第二話『日常』

 入学式から一か月が経った。


 三人と一匹でいることが増え、みんなで楽しい日々を過ごしていた。

 エリックは毎日料理を作り、マーティンは生徒会の仕事で忙しかった。

 コキーユはというと、今ではクラスメイトと仲良く過ごしていた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 戦闘の授業中。

 エリックは先生から剣術の指南を受けていた。

 相手の剣をサッとかわし、エリックが避けるたびにローブの赤い裾が揺れる。

 相手の剣がスピードを増し、剣で受け止め、跳ね返す。

 それを何度も繰り返した後、足元を狙う剣を受け止め、エリックは一歩、力強く踏み込む。


 フードが動く。

 相手の剣を返し、手から剣を落とさせる。


 燕尾服のような裾がなびき──。


 先生の首元で、切っ先がピタリと止まった。


「それまで!」

「ありがとうございました!」

「エリック、すごい! やっぱり強いね!」


 コキーユがエリックに駆け寄り、満面の笑顔で褒めた。


「ありがとう」


 顔一杯にこぼれるような笑みを浮かべたエリックに、コキーユは少しドキッとして頬が赤くなる。

 その間に、アドルフが彼に「ワォン!」と吠えて、しっぽを振っている。


「アドルフも褒めてくれるのか? ありがとう」


 エリックに、わしゃわしゃとなでられ、アドルフは喜ぶ。


「次! フローレンス!」

「はい!」

「ワォンッ!」

「アドルフも頑張れ。コキーユも頑張って」

「ありがとう! エリック!」

「ワォン!」

「コキーユとアドルフ、頑張って」

「マーティンも、ありがとう!」

「ワォン!」


 みんなで手を振って、コキーユはピンクのリボンを揺らしながら、アドルフと先生の元へ駆けていく。


「マーティン、お疲れ様」

「エリックも、お疲れ様」


 二人は昔のように笑い合い、コキーユたちを見守る。


「よろしくお願いします!」

「ワォンッ!」

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」


 コキーユはアドルフと契約している聖獣召喚士であり、強くはないが全ての属性が使える魔法使いでもある。彼女は力も強く、武術も得意だった。


 コキーユは手から光を放ち、カラーリリィの形をした杖を取り出す。

 杖からキラキラした白い光が現れ、アドルフに吸い込まれていく。

 アドルフの白い体から渦を巻いた風が一気に放たれ、遠くにいたエリックたちまで吹き飛ばされそうになる。


 しかし、エリックが周りに簡単な防御魔法を張り、みんなを護る。


 アドルフは首を振るように、小さな竜巻で相手の手を攻撃。

 剣を弾き飛ばし、アドルフは猛スピードで体当たりする。

 アドルフは寸止めしたが、先生は10メートルくらい吹っ飛ばされてしまう。

 コキーユは先生を風魔法で受け止め、ゆっくりと地面に下ろした。


「それまで!」

「ありがとうございました!」


 クラスの女子たちが、コキーユの元に走る。


「コキーユちゃん、すごい!」

「本当!」

「アドルフくんも、すごかったよ!」

「ありがとう、みんな!」


 コキーユは、やわらかな笑顔で、お礼を言った。


「アドルフくん、可愛い!」

「私にも触らせて!」


 エリックが防御魔法を解くと、マーティンが彼に話しかける。


「アドルフもみんなに可愛がられるようになったし、本当に良かったよね?」

「本当に良かった」


 微笑んだ二人はコキーユにゆっくりと近づいていく。


「エリック! マーティン!」

「コキーユ、お疲れ様! さっきの魔法、すごかったよ!」

「本当に、すごい風魔法だったね?」

「ありがとう!」

「ワォン!」

「アドルフも、お疲れ様」


 アドルフはしっぽを振り、エリックに「もっと褒めてほしい!」と、アピールする。

 エリックはあたたかく笑い、アドルフの頭をわしゃわしゃとなでる。

 コキーユとマーティンは微笑ましそうに、それを見守っていた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 コキーユは小さい頃から、人と仲良くするのが大好きだった。


 農家の一人娘として育ったコキーユは、いつもピンクのリボンを揺らしながら、レーツェレストの畑や原っぱ、森の中を走り回っていた。


 みんなに元気いっぱいな笑顔を見せているような少女だった。


 コキーユは一人で出かけることもあったが、家の近くに隠居した凄腕の職人たちが住んでおり、彼女を本当の孫のように可愛がり、面倒を見ていてくれた。


 コキーユのカラーリリィの杖は、その気難しい職人たちが彼女のために作った、とてもレアなものだった。


 聖獣召喚や戦い方もコキーユは隠居していた聖獣召喚士から教わった。

 アドルフはコキーユが五歳の時に召喚した聖獣で、契約してからずっと一緒に暮らしていた。

 元々、母親が強い魔法使いで、使い魔の契約を結んだ白い大型犬がいた。


 実家には、明るい性格の父親──ロリオと、優しくて芯の強い母親──ウィロー。

 賢くて優しい使い魔で、白い大型犬──マロウ。

 そして、明るくて優しいコキーユと、彼女が好きな白い狼のアドルフ。

 みんなで仲良く暮らしていた。


 コキーユは麦わら帽子をつけて畑仕事をする両親や作物を運んで手伝っているマロウを見て育った。


 コキーユの顔は母親のウィローにそっくり。


 違うことといえば、コキーユが「右のポニーテールにピンクのリボン」、ウィローが「ゆったりしたおさげの髪に黄色いリボン」をしていることだろうか。


 レーツェレストにはカラーリリィの花がたくさん咲いており、「コキーユ」という名前も、その品種からつけられた。

 また、「コキーユ」には、「白い貝」という意味がある。

 コキーユの両親は、その花を娘のように毎年大切に育てている。


 現在、コキーユは一人暮らし。

 親戚が経営しているシュトーリヒの宿屋に泊まっている。

 実家から「娘を預かっていただいている、お礼に」と食材を送ってもらったり、力仕事や料理の手伝いをしたりして住んでいた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 今日はいい天気で、洗濯日和。

 そして、アドルフを洗うのにも、ちょうどいい日だ。


 エリックとコキーユは、おそろいの茶色い防水エプロンをつけていた。

 袖をまくり上げるエリックを見習い、コキーユも袖を折っていく。

 そのあと、エリックは小さい時にマーティンと遊ぶために使っていたビニールプールを倉庫から出し、風魔法で空気を膨らませていく。

 その間に、コキーユはピンクのリボンを揺らしながら、用意した机の上に大きなバスタオル、シャンプーとリンスを用意する。

 体が洗われるのが大好なアドルフは勢いよく尻尾を振りながら、二人が準備するのを「今か今か」と待っていた。


「「アドルフ!」」

「ワォンッ!」


 二人に呼ばれ、アドルフは興奮気味に水のないプールに入った。


「大人しくしててね?」

「アドルフ、よーしよーし」


 二人はアドルフの体をなでるように、シャンプーを泡立てていく。


 もこもこ、わしゃわしゃ。


 アドルフは気持ちよさそうに洗われている。


 体中が泡だらけになり、アドルフがテディベアカットのトイプードルのようになった後、エリックは声をかける。


「アドルフ、もうそろそろ流そうか?」

「ワォンッ!」

「アドルフ、今から水をかけるね? 嫌だったら言ってね?」

「ワォン!」


 元気よく返事したアドルフは、水がかけられるのを大人しく待っている。


「行くよー?」


 コキーユは水魔法を使い、丁寧に毛の奥や肌まで水をかける。

 エリックはコキーユの動きを見て、水のかけ方を覚えていく。


「エリック、向こうをお願い!」

「うん、わかった!」

「ありがとう!」


 エリックはアドルフの毛に、そっと指を入れて、奥まで水をかけていく。


「アドルフ、どう? 気持ちいいかな?」

「ワォン……」


 気持ちよさそうに空色の目を細めるアドルフに、エリックはくすりと笑ってしまう。

 エリックがアドルフについた最後の泡を落とすと、コキーユがバスタオルを持ち、隣に立っていた。


「ありがとう」

「どういたしまして!」


 二人はバスタオルで、アドルフの体を丁寧に拭いていく。

 白い毛の隙間に入った水分も、しっかりと拭きとる。


「よしっ!」


 エリックは魔法で温かい風を出して、「ふわぁっ」とあてる。


 数分後、アドルフの全身を乾かし、二人は一息ついた。

 しかし、まだ体がぬれていたのか、アドルフは体をブルブルさせ、残っていた水分を飛ばす。


「わっ!?」

「ちょっと、アドルフ!」


 エリックとコキーユに、何粒かの水滴が飛ぶ。


「もう、アドルフったら!」

「ワォン!」


 アドルフを抱きしめたコキーユは、全く怒っていなかった。


 愛しそうな瞳に、輝く笑顔。


 そんなコキーユをエリックは、あたたかな眼差しで見つめていた。



 ⚔ ⚔ ⚔



 ある日の放課後。


「エリック! お前も遊びに行かないか? 今日は、みんなで買い物した後、夕飯を食べようと思ってるんだ!」

「ごめん、これから母さんの見舞いに行くんだ」

「あ、そっか……ごめん」

「良いんだ。そんなに気にしないで。俺のいない分も楽しんできて?」

「本当に、ごめんな! じゃあ、また明日な!」

「うん、また明日!」


 手を振って見送ったエリックは、横から声をかけられる。


「エリック、『母さんのお見舞い』って?」

「っ!? コキーユ? ──そういえば、言ってなかった」


 エリックは迷ったが、コキーユに向き直り、母親のホリーについて話し始める。


「まずは、父さんのことから話さないと──」



 ⚔ ⚔ ⚔



 エリックはコキーユに父親と母親のことを話した。


 父親がマーティンの祖父を庇って亡くなったこと。

 それは、シュトーリヒ領主に反感を抱いていた科学者たちの仕業だったこと。

 国が首謀者一人を罰しただけで、関係していた科学者たちには何も罰を与えなかったこと。

 その一年後、父方の祖父母がうつ病になり、マーティンの祖父母が面倒を見るため、一緒にレーツェレストに移ることになったこと。

 その二年後、母親が倒れて入院したこと。

 今も病気が治るかわからないこと。


 全て話した。



 ⚔ ⚔ ⚔



「そんな……」


 悲しむコキーユを見て、エリックは目を細めて笑う。


「俺は幸せだよ? みんながいてくれて、優しくしてくれて、──母さんも生きてるから」

「でも!」

「コキーユみたいに泣いてくれる人もいるんだ。──あの時も、マーティンが傍にいてくれた。マーティンの家族も──みんなが支えてくれた」


 エリックはハンカチを取り出して、コキーユの涙を拭く。


「俺は今、幸せだよ?」

「エリック……」


 少しの間、エリックはコキーユが落ち着くまで肩を抱いていた──。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その後、泣き止んだコキーユとエリックは彼の家に帰り、一緒にアーモンドクッキーを焼き、ホリーのお見舞いに行った。


 クッキーとおしぼりの入ったカゴを持ったエリックと、少し緊張した顔のコキーユが病室に行くと、ホリーは窓の外を見ていた。


「母さん!」

「ああ、エリック!」


 振り返ったホリーは、明るい笑顔で息子の名前を呼んだ。


「こんばんは、今日は会わせたい子がいるんだ」

「あら? そうなの? マーティンくん以外の人を連れてくるなんて、珍しいわね?」


 エリックの後ろから緊張した面持ちで、コキーユはホリーの前に出る。


「初めまして、『コキーユ・フローレンス』です。──エリックくんとは同じクラスで、とても仲良くしていただいています!」

「いつもエリックと仲良くしてくれて、ありがとう。私はエリックの母で、『ホリー・ギルバート』です。よろしくね?」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 ホリーは挨拶した後、じっとコキーユを見る。


「ひょっとして、エリックの恋人?」


 そう言って、ホリーはくすくす笑う。


「母さん、コキーユに失礼だよ?」


 からかわれたエリックは、少しだけ顔をしかめる。

 そして、水を換えてこようと、花瓶を手に取る。


「本当にそうね。コキーユちゃん、ごめんなさい」

「いいえ、そんなことないです! 謝らないでください!」


 首と手を横に振り、頬を赤くして否定するコキーユを見たホリーは、一瞬、きょとんとした後、おかしそうに笑い始める。


「そうなの? ありがとう、コキーユちゃん」

「はい! 大丈夫です!」


 その後、ぎこちないながらも二人は笑顔で話し、エリックが花瓶の水を換えて病室に戻ってきた。

 エリックは気分を悪くしなかったコキーユを見てホッとする。

 いつものカゴの中からクッキーとおしぼりを取り出し、エリックはホリーの前にある白い机の上に置く。


「今日はアーモンドクッキーを持ってきたんだ」

「私の大好物ね。──ありがとう、エリック」

「どういたしまして」


 二人は似たように微笑みあう。

 仲がいい親子の様子を見て、コキーユも微笑む。


 ホリーは、急に何かに気づいたように、コキーユを見る。


「コキーユちゃん、エリックの料理は、とってもおいしいのよ?」

「はい! とてもおいしいです!」


 ふわっと笑うコキーユに、ホリーは優しく微笑む。


「これからも──エリックと、仲良くしてね?」

「──はいっ!」


 少しだけ儚げに笑いかけるホリーに、少し涙を滲ませ、コキーユは微笑んだ。



 ⚔ ⚔ ⚔



 その頃、マーティンはマヤリスに買出しを頼まれ、市場を歩いていた。


 その時、マーティンは何かを感じとり、目に入った雑貨屋に足を延ばす。


 特に何の変哲もない雑貨屋。


 周りを見ると、髪飾り、イヤリング、ネックレス、ブレスレットなど装飾品が並んでいる。

 その中に、白っぽい緑の宝石がはまった指輪を見つける。


「白っぽい緑の宝石に、小さな光……?」


 それは、マーティンが見たこともない宝石だった。


「すみません。これは、何の宝石ですか?」

「ああ、その宝石……名前がないんですよ。どこかから流れてきた石みたいで、その中のものも特に反応がなくてね。商人が『汚れだ』と言っていたけど、『これはこれで綺麗だから、加工して売ろう』と思ってね」

「そうですか──」


 マーティンは考え込む。


 ──この名前のない宝石から、不思議な力を感じる……。


 マーティンの家では「婚約者にペリドットをプレゼントし、お守りにして持たせる」しきたりがあった。


 この宝石が、どんなものなのかはわからない。


 しかし、気になったマーティンは、この指輪を購入することにした。


「いくらでしょうか?」

「二千円だよ」

「この指輪をください」

「毎度あり」


 マーティンは代金を払い、指輪をもらう。


 少しの間、太陽に透かした後、もう一度、手のひらの上で確認する。


「見たこともない宝石……か」


 ──とりあえず、明日図書館で調べてみよう。


 マーティンは、そう決心する。


 その後、マーティンは買出しをするため、その場を去った。

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