第三話『恋愛』

 あれから、エリックたちは中等部を卒業し、みんな同じ士官学校へ入学した。


 エリックとコキーユを見て、マーティンは中等部最後の秋に思いをはせる。



 ⚔ ⚔ ⚔



 中等部、最後の秋。


「コキーユは、卒業後の進路はどうする?」

「私? 私は士官学校に入るの。アドルフと一緒に自警団に入りたいから!」


 コキーユはピンクのリボンを揺らし、アドルフを抱きしめながら、エリックを真っ直ぐ見つめ、笑顔で言った。


「ワォン?」

「一緒に士官学校に行こうね? アドルフ!」

「ワォンッ!」

「俺も自警団に入るために士官学校に行くから、また一緒にいられる」


 エリックは、ふわっと微笑んだ。


「うん! 一緒に行こうね!」

「ワォンッ!」

「マーティンは、どうするんだ?」

「ああ、俺は──みんなと一緒に士官学校に入学するよ。父さんにも、士官学校への進学を勧められているからね」

「いいのか?」

「うん──、俺も、そうしたいんだ」

「マーティンが一緒だと安心するね?」

「ああ、マーティンがいると心強いよ!」

「ありがとう、二人とも」


 マーティンは笑顔でお礼を言った後、すぐに別のことを考えていた。


 マーティンが士官学校を卒業すれば、フェストの跡を継がなければならない。それも彼にはわかっている。

 しかし、マーティンは自警団に入る覚悟ができていた。彼はエリックたちが幸せになるまで一緒にいることを望んだ。

 学校中から「お似合いのカップル」と言われている二人は、未だに付き合っていない。

 その原因は「エリックの父親が亡くなった事件にある」とマーティンは思っていた。

 本当は、マーティンや彼の家族のせいではない。

 しかし、エリックが落ち込んだ時のことをマーティンは今でも思い出す。

 その時のことを思い出す度に、マーティンは二人のことを考え、悩んでしまっていた。


「どうした? マーティン?」

「ううん、何でもないよ」


 首と手を横に振るマーティンに、幼馴染のエリックは何となく気づく。


 ──マーティンの様子がおかしい。


「本当に?」

「本当だよ」


 マーティンが困ったような表情で答えた。


 ──マーティンが、こんな顔をする時は、誰にも教えてくれない。


 マーティンは今まで困ったような顔をしても、大抵一人で片づけてしまう少年だった。


 ──しかし、これからも、そうとは限らない。でも、この困った顔は、ただ俺に言いにくいだけなのかもしれない。


 マーティン顔をじっと見て、エリックは仕方なく引き下がることにする。


「そっか……」

「うん」


 マーティンが返事をして手を下ろす時に、右手の中指にはまる指輪がキラリと光る。


「そういえば、その指輪って──」

「ああ、この指輪のことかな? あれから何回か調べたけど、結局、何もわからなくてさ……」


 不思議な宝石はマーティンが図書館でどれだけ調べても、宝石商に聞きに行っても、何の石なのか全くわからなかった。


「そっか……。でも、いつかわかるよ、マーティンなら!」

「いつか、きっとわかる時が来るよ!」

「ワォン!」


 みんなの元気な声に励まされ、マーティンは少し苦笑しつつも、気持ちが浮上する。


「ありがとう、みんな……」


 明るくなったマーティンを見て、エリックたちは満面の笑みになる。


「今日の放課後、コキーユもマーティンも進路希望を提出しに行こうか?」

「うん!」

「もちろん!」


 それから三人は勉強して、無事に士官学校へと入学した。



 ⚔ ⚔ ⚔



 あれから、もう半年も経つのに、二人の恋は進展を見せていなかった。

 マーティンは「このままでいいのか?」と、頭を悩ませている。

 しかし──。


 ──エリックとコキーユの気持ちも大切にしたい。


 マーティンは一人で悩み、入学式を前に楽しく話をするエリックとコキーユを見て、みんなに気づかれないように溜息を吐いた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 入学式から、あっという間に時が経ち、エリックたちは士官学校の二年生になっていた。


 エリックとコキーユは現在、まだ付き合ってはいなかった。

 しかし、二人は両想い。周りの誰から見てもわかるくらいで、「何で付き合っていないの?」と不思議がられている。

 しかも、今日のように、エリックはコキーユと一緒にマーティンの家に泊まることがあった。


 二人が告白するチャンスは、今までたくさんあったはずだった──。


「コキーユ、アドルフ、夕ご飯は何が食べたい?」


 エリックが、いつものベージュのエプロンをつけ始める。


「ハンバーグが食べたいかな?」

「ワォンッ!」


 エプロンの紐を結び終わった後、やわらかく微笑む。


「じゃあ、そうしようかな? アドルフのハンバーグは玉ねぎを抜いておくから」

「ありがとう、エリック!」

「ワォン!」

「コキーユもアドルフも、待ってて」

「私も手伝う」

「うん、ありがとう」


 袖をまくり上げたエリックは少しだけ顔を曇らせる。


 一緒にキッチンに行く二人を後ろから見ていたマーティンは考え込む。

 エリックがコキーユに対して、心の壁を作っているとマーティンにはわかっていた。

 しかし、何故なのかはわからない。


 ──何か悩みでもあるのかな? ……今夜、寝る前に話を聞こう。


 そういうマーティンも、ずっと過去を引きずっていた。


 ──できる限り、エリックたちの力になりたい。ずっと力になる!


 そう決心していた。

 マーティンは自分のことよりも、エリックや周りのことを考えていた。


 彼は恋愛でも、そうだった。

 彼は今まで「恋愛」をしたことがなかった。


 本当は好きな人がいたかもしれない。

 しかし、「好き」という恋愛感情が「エリックたちの力になりたい」という感情を上回ったことは一度もなかった。

 もしかしたら、「一緒にいて話しているだけでいい」という人だったかもしれない。

 それでも、マーティンの心を動かすことはできなかった。


 ──エリックとコキーユには、ずっと仲良くいてほしい。


 それが、マーティンの本音だった。



 ⚔ ⚔ ⚔



「ミモザさん、私、エリックに避けられてるのかな?」


 ミモザの部屋で、コキーユがそう尋ねた。

 十五歳のミモザと十三歳のコキーユはキングサイズのベッドで女子トークした後、いつも一緒に寝ている。


「えっ? ……ごめんなさい、全然、気づかなかったわ。そうだったの?」

「はい。私が料理を手伝おうとしたら、少し寂しそうな顔をしたり、ここ最近は私の手が当たっただけで、ゆっくり手を引っ込めたり──」

「えっ? エリックくんたら、何を考えてるのかしら?」


 眉間にしわを寄せ、ミモザは考え込む。


「もうそろそろエリックくんが告白してもいい頃よね? もう会ってから三年も経つのに!」

「いいんです! まだ……。エリックとマーティンがいて、私がいて、アドルフがいて、ミモザさんたちも優しくしてくれて、とても幸せだから」

「でも……」

「いつか、私から告白すればいいだけですから!」


 少し寂しそうに微笑むコキーユに、ミモザはどう声をかけていいのかわからず、返答が遅れる。


「そっか……。その時は、私が応援してるから、頑張って!」

「……はい!」


 コキーユは自分の手を握って言うミモザに一瞬驚くが、満面の笑顔で元気に応えた。


 その後、二人は仲良く笑い、あたたかなアドルフと一緒に朝まで眠った。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その少し前、エリックの寝る部屋に、二人を心配したマーティンが話をしに来ていた。


「エリック、何かあったの? 今日の夕ご飯の前、コキーユの手伝いを断ってたけど……。コキーユと何かあった?」

「……うーん」

「言いにくいことかもしれないけど……。俺はエリックの力になりたいんだ。エリックは、コキーユのこと、どう思ってる?」

「コキーユのことは好きだ」


 ──好きな気持ちは変わらない。


「でも、母さんとコキーユのことを考えると、ためらうんだ」

「……どういうことかな?」

「コキーユと『一緒になる』、『一緒になりたい』っていう気持ちはある。でも、母さんの体調が不安定で、気がかりで……。『コキーユのことを後回しにしてしまわないか』って、不安もある。確かにコキーユは、そんなことで俺を嫌いにならない。でも、コキーユのことを大切にしたいから」


 エリックはコキーユのことを大切にしたいからこそ、思い悩んでいる。

 マーティンは、ようやくエリックの気持ちがわかった。


「エリックはコキーユのことも、ホリーさんのことも、ちゃんと考えて──起こるかもしれないことがわかっているから、きっと大丈夫。──二人は変わらないよ」

「マーティン……」

「俺も相談に乗るから、一緒に考えよう?」

「ありがとう、マーティン」


 エリックはホッとしたように淡く微笑んだ。



 ⚔ ⚔ ⚔



 文化祭も終わりに近づき、エリックたちは校舎の上にいた。

 今、校庭ではOBによる光のパフォーマンスが行われている。


 大地の上を踊る光たちと夜空に舞う光たち。


「すごい!」

「わー」


 マグニセントでは光魔法を使える者は珍しく、滅多にない光魔法のパフォーマンスにあちこちから歓声が聞こえてくる。


「綺麗だね?」

「ああ、本当に綺麗だな……」

「本当に綺麗──」


 マーティンが二人に問いかけると、エリックが先に返事をし、コキーユがあまりの綺麗さに思わず呟いた。


「ワゥゥゥ!」


 少し興奮したアドルフの声が聞こえ、みんなが「ふふっ」と笑う。


 この催しを企画したのはマーティンで、光魔法が使えるOBに声をかけて回り、ようやく実現したものだった。


「マーティン、ありがとう、お疲れ様」

「エリック?」

「光魔法を使える人を探すの、『すごく大変だった』って、生徒会の人から聞いたから」

「このショーって、マーティンが頼んでくれたの? ありがとう!」

「どういたしまして。……エリック、知ってたんだね?」

「幼馴染だからな?」


 ふっと笑うエリックに、マーティンは「敵わないな」という表情を浮かべる。


「そうだね、幼馴染だから、ね?」


 楽しそうに微笑む二人を見て、コキーユも自然と笑みを浮かべる。


「素敵だね、幼馴染って」

「ワォンッ!」

「アドルフ? ──そうだね、アドルフが私の幼馴染だから!」

「ワォンッ!」


 アドルフの頭をなでて、ぎゅっと抱きしめたコキーユをエリックたちは微笑ましく見つめる。


「俺はもう行くね? これから出番なんだ」


 コキーユが顔を上げると、マーティンと目が合う。


「よければ、アドルフも手伝ってくれるかな?」

「アドルフも?」

「ワォンッ!」


 元気いっぱいに返事をしたアドルフに、マーティンは目を細めて微笑む。


「ありがとう。じゃあ、早速だけど、行こうか?」

「ワォン!」

「コキーユ、少しの間、アドルフを借りるね?」

「うん! アドルフがいいなら、いいよ?」

「じゃあ、行ってくるね?」

「ああ! 行ってらっしゃい、マーティン、アドルフ」

「行ってらっしゃい、マーティン! アドルフ!」

「うん、行ってきます!」

「ワォン!」


 マーティンがアドルフを連れて、階段を下りて行く。


 二人きりになると、途端にドキドキする。

 グラウンドでは相変わらず、歓声が上がっている。


「マーティン、何をするのかな?」

「マーティンなら、きっとすごいことをやってくれそうだけど、俺にもわからない」


 少し困ったような楽しいような笑顔で、エリックは応えた。


 ──そんなエリックも好き……。


 ──何て言っていいのか、わからない……。


 お互いに好きなのに、どうしていいのかわからず、二人は次の言葉を探している。


「コキーユ」


 意を決し、話し始めたエリックは真剣な瞳でコキーユを見つめる。


 しかし、その時。

 ものすごい歓声が校庭から上がる。


 二人が空を見ると、光と風の天の川が出現していた。


 光のかけらと光の砂が宙を舞い、空高く天に昇っていき、地上へ降りそそぐ。


「マーティンとアドルフかな?」

「うん、きっとそう! ──本当に、綺麗」


 空を輝く瞳で見上げていたコキーユの手をエリックは、そっと握る。

 驚いた顔で、コキーユは振り向く。


 エリックは晴れやかに笑っていた。


 コキーユは、その笑顔に何も言えなくなる。

 ぎゅっと手を握りながら、空を見つめる二人。


 その後、光りの天の川に見惚れ、告白はできなかっが、二人には一生の思い出ができた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 大晦日と正月、エリックとコキーユはマーティンの家族と一緒に過ごした。

 みんなで楽しく過ごしている内に、あっという間に時が過ぎてしまった。


 バレンタインには、エリックがコキーユにカラーリリィの花束をプレゼントした。

 その花は、なんとコキーユの両親が育てた花だった。

 アドルフが懐かしい気配と香りにつられ、やって来てしまい、告白は失敗に終わった。


 本当に全くタイミングがつかめない。


 何度やっても告白がうまくいかず、エリックはマーティンに相談することにした。


「マーティン。告白するには、どうすればいいと思う?」

「ごめん、エリック。この前は、俺がアドルフを止められなくて、本当にごめん!」

「いいんだ、マーティン。マーティンのせいじゃないのは俺もわかってるから、謝らなくてもいいよ。コキーユとアドルフには喜んでもらえたから、本当に良かった」

「エリック……。わかった。今度はちゃんと告白しよう? 二年生最後の日に。『校舎裏で告白すると、ずっと一緒にいられる』という噂があるから、そこにしようか?」

「ああ、ありがとう」

「今度はちゃんと、アドルフは俺が預かるよ」

「マーティン……」

「二人が恋人になってくれることを俺も望んでいるから──。二人に、幸せになってほしいんだ」

「ありがとう、マーティン」


 二人はお互いの顔を見て、にこっと微笑み合った。



 ⚔ ⚔ ⚔



 二年生最後の日。

 エリックはコキーユに告白するため、彼女を桜の花が咲く校舎裏に呼び出した。


 ひらひらと淡いピンクの花びらが舞い、白い地をピンクに染めあげる。

 エリックはいつも桜の花を見ると、ピンクのリボンを揺らすコキーユのことを思い出していた。


 何か話そうとするが、言葉が出てこない。

 ドキドキして、感情さえもわからなくなりそうになる。


 目の前では、好きな人が頬を赤くしながら、じっと待っている。


 ぎゅっと握りしめられた手で、好きな人も緊張していることを知る。


 顔は下を向いているが、自分の言葉を待っていてくれる。


 勇気を出して、一歩を踏み出す。


 距離を──縮める。


 握りしめられたコキーユの両手をそっと取り、ぎゅっと両手で包む。


「好きだ。──俺と付き合ってほしい」


「──はいっ!」


 コキーユは綺麗な涙を流しながら、花が咲くように笑って頷いた。

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