第8話 祝宴の中できみに告白を

 ブルートゥス王国王都ロンディニウムの中心に位置するウッドストック城。

 ブルートゥス王族が住まう荘厳かつ巨大な王城であり、数多くの建造物のあるロンディニウムの中でもその大きさが一際目立つ。

 それに見合うだけ多くの部屋が城内にはあるのだが、その中で最も広いのは人が千人以上収容出来る祝典の間だ。


 床、壁、天井、柱と空間を構成するもの全てが大理石で造られており、それら全てに美しい装飾が施されている。

 これだけでも十分な豪華なのだが、床を染める真紅の絨毯や天井から燦然と輝きを放つシャンデリア、壁を彩る一流画家による壁画がその絢爛さに拍車をかけていた。

 一年の内で使用されるのはほんの数回だけ。特別な式典や王族関係者の婚礼の儀に使われるのみ。要は王城内に作られたパーティ会場だ。


 そんな荘厳な空間に多くの人間が詰めかけていた。

 糊の効いた派手な衣装を身に纏い、談笑している彼らは各々が自身の領地を持つ王侯貴族や国家運営に携わるブルートゥスの首脳陣。この国の上位一パーセント未満しかいない富裕層、特権階級の者たちだ。


 やがて、祝宴の開始を告げるラッパが会場内に鳴り響く。

 それを合図として、一同は沈黙した。

 今宵開かれるのは国のために武器を取り、戦った者たちを讃える叙勲式。国王から直々に勲章と褒美の言葉が賜られる名誉の時間だ。


 次々と呼ばれる名前。そのいずれもが先のウンマ帝国との戦争で武勲を挙げた者たち。

 憎っくき敵国を討ち倒す屋台骨となった戦士らの名であり、ブルートゥス王国の歴史の一ページに名を刻む栄誉を与えられた果報者たちだ。


 そんな中、一人毛色の違う名前が呼ばれた。


 「レイモンド・ネガム、前へ」


 名を呼ばれて前へ出るのはレイ。髪を整え、儀礼服を着こなずその姿は先の戦士たちにも見劣りしない貫禄を備えており、周囲は思わず息を呑んだ。


 雷鳥サンダー・バード討伐作戦で壊滅一歩手前まで追い詰められた白竜騎士団はその評判を大きく落とし、「今期の団員は失敗作」とまで言われるようになっていた。

 だが、そんな中でレイは雷鳥サンダー・バードを単身で討伐した功績を讃えられ、勲章が与えられることになった。

 更にまだ決定事項ではないが、現在の団長は解任され、レイが次期白竜騎士団団長に就任することが確実とされている。


 向けられる好奇の視線を受け流し、レイは堂々と歩みを進める。

 しかし、その中に憎悪の視線が混じっていることに気が付いた。

 視線の主は二人。


 一人目はタージ。最近まではレイと並んで白竜騎士団期待のニューフェイスと持て囃されていたが、討伐作戦以降はすっかり日陰の存在へと成り果ててしまっていた。

 タージはその原因がレイだと憎悪を積もらせているのだが、当の本人はどこ吹く風と言った様子で相手にしていない。


 その横にはタージの従者であるマスト・エラフト・ラバックが控えていた。

 セプテドの親類にあたるラバック家出身の貴族だが、嫡男でなかったため、従者としてセプテドに送り出されたという経緯がある。

 タージの従者を勤めるだけあって優秀な男なのだが、消極的な態度が目立ち、実力を殺しているような印象をシンは持っていた。

 更にその性格のせいか、従者としてはお世辞にも優秀とは言えずタージから頻繁に叱責を受けている。


 二人目はダイ・アザ・アンダードッグ。名門とは言えないまでもそれなりに由緒のあるアンダードッグ家の跡取り息子なのだが、曲がりなりにも優秀なタージと違い、ダイは武芸に秀でているわけでもなければ、聡明でもないため周囲から将来を不安視されている。

 ネガムとは領地が近いことからレイとは幼少の頃より顔見知りであるのだが、レイはタージを「態度がデカいだけのボンクラ」と軽蔑し、タージも今日に至るまで軽んじるような態度を取り続けられた上、自分を差し置いて白竜騎士団入団を果たしたレイに激しい敵愾心を抱いていた。


 それに気付いたレイは静かに視線を向け、嘲笑うように目を細める。

 すると憤りか屈辱か、二人の顔が瞬く間に真っ赤になった。

 そんな二人の様子をもっと見たいという衝動が湧き上がるもすぐに視線を切り、前を見据える。


 レイの真正面。そこに玉座へ腰掛けた男がいた。

 年若さを残しながらも厳しい風格を漂わせる顔立ちに服の上からでも分かる鍛え上げられた身体、そしてその上から宝石の映える黒の衣装を纏うのはエドワード四世。このブルートゥス王国を治めし国王である。


 多くの軍事政策を展開し、瞬く間にブルートゥスを複数の植民地を有する強国へと成長させた軍事に明るい王として知られている。

 加えて『指揮を取れば味方を勝利へ導く軍神となり、剣を取れば万軍をも蹴散らす猛将となる』と称され、戦略家として優れているだけでなく、戦士としても確かな腕を持つ。

 戦場に出る際は黒の鎧を着用していることから周辺国家では黒王ブラック・キングの異名で恐れられている。

 ただその一方で、軍事以外への関心が薄く、戦費捻出のために度々重税を強いているのに加え、浪費家の一面を持つため民衆からは不満を持たれていた。

 レイもエドワードのことを戦争しか頭にない脳筋と内心軽蔑している。


 だが、顔には決して出さない。

 レイは神妙な面持ちと洗練された動作で叙勲式を卒なくこなした。


 叙勲式が終わると豪華な料理と酒が置かれたテーブルが持ち込まれた。

 ここからはパーティの時間だ。皆が食事に舌鼓を打ちながら、会話に花を咲かせる。


 レイの下へは多くの貴族が挨拶へ来た。

 内訳は媚び売りが六割、縁談の持ち掛けが三割、ただの挨拶が一割と言った感じだ。

 白竜騎士団の団長に就くということは将来の地位を確約されたも同然。今の内取り入っておこうと考えるのは当然だろう。

 しかし、レイは挨拶に来た者をほとんど覚えようとしなかった。

 波のように押し寄せてくる貴族達を一人一人覚え切れないからではない。ほとんどの者に覚えるほどの価値がないと判断したからだ。


 そんな連中にたかられるのは酷く疲れる。

 一息つくため、レイは一人バルコニーに出た。

 バルコニーからは外の景色が一望出来るが、夜でほとんど真っ暗だ。

 この世界に電気はない。無論、明かりを灯す物はあるが、安い物ではないため、平民の多くは日が暮れると同時に床に就いてしまう。

 今灯っている明かりは全て城下に点在する貴族邸のものだ。


 「レイ様」


 「リサか」


 振り返るとそこにリサが立っていた。

 いつもと違うのは人前に出ても恥ずかしくないよう、着飾っている点だ。

 服装は丈の短い青のラインが入った白色のドレスで、肩まで伸ばされたウェーブのかかった白髪は右側にかき上げられ、細い首筋が露わになっていた。

 特別露出が多いデザインではないが、薄手と言うこともあって体のラインが分かりやすくなっており、十四歳にしては豊かな胸とそれと対照的な細い腰、そして布の下から見え隠れする生足が妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 彼女の素性を知らない者が見れば、どこかの貴族令嬢だと勘違いするだろう。


 「レイ様?黙り込まれてどうかされましたか?」


 そう言われて初めてレイは自分が黙り込んでいたことに気が付いた。


 「ご気分でも悪いのですか?」


 「いや、大丈夫だ。きみのドレス姿が似合ってると思ってな」


 「そんな……わたくしめなど……」


 レイの不意打ちに頰を赤らめるリサ。


 「本当だよ。そんなんじゃ、色んな男から声をかけられて大変だったんじゃないか?」


 「確かにかけられはしましたが……ほんの少しです」


 嘘だろう。いや、謙遜と言うべきか。

 今回の雷鳥サンダー・バード討伐、表向きにはレイが単騎で成し遂げたことになっているが、これはリサが功績を全てシンに譲ったからそうなっているだけで実際は二人で達成したことだ。そして、そのことを周囲も薄々察している。


 加えて、控えめに言ってもリサは美人だ。自分の物にしたいと思う男は多いだろう。

 実際、これまでもリサにちょっかいをかけてくる男は多くいた。

 その度レイが追い払い、それでも止めないようなら痛い目に遭わせていたものだ。


 「それを言うならレイ様だってお疲れになっているのではないですか?あんなに沢山の方々のお相手をして」


 「ああ、お陰でクッタクタだよ。だからこうして避難してきてるんだ」


 レイは大袈裟に疲れたような表情をして見せた。


 「リサもこっちへ来たらどうだ。夜風が気持ち良いぞ」


 「お言葉に甘えさせて頂きます」


 本来、使用人が主人と肩を並べるなど許されることではない。

 だが、レイはそれについて気にする素振りすら見せず、リサも遠慮することなく、主人の言葉に従い、横についた。

 主従関係を越えた関係をこの二人が築いているという証明だった。


 「どうだ? 気持ち良いだろう」


 「はい。とても」


 「最近は色々と立て込んでいたからな。こうしてリサとゆっくり話すのは久しぶりな気がするよ」


 「討伐の後処理や叙勲式の用意で大変でしたからね」


 「だけどそれも終わった。だから今は全てを話せる時間がある」


 その科白だけでリサはレイが次に何を話すのかを察した。


 「雷鳥サンダー・バードを倒したあの力のことですね?」


 「ああ……今日までそのことについて話さなかったのは何も時間がなかったからだけじゃない。怖かったんだよ、俺は」


 「怖かった?」


 主人の言葉の意図が分からず、リサは小首を傾げた。


 「このことを明かす事で、もしかするときみが俺から離れていくんじゃないかってな」


 「そんなことありません!」


 リサは即座に答えた。


 「あの力がどんなものだろうと私はレイ様を見捨てたりなどしません! 例え世界がレイ様の敵になっても、私だけはレイ様の味方です!」


 これは絶対的主従関係から来る主人を盲信しての叫びではない。

 レイが思い悩んでいることをリサはとっくに気が付いていた。無理に問いただすべきではない。だから今日まで何も言わなかった。

 しかし、もし腹を括り、全てを話すことになったなら、自分はそれを全て受け入れると、リサは心決めていた。

 その上でリサはこの言葉を叫んだのだった。


 これにレイは少しの間、驚いた顔をしていたが、すぐに優しく目を細め――、


 「ありがとう……でも、もし俺が世界を敵に回すようなことしたなら、そこは叱って欲しいかな」


 照れ臭そうに笑った。

 だが、そこには確かにそう言ってくれたことへの感謝の念があった。


 「あ……かしこまりました」


 リサも自分の言ったことの大仰さに気が付いたのだろう。赤くなった顔を頭を下げて隠した。


 「じゃあ、話そうか。あの力の正体について」


 仕切り直すようにレイが言った。

 一度、息を吸う。そして、意を決すると口を開いた。


 「結論から言おう。俺は『異端者』なんだ、リサ」

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