第6話 変異する魔獣

 レイがそれに気が付けたのは偶然だった。

 穂先をチラつかせるタージの背後。そこに屍となった雷鳥サンダー・バードが僅かに動いたことに気が付いたのだ。


 そして、次に感じたのは恐怖。

 それがレイに咄嗟の防衛行動を取らせた。

 そのおかげで予備動作なしで繰り出された強襲を回避することが出来た。従者であるリサを守りながら。


 だが、雷鳥サンダー・バードに背を向ける形となっていたタージはそれに気付くことが出来ず、不意打ちをその身に受けることになった。


 「ガハッ…………」


 打ちつけられた岩を粉砕するほどの勢いで飛ばされ意識を手放すタージだったが、命までは手放していなかった。

 何と驚くべきことに攻撃を受ける寸前、槍でのガードに成功していたのだ。

 結果はご覧の通りだが、意識外からの攻撃に反応し、致命傷を免れたことは称賛に値するだろう。


 しかし、あの有様では戦線復帰は期待出来ない。

 尤も、雷鳥サンダー・バードが追い詰められるまでダンマリを決め込んでいた男が本当に戦力として期待出来たかどうかは疑問が残るところだが。


 「KOKOKOKOKOKOKOKO……」


 生物の鳴き声と称するにはあまりにも歪で無機質な音を上げる雷鳥サンダー・バード

 血を流し続ける頭の風穴に爆風の衝撃で折れたのであろう左翼、そしてボロボロになった羽毛。

 そんな満身創痍の状態で虚な目を向けながら真っ直ぐに立っている。

 そこには威厳すら感じさせた先刻までの強者然とした風貌は見られず、死しても尚この世を彷徨さまよい続ける亡霊のような印象を抱かせた。


 「……来るぞ!」


 その言葉にリサが自身の主武装である槍を構える。

 僅かだが雷鳥サンダー・バードが動いたように見えたのだ。

 それをレイは攻撃前の予備動作と警戒したのだが――、

 

 「GUOOOOOOOOOOOOO!!」


 喚声とともに雷鳥サンダー・バードの体がボコボコと熱せられたマグマのように盛り上がり、体が肥大化してゆく。


 (一体何がどうなっている!? 雷鳥サンダー・バードにあんな特性があるなんて聞いたことがないぞ……いやそもそも、何故頭を貫かれて生きている?)


 次々と疑問が沸いてくるも、そこに本能的な危機を察知したレイは思考を中断し攻勢へ出る。

 繰り出すのは第三階位魔法気圧系魔術気圧爆弾アトモスフィア・ボム。圧縮した空気の塊を一気に解き放ち、爆風を起こす魔術だ。

 レイはそれをただ爆発させるのではなく、周辺に転がっていた岩と混ぜて使用した。こうすることで爆発と同時につぶてが飛ばされ、殺傷力を上げることが出来るのだ。


 つぶて混じりの爆風が雷鳥サンダー・バードに直撃、その巨体を無視して吹き飛ばす。

 そのまま砂埃を上げながら倒れた巨体には幾つもの岩がめり込んでおり、致命傷は確実のはずだった。

 だが――、


 「GUUUUUUUUUUUU……」


 唸り声を出しながらムクリと起き上がる雷鳥サンダー・バード

 その体は左右非対称の歪な形で肥大化しており、体表が所々黒ずんでいる。

 例えるならぐじゅぐじゅに熟し、腐る直前の野菜か果実のようだ。

 そしてめり込んだ岩が体外へ吐き出され、残された穴傷が埋まるように急速に修復されてゆく。


 「何だと……っ!」


 雷鳥サンダー・バードに再生能力は本来備わっていない。

 いや、それどころか魔獣全体を見てもあれほど出鱈目なものを持った個体は存在しないだろう。


 「GUOOOOOOOOOOOOO!!」


 脇腹から何かが生えた。

 四対計八本のそれらをレイは最初肋骨かと思った。しかし、骨では到底有り得ないヌルヌルと動く軟性は触手と称した方が相応しい。

 その内の一本が伸長してレイとの間の距離を一瞬でゼロにする。


 「――ッ!」


 その一撃をレイは辛うじてだが刀で捌くことに成功した。

 しかし、息をつく暇はない。新たな触手が二人に襲いかかる。


 「避けろリサっ!」

 「はい!」


 鞭のように薙ぎ払われたそれをレイとリサは身を翻し回避する。

 そこへ繰り出される更なる触手。今度は横ではなく、叩きつけるように縦に振るわれた。

 それを二人は今度は躱さず、剣と槍で両断する。


 その後も二人は繰り返される触手の波状攻撃をいなし続けるが、切れども切れど手数は減ることはない。

 要因は雷鳥サンダー・バードの並外れた再生能力にあった。

 例え触手を両断しようとも少し目を離した隙にすぐさま再生するのだ。

 こんな調子ではキリがない。何とかして本体に攻撃を叩き込まなくては。


 その時だった。伸ばされた二本の触手が二人にではなく、その背後にある森林の木に巻き付いた。

 それだけで雷鳥サンダー・バードの意図を理解したレイは刀の切っ先を向ける構えを取り、ただの一足で疾駆。

 そして、雷鳥サンダー・バードは巻きつけた木を基点として触手で体を引っ張り、その巨体に見合わない雷速の速さで彼我の距離を一気に詰めてゆく。


 だが、それを予期していたレイが動揺することはない。

 腕力を魔素マナで強化、そして刀身にも魔素マナを纏わせ刺突の威力を底上げする。


 「はああああ!」


 相対する少年と怪物。

 先に攻撃が当たったのは少年レイだった。

 刀先が変異した雷鳥サンダー・バードのブヨブヨとした体に突き刺さる。

 その勢いのまま巨体を貫こうとするが、刀越しに伝わってくる柔らかい感触に反して刺突がそれ以上は食い込まず停滞の様相を見せる。


 「GAAAAAAAAAAA!」


 そこへレイを捕らえようと伸びる触手。それなりの速さで迫ってきているはずだが、レイの目には酷くスロモーションに見えた。

 この刺突に関しても同じだ。もうずっと攻撃を続けているような感覚だが、実際にはこの間一秒も経っていない。

 そして牛の歩み(に見えている)だが、確実に縮まっていく触手との距離はそのままレイの余命を示している。


 このままでは刺突が雷鳥サンダー・バードを貫くより先にレイが貫かれる方が早い。

 そのことを瞬時に察知したレイは持ち得る全魔素マナを刀身へ注ぎ込み、攻撃の威力を底上げする。

 訂正――流石に全ての魔素マナを使ってしまうと魔素マナ失調症で最悪死んでしまうので立って歩ける程度の魔素マナだけ温存し、残りは全て刺突の威力を上げるために消費する。

 雷鳥サンダー・バードさえ討伐出来れば任務は完了するのだから出し惜しみする必要はなかった。


 こんなところで死ぬわけにいかない。

 今世こそ幸福に生き抜いてみせるのだ。

 そんな思いの丈が刺突に宿ったのか微動だにしなかった刀先が動き始める。


 「貫けえええええええええええええええ!!」


 ジリジリと刃の深度が深まってゆく。それに比例して触手との距離も狭まってゆく。

 そして一瞬にも永遠にも思える濃密な時間が経過して――、


 血が弾けた。

 光芒一閃。穿ちの一撃が向こう側の景色が見えそうなほどの大きなあなを空け周囲に赫い花を咲かさせた。

 交差した二つの影。

 その内の片方――その身に穿ちの残滓を孕んだ雷鳥サンダー・バードの体が力を失くしたように倒れる。


 「はぁ……はぁ……」


 肩で息をするほど激しく消耗し――それでも二本の足で立っているのはレイ。

 その体は勝利したことを誇るように真っ赤な血で濡れていた。


 「勝った……な」


 達成感と安堵感で思わず笑いが零れる。

 勝った。雷鳥サンダー・バードに勝ったのだ。

 実に気分が良い。何か一曲歌いたくなるような晴れやかな気分だ。

 しかし今はそんなことする体力も気力もない。

 それよりも早く家に帰ってゆっくりしたかった。


 「帰ろう……」


 そうリサの方へ振り返った刹那だった。


 「レイ様! まだ――」


 正面から聞こえたリサの悲鳴のような叫びとともに触手がレイの痩躯を貫いた。

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