う。


「小さい頃から優しいんですね……エリックくんは」

「ええ! 私の自慢の息子なの!」

「エリックくんとお付き合いさせていただいて、本当にありがとうございます」

「何言ってるの? コキーユちゃんも私の大事な家族よ?」

「はい! ありがとうございます!」


 こぼれるような笑顔を浮かべて応えるコキーユに、ホリーはもっと優しく笑った。


「二人とも、何を話してた?」

「エリックの小さい頃の話よ」

「小さい頃のエリックって、可愛いかったんだね?」

「なんか、恥ずかしいな……」

「あら、本当に可愛かったのよ?」

「母さん!」


 その後も、三人で賑やかに話をした。


 しかし、三十分後、二人は昼食の支度のため、病院でホリーと別れ、市場へと買出しに出かけた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 今日は偶然にも休日。

 市場は大勢の人で賑わっていた。


「今日の夜に、マーティンたちにも料理をおすそわけしようと思うんだ」

「じゃあ、材料をいっぱい買わないと!」

「うん。それで、コキーユの下宿先の女将さんにも、おすそわけしようと思うんだ。今日のプリンのお礼に」

「ええ、きっと喜ぶわ! エリックの料理はおいしいもの!」

「ありがとう」


 エリックは目を細め、やわらかく笑った。


 自然に手を差し出すエリックに、コキーユは少し驚く。

 しかし、コキーユはすぐに笑顔になり、エリックから離れないように「きゅっ!」と手を握る。


 その後、二人は昼食と夕食の買出しをして、最後に雑貨屋さんの前を通りかかった。


「このリボン、可愛い!」

「本当だ」


 エリックはコルクボードにかかっていたピンクの花飾りがついた白いリボンを手に取る。


「すみません、このリボンをください!」

「え! エリック良いよ! 自分で買うから!」

「今日はコキーユの誕生日だから、コキーユと一緒に市場に来たら、好きなものをプレゼントしようと思ってたんだ」

「エリック──、ありがとう」

「どういたしまして」


 エリックは店員の女性にお金を払い、買ったリボンをそっとコキーユに渡す。

「はい! ──誕生日おめでとう、コキーユ」

「ありがとう!」


 コキーユは、心から嬉しそうに笑う。


 ──贈ってよかった。


 エリックは心から、そう思った。


 エリックと笑いあっていたコキーユは、何かに気づいたように店員の方へ振り向く。


「すみません、ここでつけてもいいですか?」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます!」


 コキーユは楽しそうに、今までつけていたピンクのリボンを取り、買ってもらった白いリボンを「きゅっ!」と髪につけてみる。


「どうかな?」

「可愛いよ。──すごく似合ってる」

「──ありがとう!」


 ふわりと笑い合った後、二人で自然に手を伸ばし、「ぎゅっ」と手を繋ぐ。


「帰ろうか?」

「──うん!」


 二人はそのまま手を繋いで、エリックの家に帰っていった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 二人はデートから帰ってきた。


 エリックはコキーユと話をしながらパーティー料理を作っていく。

 魔法のように出来上がっていく料理たちに、コキーユは瞳を輝かせる。


 アスパラガスとサーモンとディルのキッシュ。

 サーモンとゆで卵を花の形にして庭園のように盛り付けたサラダ。

 ローストビーフと付け合せの炒めた玉ねぎとロールパン。

 ホールのストロベリーショートケーキ。


 様々な料理が並ぶ。


 コキーユが椅子に座ると、エリックがキッチンからグラスとシャンパンを持ってくる。


 ──ポンッ!


 エリックはシャンパンのコルクを開け、二つのグラスに注ぐ。


「コキーユ、誕生日おめでとう!」

「ありがとう、エリック」


 グラスを持ち、二人で乾杯する。


「「かんぱーい!」」


 ──チンッ!


 二人でグラスを合わせた後、シャンパンを一口飲む。


「おいしい!」

「本当だ、おいしい!」


 二人はシャンパンの美味しさに感動し、瞳を輝かせる。


「前に、ナックおじいさんとチャーリーおばあさんに、プレゼントでもらったんだ」

「ナックさんとチャーリーさんに?」

「うん。──コキーユは、一度もお店に行ったことなかったっけ?」

「うん、まだ行ったことないかな?」


 コキーユは首を傾げつつ答える。


「今度、一緒に行こうか?」

「──はいっ!」


 二人で、やわらかく微笑む。


「じゃあ、食べようか?」

「うん!」


「「いただきます!」」


 二人は切りわけたキッシュを一口食べる。


「おいしい!」

「良かった」


 その後、二人は用意したパーティー料理を食べ終わり、エリックがキャンドルをケーキに刺していく。

 キャンドルの一つ一つに火をつけ、あたたかい光が灯っていき、ケーキと二人の周囲を照らす。


 ──シャッ! シャッ!


 エリックはリビングにあるカーテンを閉め、部屋を暗くし、コキーユの向かいの席に戻る。


 オレンジの光が部屋を照らす中、ケーキ越しにお互いを見つめる。


「改めて、誕生日おめでとう、コキーユ」

「ありがとう、エリック」


 そう言うと、コキーユがキャンドルの火を吹き消し、リビングが真っ暗になる。


 急に「ガタッ!」という音がして、再びカーテンが開き、リビングに光が差し込む。


 エリックはコキーユの向かいの席に戻るが、二人はなぜか無言になってしまう。


 二人は改めて「二人きり」のシチュエーションにドキドキしすぎて、互いに少しギクシャクしてしまっていた。


 しかし、そんな中、エリックが何とか声を振り絞る。


「ケーキを取りわけるから、待ってて」

「──うん。ありがとう……」


 それ以降、二人は無言でケーキを食べすすめる。


 黙々とケーキを食べ終わった後も、二人でソワソワしてしまい、結局、何も話せない。


 静かなはずなのに、心は騒がしい。


 そんな空気の中、エリックから話を切り出す。


「洗い物をした後で、マーティンの家に行こうか?」

「──うんっ!」


 コキーユは上ずった声で返事をしてしまい、ハッとした後、思わず二人で苦笑する。


 エリックは洗い物を手早く済ませ、残った小さなケーキを箱に入れて右手に持ち、左手にはパーティー料理の材料が入った袋を持ち、二人で彼の家を出る。



 ⚔ ⚔ ⚔



 結局、二人はマーティンの家に来てしまっていた。


 ──ピンポーン!


「はーい!」


 マーティンは慌てた声で返事をした後、大きな扉を開けて出てきた。


「あれ? エリック……と、コキーユ?」


 なぜ二人がここに来たのかわからず、マーティンは戸惑い、門の前で恥ずかしそうにしている二人を交互に見る。


「ごめん、マーティン。……お邪魔してもいいかな?」

「本当に、ごめんね?」

「ああ、別にいいけど……」


 とりあえず、見たところによると、二人はケンカしたわけではなさそうで、マーティンはホッとする。


 マーティンは素早く門を開け、エリックたちを敷地内に招き入れ、ゆっくりと歩きながら話す。


「コキーユ、さっきはプリンをありがとう」

「お礼なら、朝に言ってくれたのに」

「でも、もう一度言っておきたくてね。さあ、二人ともあがって。エリックも、そんなに荷物を持っていたら、重いだろう?」

「ああ、ありがとう」

「お邪魔します」


 ──タタタタタッ!


「ワォンッ!」

「アドルフ!」


 アドルフは三人が玄関に入った途端、勢いよくコキーユに抱きつく。


「ごめん、アドルフ。元気にしてた?」

「ワォン!」

「そっか──。ありがとう、マーティン」

「どういたしまして」


 マーティンは嬉しそうにするアドルフと、頭と首をなでているコキーユを見守るように優しく笑う。


「ごめん、マーティン。キッチンを借りてもいいかな?」

「もちろん!」


 エリックはマーティンと話をし、キッチンに入ろうとしたが、そこからマヤリスが現れる。


「あら?」

「マヤリスさん、お邪魔しています」

「マヤリスさん、こんにちは! お邪魔しています!」

「こんにちは、エリックくん、コキーユちゃん」

「キッチンを借りてもいいいでしょうか?」

「ええ! いつもありがとう、エリックくん」

「いいえ、こちらこそいつもキッチンを貸していただいて、ありがとうございます!」

「そんな、いいのよ? さあ、どうぞ! 入って?」


「──あら?」


 突然リビングが騒がしくなり、気になったミモザが、みんなの前に顔を出した。


「コキーユちゃん! ……と、エリックくん! どうしたの? 二人とも」


「「お邪魔しています、ミモザさん!」」


 エリックとコキーユの声が重なり、二人はびっくりした顔で見合った後、微笑み合う。


 そんな二人を見て、ケンカをしたわけではないことがわかり、ミモザは少しだけ安心する。


 ふと、コキーユの髪を見たミモザは気づく。


「あら? コキーユちゃん、リボンを変えたの? すごく可愛い! 似合ってるわ!」

「本当! とっても可愛いわ!」

「このリボン──、エリックにもらったんです」


 二人で恥ずかしそうに頬を赤くし、ミモザの先を促すような視線にさらされ、エリックは目を逸らしてしまう。


「マヤリスさん! キッチンをお借りします!」

「ええ! どうぞ!」


 マヤリスの返事を聞くと、エリックは素早くキッチンへ行ってしまった。


「マヤリスさん、冷蔵庫お借りします!」

「ええ、どうぞ」


 エリックは冷蔵庫を借り、コキーユのケーキを入れさせてもらう。


「今日は何を作るのかしら?」

「今日は、前菜に『サーモンとタイと玉ねぎのカルパッチョ』と『サーモンとゆで卵を花の形にした庭園のようなサラダ』。メインに『ローストビーフ』と付け合せのアスパラガスと『パエリア』。デザートに『ホールのストロベリーショートケーキ』です! コキーユの下宿先の女将さんにも『ローストビーフ』を作って、『アスパラガスとサーモンとディルのキッシュ』も一緒に渡そうと思っています」

「わかったわ。私も手伝うわ」

「ありがとうございます!」


 手を洗ったエリックは、マヤリスがメモした紙を確認しながら、いつものエプロンを付け、袖をまくり上げる。



 ⚔ ⚔ ⚔



 一方、リビングに残されたコキーユは、ミモザに捕まっていた。


「コキーユちゃん、エリックくんに何て告白されたの?」

「……えっ!」

「二人が付き合った時のこと、まだ聞いてなかったと思って」

「あ、あの……」

「まだ昨日付い合い始めたばかりかもしれないけれど、今まで見守ってきた身として知っておきたくて、教えてほしいの」

「は、はい……。わかりました」

「じゃあ、エリックくん! コキーユちゃん借りるわね?」

「はい!」


 キッチンから顔をのぞかせたエリックは元気よく返事をした。


「姉さん……」


 マーティンは苦笑しながら、ミモザの部屋へ移動する二人を見送った。



 ⚔ ⚔ ⚔



 ミモザがコキーユと部屋で話をしているうちに、フェストが帰ってきた。


「あれ?」

「フェストさん、お邪魔しています」


 エリックはキッチンからローストビーフを運んできたところで、フェストと鉢合わせしたのだ。


「エリックくん、どうしたんだい?」

「──いえ、ちょっと……」


 エリックは言葉を濁し、苦笑した。

 その間も、フェストが心配そうに見つめている。


 その時、ちょうどお手洗いから戻ってきたマーティンが、フェストの後ろから声をかける。


「父さん、お帰り」

「ただいま、マーティン」

「エリックのことなら、心配ないよ? コキーユと二人きりになったけど、恥ずかしくて居たたまれなくなっただけなんだ」

「え? そうなのかい?」


 エリックは恥ずかしそうに赤くなったまま、何も言わず俯いている。

 初々しいエリックたちが可愛らしくて、フェストはくすくす笑ってしまう。


「フェストさん?」

「ごめん、エリックくんたちが可愛らしくて……」


 フェストは笑いを何とか引っ込め、頬を赤くして「ちょっと酷いです」という顔をしているエリックに向き直る。


「私たちにも、そんな頃があったな──」

「え?」

「私とマヤリスは、学生時代に部活が同じでね。よくみんなで遊んでいたんだ。でも、二人きりになる機会がなかなかなくてね、初めて二人きりで食事した時は緊張したものだよ」


 フェストがしみじみ語っていると、マヤリスがキッチンから出てくる。


「あら、あなた。お帰りなさい」

「ただいま、マヤリス」


 マヤリスがケーキをテーブルに置いたのを見て、フェストは彼女をそっと抱きしめる。

 当事者の二人よりも、顔を赤くするエリックをよそに、マーティンはいつもの光景に平然としていた。


 そうこうしている内に、ミモザとコキーユが部屋へと戻ってきた。


「あら? お父さん、お帰りなさい」

「ただいま、ミモザ」

「フェストさん、お邪魔してます」

「いらっしゃい、コキーユちゃん」


 何事もなかったかのように挨拶をするフェストに、エリックは少し驚くが、彼以上の反応をしている人は誰もいなかった。



 ⚔ ⚔ ⚔



「誕生日おめでとう! コキーユちゃん!」

「「「「おめでとう!」」」」

「ワォンッ!」


 ──パァンッ!


「ありがとうございます!」


 ひらひらとクラッカーの紙吹雪が舞う中、白いリボンを揺らし、コキーユは嬉しそうに微笑んだ。


「エリックくんも、お母さんも、お料理を作ってくれて、ありがとう!」

「ありがとう、エリックくん、マヤリス」

「ありがとう、エリック、母さん」

「ありがとう、エリック! マヤリスさんも、ありがとうございます!」

「ワォン!」

「どういたしまして」

「みんなも、いつもありがとう。さあ、食べましょうか?」

「「はい!」」


 エリックとコキーユは、また返事が重なった。


「二人ともラブラブね!」


 みんなが楽しそうに笑う。


「気を取り直して、いただきます!」

「「「「「いただきます!」」」」」

「ワォン!」


 その後も、みんなで賑やかに話をしながら、コキーユの誕生日を祝った。



 ⚔ ⚔ ⚔



 賑やかだったパーティーも終わってしまった。

 今、二人はマーティンの家を出て、エリックがコキーユを下宿先まで送っているところだった。


「荷物、重くない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「私、これでも力持ちだから!」

「今日は、コキーユの誕生日だから。それに、俺は──コキーユの彼氏だから」

「──ありがとう」


 コキーユがお礼を言った後、二人で微笑む。


 その後、エリックはコキーユとアドルフを無事に下宿先まで送り届け、女将さんに料理を渡し、ものすごく喜ばれた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 あれから、数日が経った。


「俺、先生に頼まれてるから、先に行ってるね? アドルフも来るかい?」

「ワォンッ!」

「そんなに荷物が多いのか? 俺たちも手伝うよ?」

「良いんだ。二人はゆっくり科学室まで来てよ? じゃあ!」

「あ……」


 コキーユが何か言う前に、マーティンはアドルフと行ってしまった。


「マーティン……」

「──ねえ、エリック。話があるの」

「うん、俺も話があるんだ」


 顔を見合わせて、二人は真剣な表情で頷いた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 お昼休み。


 三人と一匹でお昼を食べるため、エリックとコキーユが廊下で待っていると、マーティンが申し訳なさそうな顔で近づいてくる。


「二人とも──」

「なあ、マーティン」


 エリックは真剣な顔で、マーティンを見つめる。


「コキーユとも話したんだ。俺たちは、マーティンとも一緒にいたい」

「みんなで仲良くしたいの。たまに二人きりでいられれば、それで幸せだから」

「ワォン!」

「エリック、コキーユ、アドルフ……」

「俺たちのこと、そんなに気にしなくていいんだよ?」

「ありがとう、みんな」


 マーティンがようやくホッとした笑顔になり、二人はあたたかい笑顔を向ける。


「ワォンッ!」


 元気よく返事するアドルフに、ここにいた全員が、今度は声に出して笑ってしまった。



 ⚔ ⚔ ⚔



 結局、あれからまた、三人と一匹でいることが多くなった。


「マーティン」

「何だい? エリック?」


 横にいたエリックが立ち止まったのに気づき、マーティンは足を止めてパッと振り向く。


「マーティンの言う通り、コキーユに告白しても、俺たちの気持ちは変わらなかったよ」


 エリックはマーティンの心配そうな金の瞳をじっと見た後、ふっと表情をやわらげ、眩しい笑みを浮かべる。


「──ありがとう、マーティン」

「エリック……。──どういたしまして」


 マーティンは安心したように微笑んだ。


「エリック! マーティン! おはよう!」

「ワォン!」


 二人の後ろから、コキーユとアドルフがやって来る。


「「コキーユ! アドルフ! おはよう!」」

「ごめん、エリック。昨日渡してくれた料理のパックを忘れてきたから、今日の帰りに持ってきて返すね?」

「慌てなくても大丈夫だよ? コキーユ」

「ううん。あれは借りものだから。今日、返すね?」

「──うん、わかった!」


 ふっと笑うエリックを見て、コキーユはホッとする。

 二人の傍でアドルフをなでていたマーティンは、仲良く話している二人を見て、幸せそうに微笑む。


「また、今年も、桜が綺麗に咲いたね?」

「ワォン!」


 少しの間、近くの桜をアドルフと眺める。


 三人と一匹で学校生活を楽しむうちに、いつの間にか、エリックたちは士官学校の四年生になっていた──。

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