第4話 十年後

 イキーク山。それは数多の魔獣が潜むブルートゥス北部に位置する霊峰だ。

 山全体に龍脈が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、そこから溢れ出た濃密な魔素マナが大気中を満たしている。


 龍脈が多く流れるということはその分強力な魔獣が生まれやすいということだ。

 イキーク山の魔獣は一体一体の質が高く、他地域で生息しているなら倒すのがさして難しくない個体でもこの場では決して侮れない戦闘力を有している。

 並の者では群れて臨んだとしても時計の長針が一周もしない内に全滅するだろう。


 「ぐあああ……」

 「ダメだっ! 逃げろおおおおおお!」

 「無理だ……勝てっこねぇ……」


 そんな人間が足を踏み入れることを許さない弱肉強食の死の領域デスゾーンいただきにて怒号と苦鳴が飛び交っていた。

 ある者は腕を失い、ある者は足を失い、ある者は意識を失い、ある者は命を失っていた。

 鎧甲冑に剣や槍を装備していることからも騎士であることが分かるが、既に皆が戦意を失っており、恐慌状態に陥っていた。

 だが、こんな醜態に反して彼らはただの騎士ではなかった。


 ブルートゥスには徴兵制度があり、十三歳になった男子、または魔法を使える者は一年間、兵士としての訓練を強いられることになる。

 一定の金額を納めた者などは兵役が免除されるもののその額はかなり高く、農民は勿論、貴族であっても躊躇するほどで結局は多くの者が参加するというのが現実だ。

 尤も農民などの貧しい者たちからすれば兵役の間は衣食住が保証されるので、食いはぐれない上に家の負担を軽くするという意味でも有難い制度と言えるかもしれない。


 そして、その兵役の中で優秀な素質を見出された者達は国からスカウトを受ける形で白竜騎士団に推薦される。

 白竜騎士団は主に十代の将来を有望視された若者たちによって構成され、彼らにあらゆる経験と実績を積ませるために創設された青年騎士団で白竜騎士団に入団することはこの国で出世する上で一番の近道と言っても過言ではなく、兵役を受ける者の多くはこれを目当てに日々の訓練に励む。


 そんなブルートゥスの希望たる卵たちが地に伏している。

 怒り、悔しさ、怯え、様々な感情が入り乱れた目で彼らが見つめる先には、鮮やかな色合いの翼を広げ、背に大人一人が乗れるほどの体長をした巨鳥が鋭い眼光を向けていた。


 「雷鳥サンダーバード……」


 誰かがその名を呟き、意識を失った。

 雷鳥サンダーバード。イキーク山に棲みつき、その生態系の頂点であるいかずちを操る怪鳥。

 最近、山を降り近辺の町などを襲うようになったこの旅団級魔獣の討伐が今回、白竜騎士団に課せられた任務だった。


 白竜騎士団かれらには雷鳥サンダーバードを倒せるという自負があった。

 なにせ自分達は国からその才を認められ、映えある白竜騎士団への入団を許された俊英なのだ。今回の雷鳥サンダーバード討伐を足がかりとして更なる高みへ至ってやる。そう息巻いていた。

 そして、任務が始まるとその自信は確信に変わった。


 常人では手も足も出ない魔獣達を次々と倒し、進軍速度も予定より速い。

 これは自分達の優秀さの証左であり、選ばれた者の実力だ。そんな思いが心の底から無尽蔵に溢れ出てきた。

 中にはここで調子に乗らず慎重に行くべきだと臆病な意見を出す者もいたが一笑に付した。


 俺たちに出来ないことはない。この勢いに乗って突き進むことが正しく、任務達成へ向けた大きな一歩だと信じてやまなかった。

 それが凡人とは違う、俺たち天才の力なのだ。


 ――そう思ってた。


 しかし、そんな自信はすぐに打ち砕かれた。

 ターゲットである雷鳥サンダーバードの戦闘力は想像以上で白竜騎士団の面々はその力を前に呆気なく捩じ伏せられた。


 彼らがこうも圧倒されたのには人と魔獣の種族しての力の差もあったが、それ以上に自分達の力を過信したのが仇となった。

 白竜騎士団は一人一人が秀でたものを持っている代わりに仲間意識が薄く、独断専行をする者が多い。

 背景にあるのは自分こそが一番だという自信と一刻も早く手柄を上げて成り上がりたいという出世欲。

 そのため団員は仲間ではなく出し抜き、蹴り落とすための競争相手で各々が好き好きに動き最高率を求めるのが最適解という空気が騎士団内ではあった。

 

 協力するのは弱者のすること、助けを乞うなど恥以外の何物でもない。自分達には全てを一人で解決できる力がある――と。


 だが、そんな傲慢の結果彼らは敗れ、犠牲者まで出した。

 計画を練った上で協力し合い討伐に赴いていれば、このような無様な結果になることはなかっただろう。


 「リサ、行くぞ。援護は頼む」


 「はい」


 そんな倒れた雛鳥達を置いて二人の少年少女が前へ出た。

 まだ年若く、今年入団したばかりの新人団員であることが窺える。どちらも同年代と比べて上背があるわけでもなく、体格が良いわけでもない。

 これだけ言うと至って普通の少年少女だが、二人にはもう一つ特筆すべき共通点があった。


 それは珍しい白髪の持ち主であること。

 加齢のせいなどではない――生まれながらにして持つそれは老人のものとは違い、生気と若々しさを湛えており、どこか浮世離れした幻想的な雰囲気を匂わせていた。


 「僭越ながらお尋ねしますが、何故レイ様は先程まで戦闘に参加しなかったのでしょうか?」


 「雷鳥サンダーバードの出方を見るためだ。奴らにはそのための餌になってもらった」


 少女――リサの質問に少年――レイ無感動に答えた。

 仲間意識の希薄さは白竜騎士団全体に共通していることだが、レイのそれは他の者達とは一線を画しているように感じられた。

 実際、目の前で数人の仲間が死んでるにも関わらず顔色一つ変えていない。恐らく死体が更に増えようがこの表情が変わることはないだろう。


 「そうですか。素晴らしいご判断かと存じます」


 そんなレイの冷酷と言える言葉にリサは眉一つ動かさず賛辞の言葉を述べた。

 感情を押し殺し、主人の機嫌を取っているわけではない。言葉の端々から漏れ出る畏敬の念はそれが彼女の本心であることを告げている。


 「ありがとう。それじゃ、始めるか」


 そう言うと腰にぶら下げた剣の柄に手を伸ばし、鞘から抜き出す。露わになった刀身はブルートゥスでは見慣れない反りの付いた片刃剣だった。

 前世のレイにとっても馴染み深い武器、刀である。東方の島国日ノ皇国で造られており、その美しい意匠から美術品として人気且つ、素の状態でも下手な魔剣よりも切れ味があるため高値で取り引きされている。


 構えの姿勢を見せるレイ。

 それを臨戦態勢と察した雷鳥サンダーバードも威嚇するように咆哮を上げ、翼を広げる。すると翼が電気を帯び始め、バチバチと弾けるような音と明滅する電雷が走った。


 そして次の瞬間、幾重にも分かたれた雷の枝がレイに襲いかかった。

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