第7話 契機

 「がっ…………?」


 何が起きたのか理解が追いつかず、呆けた苦痛の鳴を洩らすレイ。

 手から刀が離れ、切っ先が地面へぶつかると周囲に金属音が鳴り響いた。

 視線の先では身体を半分以上抉られても尚生きている雷鳥サンダー・バードがこちらに触手を伸ばしている。

 その触手はレイの腹を貫き、真っ赤な血を滴らせていた。


 「レイ様ぁ!!」


 目の前の主人の危機。それに対するリサの行動は早かった。

 槍を投擲し雷鳥サンダー・バードの頭を貫くと同時に無詠唱で魔術を発動する。


 「《掌握樹ツリー・クラッシュ》ッッ!」


 第三階位魔法植物系魔術掌握樹ツリー・クラッシュ。足元から生えた幾本もの樹木が雷鳥サンダー・バードに絡みつき、握り潰す。

 絡み合う樹木の中で果実が弾けるような音が鳴った。そして、その隙間からはドクドクと血が果汁のように溢れ出る。

 中を確認するまでもなく雷鳥サンダー・バードがぐちゃぐちゃのミンチになったのをリサは確信した。


 少し油断してしまったがこれでレイも助かる。早急に治療に取りかからねば。

 そう思っていたのだが――、


 「ぐああああああっっ!?」


 レイを貫いた触手が抜かれることはなく、更に新たな触手が纏わり付くと強く締め上げる。


 「ぐっ……離せ……!」

 

 「なっ…………!」


 変わらないどころか悪化してゆく状況に動揺を隠せないリサ。

 慌てて樹の指を解くと頭を槍が貫通し、体がひしゃげながらもその目に生気を宿した雷鳥サンダー・バードが体の再生を始めている最中だった。


 「何で……何で!」


 あれだけ身体が破壊されれば重要な臓器器官の大半が機能を失い、生命維持も出来なくなる。

 にも関わらず生きているなど生物のことわりから理解外の存在だ。

 どうやって斃せばいいのかリサには見当も付かない――そんな動揺が致命的な隙に繋がった。


 「リサッ!!」


 呆然と立つリサの横。高速の触手が薙がれた。

 直撃した触手にリサは弾かれるように飛ばされ、激しく地面に叩きつけられる。そして地面を転がるリサ。

 その勢いはしばらく転がった後、岩にぶつかることでようやく止まった。


 「リサああああああああああああああッ!!」


 早くリサの元へ向かわねば。

 レイは体を捩り、触手から逃れようとと必死にもがくも力が入らない。

 それもそのはず。レイは先程の攻撃で魔素マナをほとんど使い切っている。魔法を使うことはおろか激しい運動すら出来ない。

 こんな状態から脱出するなど手を使わず食事をしろと言っているようなものだ。


 「GUGUGUGUGUGUGUGU……」


 そこへ雷鳥サンダー・バードが腹を貫いた触手に伝わせる形でレイの身体に何かを注ぎ込み始める。


 「ああああああああああああああああああああっっ!!!」 


 それが体内に入った瞬間、レイは苦悶の絶叫を上げた。

 熱い。まるでマグマを流し込まれているようだ。


 注ぎ込まれる何かから、苦しみから逃れようと、どこにそんな力が残っていたのかと思うほどの力でレイは再び暴れ出す。

 それでも脱出することは叶わなかったが何とか、腕を出すことには成功した。

 しかし、先程ぶりの再会を果たした自分の手を見たレイは言葉を失った。


 「なっ…………」


 見慣れたはずの自分の手。その先がまるで腐ったように黒く変色していた。

 指先の感覚に異常はない。痛くもなければ痒くもない。しっかり自分の意思で動かすことも出来る。

 だが――、


 「…………っ!?」

 

 突如、レイは息苦しさのようなものを感じた。

 触手による体の締め付けに耐えられなくなったから――ではない。体調の不良から来るものだ


 その原因とは何か。

 十中八九雷鳥サンダー・バードから注入された何かだろう。

 そう考えた時、レイはようやく気が付いた。

 

 自分の変色した手の先――それが雷鳥サンダー・バードの体表に顕れたものに酷似しているのだ。

 そして同時にある可能性にも思い至る。


 もしかすると自分もあんな風に醜く変異するのではないか――と。


 ゾクリ、と背筋が凍りつくの感じた。

 自分はまだ何も為せていない。生まれ変わってまだ何も出来ていないのだ。

 それなのにあんな自我のない化け物に成り果てるというのか?

 それは死と同義。絶対に受け入れられない事象だった。


 (ふざけるなふざけるなふざけるなあああああああ!!)

 

 (こんなこと認めてなるものか! 俺は死なない! リサを助け、今度こそ生き抜いてやるんだ!!)

 

 しかし、現実は残酷。

 魔素マナは底をつき、決して浅くない傷を負っている上、体調コンディションも良くない。

 どう転んでもこの状況からレイが助かることはあり得ない――はずだった。


 「…………え?」


 間の抜けた声とともにレイはその変化に気が付いた。

 手の先から黒ずみが引いてゆき、元の色に戻ったのだ。

 それに伝播するように倦怠感を催していた息苦しさもなくなり、代わりに力が漲ってくる。


 その直後だった。

 雷鳥サンダー・バードを包み込むように光の柱が立った。


 「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」


 雷鳥サンダー・バードが苦痛の咆哮を上げた。

 それと同時にレイを捕らえていた触手が解け、地面へ落とされる。


 「うぐっ……!」


 地面に叩きつけられた衝撃で触手に貫かれた傷が疼くが、そんなことはどうでもいい。

 すぐに顔だけを上げるとそこには消失してゆく光の中でボロボロになった雷鳥サンダー・バードがいる。

 やがて光が完全に消え去ると同時に雷鳥サンダー・バードはバタリと倒れた。


 「やった……のか?」


 警戒を込めて呟かれたその科白に答えるものは何もない。

 ただ、静寂が世界を塗り潰していた。


 あの光は一体何だったのか?

 そんな疑問が浮かんでくるも考えるのは後だ。

 弱った身体に鞭を打ち立ち上がり、倒れているリサヘ駆け寄る。


 「リサッ! リサッ!」


 動かない華奢な体を抱き上げ、何度も呼びかけるレイ。

 目を開けてほしい。その一心で名前を叫び続ける。


 「んんっ……」


 ゆっくりと、だが確かに腕の中のリサが目を開けた。

 焦点を捉えていない胡乱な瞳はしばらく視線を虚空へ彷徨わせた後、レイの姿を認めると色を灯らせた。


 「レイ様……」


 「リサ! 大丈夫か?」


 「はい……少し打ちつけられただけで大きな怪我は……」


 ここでリサの双眸が大きく見開かれる。

 レイの腹部に穿たれた血の流れ出る穴傷をの当たりにしてしまったからだ。


 「レイ様っ! そのお怪我はっ……! 早くお手当を……」


 「少し痛いが見た目ほど大したことはない。大丈夫だ」


 嘘だ。

 腹部を貫かれて少し痛いだけなわけがない。気を抜いてしまうと意識が飛んでしまいそうだ。

 リサの言う通り早急に手当に掛からなければ命に関わってくるだろう。


 「GUGUGUGUGUGU……」


 「「!?」」


 だが、状況はそれを許してはくれなかった。

 力尽きたはずの雷鳥サンダー・バードが再び起き上がってくる。

 姿形は既に鳥としての原形を留めておらず再生も追いついていないが、それでも死んではいない。

 決して死なず何度でも立ち上がってくるその有様はまさに不死鳥と称するべきなのかもしれないが、レイとリサには邪悪な不死者アンデッドのようにしか見えなかった。


 「くっ……」


 あれだけボロボロなのだ。

 あとほんの一撃でも喰らわせられれば倒せそうだと考えるのが普通だろうが、今までの異常な耐久力を見せられているとそう楽観的になれない。


 ――例え攻撃を与えたとしてもまた立ち上がってくるのではないか?


 そんな恐怖にも似た固定観念が二人に攻撃を躊躇わせた。


 這々ほうほうていでゆっくりと、だが確実に迫り来る異形の怪物。

 子供の足でも逃げ切れそうなほどの重鈍な歩みだが不思議とそのようなビジョンが浮かんでこなかった。

 いや、ここでは逃げ切れるかもしれない。しかし、ここで逃げることが出来たとしてもこいつは自分達を見つけるまで、ずっと追いかけてくるだろう。

 そんなことを考えさせられるくらいには二人は追い詰められていた。


 「…………来るな」


 そんな言葉がレイの口から零れた。


 「……来るな」


 それは恐怖の言葉だった。

 ただし無力な子どもが喚く弱々しいものではなく、確かな力を伴った拒絶の言葉でもあった。


 「来るなあああああああああああ!」


 再び、光の柱が立った。

 地中から木が生えるように光の柱が怪物をその中に封じ込めるように現れた。

 同時に雷鳥サンダー・バードの歩みが止まった。今までのように咆哮を上げることもなく、その終わりを受け入れたかのように静かに制動した。

 そして、輪郭が崩れるように消えてゆくと亡霊は光の粒子となって世界から消失した。


 「レイ様……あの光は一体……?」


 リサの問いかけにレイは何も答えることが出来ず、ぼんやりと雷鳥サンダー・バードが消えた地点を見ていた。


 あの光は何なのか。

 思考を巡らせるが見当もつかない。

 その時だった。


 「ぐ――――っ!?」


 頭が爆発したようだった。

 突如として襲ってきた頭痛とともに膨大な情報が頭の中に流れ込んでくる。


 「レイ様!どうされたのですか!」


 レイの異変に気が付いたリサがすぐさま声もかけるも反応はない。

 レイの意識は痛みに侵されながらも頭の中を覆い尽くす情報に釘付けだった。

 その中にレイにとって未知なもの、好奇心をくすぐられるもの、そして――求めているものがあったからだ。


 「そう……か――」


 「レイ様っ!?」


 その言葉を最後にレイは倒れた。

 リサが何度も体を揺さぶり呼びかけるも目を覚ます様子はない。

 残されたリサはボロボロと涙を流しながらレイの治療に取り掛かる。その際も名前を叫ぶことを欠かすことはなかった。


 そして、その様子を静かに観察する人間がいることにリサは気付けるはずもなかった。

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