第3話 従者

 幸い道中を魔獣に襲われることはなかった。

 森を出たレイは静かに少女を横たえ、まだ息があること、目立った怪我がないことを確認すると動物の毛皮でてきた水筒を取り出し、ゆっくり水を飲ませる。

 それでも目を覚さないため、無理矢理にでも起こすべきかと考えたが、自然に起きるのを待つことした。

 そして、自分の持っていた上着を掛けると木の枝や草を集め、第一階位魔法火炎系魔術火の粉スパークスで火を着け、持っていた携帯用食料であるベーコンを串に刺し焼き始める。


 「ん……」


 少女が目を覚ましたのはベーコンが焼き終わりに差し掛かった時だった。


 「起きたか」


 「貴方は……」


 「俺はレイモンド・ネガム。この地を治める貴族の一人息子だ」


 「レイ……貴族……!」


 それを聞いた少女が慌てて礼儀を正そうとするが、弱りきった体は自由に動かすことすらままならず体勢を崩してしまう。


 「おっと」


 倒れそうになった少女の体をいつの間にか近づいたレイが抱き止めた。

 

 「無理をするな。きみが楽な体勢でいてくれ」


 少女はコクリと頷くとゆっくりと元の足を崩した体勢で座った。


 「まずはこれを。お腹空いてるだろ」


 そう言うとレイはベーコン串を少女に突き出した。


 「ありがとう……ございます」


 それを恐る恐る受けると少女はゆっくりとかぶり付く。


 「美味しいか?」


 「……はい」


 少女は一つ、二つとまたベーコン串を平らげてゆく。余程腹が減っていたのだろう。

 彼女の空腹が満たされるまでレイはその様子を黙って見守っていた。

 そして、頃合いを見計らい話しかける。


 「まずはきみの名前を教えてくれないか?」


 「私は……エリザベスです。みんなからはリサと呼ばれていました」


 「リサ……」


 リサ。告げられたその名前を今一度味わうようレイは舌の上で転がした。


 「どうか……されましたか?」


 「いや、いい名前だなと思ってな」


 「ありがとうございます……」


 しばらくして褒められたことに気付いたリサが頭を下げる。


 「ところできみの家はどこにある?保護した以上、俺はきみをお父さんやお母さんのもとに送り届けなくてはいけないのだが……」


 「父と母は……」


 女が奴隷に身を落とす理由は口減らしのために親かそれに準ずる者に売られるか、孤児になるかが多い。

 誘拐されてそのまま奴隷として売られると言ったパターンもあるが少数派だ。

 従って奴隷はその身を解放されても帰る家のない者が多い。

 リサも例に漏れずそのようだった。

 そしてその返答を予想していたレイは流れるように次の提案を投げかけた。


 「ならば、俺の従者にならないか?」


 「…………え?」


 そんな突拍子もない申し出にリサはポカンと固まってしまった。


 「王国の貴族には自分と年齢の近い従者を一人側仕えとして置く慣わしがあってな、ちょうど欲しかったところなんだ。本来なら分家や使用人の子息から選ぶのが普通なんだが、生憎適役がいなくて困っていてな」

 

 「……それはどういったことをするのでしょうか?」


 「基本は俺の身の回りの世話だな。着替えの用意とかスケジュールの管理、あとは朝起こしに来るとか。業務中は俺と付きっきりで行動してもらうことになるだろう。だからと言って馬車馬のようにこき使うわけじゃないぞ。仕事に見合った賃金も支払うし、休日プライベートもある」


 従者の立場は同じ使用人であっても家事使用人や召使サーヴァントなどとは全く異なる。

 主人に直接仕えるという立場上、家内での発言力もあり、それなりの社会的地位も伴ってくる。

 下級使用人や他所の使用人からは様付けで呼ばれることも当たり前で主人のもとを離れ、より上の立場に出世する者もいる。

 つまりレイの提案は人生を変えることの出来る絶好のチャンス。普通の人間なら両手を上げて飛びついてくるだろう。


 「どうだ? 決して悪い条件ではないと思うのだが……」


 「……はい。とても魅力的なご提案だと思います。しかし……私などにそんな役割が務まるのでしょうか?」


 「気難しく考える必要はない。仕事を覚えてもらうための期間は設けるし、出来なかったからといってすぐにくびにするつもりなんかも……」


 「レイモンド様は!」


 レイが言いかけた言葉をリサは遮った。

 その痩身からは想像も出来ないほどの大きな声でレイも思わず言葉を引っ込める。


 「レイモンド様は私の命を救って下さった恩人です……もし、私が従者になったことにより、レイモンド様に御迷惑をけては恩を仇で返すことになってしまいます……」


 そう叱れることを恐れる子どものようにリサは語気を萎めながら言った。

 従者の立場が他の使用人と比べて高いと言ったがそれはのしかかる責任が重くなるのと同義。

 もし、リサが何かしらの不手際を起こしてはその皺寄せは全て主人であるレイにいく。

 加えてブリタニアは典型的な階級社会であり、どこの馬の骨とも知れない少女がそれなりの地位に就いては周囲からのやっかみを受けることもあるだろう。

 そして、その矛先はきっとレイにも向けられる。


 助けてもらった恩人に迷惑をかけてしまうこと、それをリサは恐れていた。

 しかし、そんな懸念聞いたシンの反応は――、


 「アッ……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 爆笑だった。盛大に声を上げて笑っていた。

 と言ってもリサの言葉がおかしくて笑っていると言った様子ではない。


 「いや……すまないすまない。そんな風に俺のことを気遣ってくれるのが嬉しくてな」


 愉快に感じたのだ。

 窮地の自分ではなく、他人に思いやりをみせるリサの在り方に。


 「ますますきみが欲しくなった。俺の従者になってくれ」


 「し、しかし……」


 「迷惑をかけるような人間はそもそもそんな考えに至らない。断言出来る。その気持ちを持っているきみは間違いなく良い従者になれる。さあ、俺の手を取れ」


 そう手を差し出すレイ。

 リサだけに向けられた宝玉のような赤い双眸には確信が宿っており、そうなることを微塵も疑っていないようだった。


 その目に射抜かれたリサは嬉しいと感じた。

 そして思った。


 この人のこの期待に応えたい、と。


 「――分かりました。私は貴方の従者になります」


 自分に言い聞かせるように宣言するとリサは差し出された手を取った。

 それに応えるようにレイは手を握り返すと嬉しげに口元を綻ばせた。


 「これから宜しく、リサ」


 つられるようにリサも微笑を浮かべた。

 それは前世でレイが好きだった笑顔とよく似ているような気がした。

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