第9話 異端者

 「異端......者?」


 その単語にリサは絶句した。

 『異端者』とはこの世界においてそれほど大きな意味を持つ言葉だった。


 「無論、『正教派』以外のヨシュア教を信仰している者ということじゃない。恐らく今きみが思っている通りの意味だ」


 『異端者』。それは魔法とは異なる超常現象を起こす特殊能力である『異端力』を行使出来る者を主に指す。

 一部の例外を除き、物理法則等に則った現象を起こす魔法と違い異端力は、それらの常識に囚われない事象を引き起こす。

 魔法がどういうメカニズムを踏んで発動されるのかが分かるのに対して、異端力はそういったことが一切分かっていないのだ。

 物理法則に従わないという性質上、強力な能力になることが多く、更に魔力のようなエネルギー源がなければ使えなくなると言ったこともない。


 これだけ言うと風変わりで強力な能力を持つ者たちなのだが、「異端者」と呼ばれている通り彼らは世界一の信者数を抱える唯一神教ヨシュア教において弾圧の対象とされている。


 「それでは……このことが他に知られては……」


 「ああ……俺の極刑は免れないどころか最悪の場合、父さんや母さんにも危害が及ぶだろうな」


 『異端者』の疑惑を掛けられた者は問答無用で教会に拉致され、取り調べを受ける。そして、『異端者』と判明した後に処刑されると言う。

 更に『異端者』を匿ったり、知っていたにも関わらず教会に報告しなかった者にも重い処罰が下される。


 「だから本当はリサにも話したくなかったんだが……」


 「いえ、このことを聞いても私は後悔などしておりません」


 リサはそう言い切るように首を横に振った。


 「ですが……信じがたいという気持ちはあります。レイ様を疑うことになってしまいますが、何かの間違いということは……」


 「ないと思う。俺、最後に気を失っただろ? 実はその時、あの能力についての情報が頭に流れ込んできたんだ」


 「それは……」


 「『異端者』は能力が発現した時、その詳細をまるで天から授けられたように知ることが出来る、って言うだろ? まさにこれののことじゃないか?」


 体系化されている魔法とは違い、『異端力』の種類は十人十色だがそれでも『異端者』は皆、自分の能力を十全に使いこなすことが出来る。

 なぜなら異端者は魔獣が生まれながらに狩りの仕方を知っているように自分の『異端力』の委細を詳しく把握しているからだ。


 「あの能力は《天刑浄化ケブラー・カマエル》。『人ならざる邪悪なもの』を消し去る光の柱を生み出すものだそうだ」


 「そうですか……」


 ここまで言われては疑う余地はない。

 リサは静かに閉口した。


 「ただ……気になることがないわけじゃない」


 「それは一体……」


 「何せ俺の能力は――」


 そう続きを言いかけたところでレイは言葉を切った。


 「レイ様?」


 「誰か来たみたいだ」


 レイが目を向ける先――バルコニーの扉の前、ガラス越しに何者かがこちらへ入ってこようとしているのが見えた。

 この話を第三者に聞かれるわけにはいかない。

 これだけ人の多い場所では口封じも難しいだろう。


 「続きはまた今度だな」


 「はい」


 そう言葉を交わした直後、扉が開けられ声をかけられる。

 レイはそれを何事もなかったような自然な笑みで迎え入れた。


 ◇


 パーティが終わると皆が王城を後にする。それはレイとリサも同じだ。

 貴族らしく馬車に揺られながら到着を待つ。


 「ふわぁぁぁ……」


 そんな中、レイが大口を開いて欠伸をした。


 「お疲れなのは分かりますが、はしたないですよレイ様」


 それに隣に座っていたリサが注意を促す。


 「身内以外誰も居やしないんだ。別に気にする必要なんてないさ」


 「いや、リサの言う通りだよ。態度は普段から心掛けておくべきことだ。そうじゃないと、いざという時に出来ないからね」


 そこへリサに援護射撃が入る。

 それは二人の正面からかけられた言葉だった。


 「そうよ。所作は普段の振る舞いから出るものだから慣れさせておかないと」


 正面に座るサイモンとアンナが揃ってリサに味方する。

 パーティには二人も参列していたため、当然帰りも一緒だ。

 尚、従者の立場であるリサが主君一家と同じ馬車内にいるのは好ましいことではないのだが、レイがそれを気にする性質たちでないのに加え、サイモンとアンナもリサを実の娘のように可愛がっているため、同席することが許されている。


 「父さん、母さん……分かったよ、これから気を付ける」


 サイモンとアンナの言うことにも一理あるため、レイは意固地にならず素直に納得した様子を見せる。


 「分かってくれたならいいのよ」


 納得した様子を見せたからかアンナはそれ以上何も言ってくることはなかった。


 「それはそうと、レイ本当におめでとう」


 そして、代わるようにサイモンから祝福の言葉がかけられる。


 「領地運営を成功させただけでなく、国王から直々に勲章を賜ったお前は私の――いや、我が家の誇りだ」


 「言い過ぎだよ父様。領地運営は大して魔力のない領民でも魔獣を倒せるように訓練を施しただけだし、雷鳥サンダー・バードは周りがボンクラばかりだっただけだ。こんなことで満足しているわけにはいかない」


 「その言い方からして、また何かするつもりなのかい?」


 「うん。魔獣駆除を冒険者に頼らなくなったおかげでその分の費用も浮いたし、素材を売ることで利益だって出るようになった。でも、魔獣の出現頻度がマチマチのせいで収益は安定しない。だから、新しい事業を始めようと思ってるんだ」


 この中世的な世界でも成り上がるのに大切な要素は金だ。

 金があれば賄賂を送ることも、自分の身を固めることも、身分だって買うことも出来る。

 金があれば大抵のものは買える。いくらあっても困ることはない。


 「なるほど。それで何を始めるつもりなんだい?」


 「賭博場だよ」


 「「賭博場?」」


 聞き慣れない言葉にサイモンとアンナが首を傾げる。

 賭博場などと言い換えてはいるがようはカジノだ。

 前世においても賭博ギャンブルは大きな人気を誇っていた。娯楽の少ないこの世界における賭け事の人気はそれを凌ぐ。

 賭博場――と言うよりカジノのシステムについて説明すると勝算があると踏んだのかサイモンとアンナは目を輝かせた。


 「なるほど……賭博だけではなく、周囲に設けた商店などでも利益を出すのか。よく考えられている」


 「流石さすがねレイ! こんなことを思いつくなんて!」


 口々にレイを褒めちぎる二人。

 それに対してレイは柔らかな笑みを浮かべた。

 ただ嬉しかった。両親が褒めてくれることが。


 前世では褒められたことなど一度もなかった。

 結果を出しても当たり前と一蹴され、出来なければ折檻が待っていた。

 そんな環境で一生を過ごしていたためか、この年になっても親から手放しに誉められるのが嬉しい。

 そして思う。このサイモンとアンナの笑顔を守りたいと。

 この計画を成功させてみせると。


 そう決意した時だった。

 突如、馬車が急停止し、体が前に引っ張られる。


 「きゃあっ!」


 前につんのめりそうになるリサをレイが咄嗟に支える。

 魔獣や盗賊が馬車の前に現れたのだろうか?

 そんな風に考えていると馬車の扉が乱暴に開けられる。


 そこにいたのは神父服を身に纏った数人の男たち。

 いずれも聖職者らしく荒事とは無縁の線の細い風貌だが、やり手の政治家のような油断ならぬ雰囲気を纏っていた。


 「失礼致します。異端審問官の者ですが、ここにレイモンド・ネガム殿はいらっしゃいますか?」


 異端審問官。それはヨシュア教の教義に反する存在を教会法に則り裁く異端審問会直轄の聖職者たちを指す。

 イメージとしてはヨシュア教における警察、検察のようなものだ。


 「そうですが……一体何のご用ですか?」


 レイは嫌な予感をひしひしと感じながらも、努めて冷静に尋ねた。

 まさか自分が『異端者』であることが知られたのではないだろうか。そんな不安とそんなはずがないという願いを込めながら。


 「レイモンド・ネガム殿。貴方には『異端者』の疑惑がかけられている。我々と共に来て頂きます」

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