第2話 出会い

 レイが向かった先――そこには積荷と複数人の男達を乗せた荷台を引く二匹の馬が走っていた。

 汚らしい服装でバラバラだが全員が装備をしている。恐らく盗賊の一味だろう。


 人気ひとけがないとは言え、こんな昼前に動くなど不用心が過ぎる。

 他人目のつきにくい夜に動き、闇夜に紛れて逃げ、そして日中は目立たぬよう息を潜めるのが盗賊を生業とする上でのセオリー。少し頭を使えば誰にだって分かることだ。


 まあ、この手の連中のすることなど大方予想はつく。

 恐らく昨夜襲撃を成功させた喜びで飲んだくれて目が覚めたら昼前だった、というオチだろう。

 本来なら呆れ返るところだがちょうどいいとレイは口角を上げた。

 連中には対人戦闘の相手になってもらうおう。盗賊なら殺しても文句は誰にも言われまい。


 レイは魔素マナで脚力を強化。生い茂る木々の間を音も立てず疾駆し、先で盗賊たちを待ち構える。

 奇襲を仕掛ければ一瞬で終わるが、それでは経験値にならない。真っ向勝負をしてこそ意味があるのだ。


 やがて盗賊達の乗った馬車が姿を現す。

 馬の手綱を握る御者はレイの姿を認めると背後に乗る仲間に声をかけなにやら話し合った後減速、レイの目の前で止まった。

 この森を一刻も早く脱出したいと考えているであろう以上、そのまま轢き殺そうとしてくると思っていたのだがどういうつもりなのだろうか?

 レイが怪訝に思っていると男達がぞろぞろと姿を現す。


 「おいガキ! そこで大人しくしてな。大人しくしてたら命だけはらないでおいてやるからよ」


 そう下卑た笑みを向けてくる盗賊たち。

 どうやら連中はレイを捕らえるつもりらしい。

 その後は恐らく身ぐるみを剥がして奴隷として売り飛ばす魂胆なのだろう。

 レイが貴族の子息であることを知れば人質に身代金を要求するというパターンもあるかもしれない。


 しかし、そんなことにはならないとレイは確信していた。

 盗賊の言葉に答えることなく静かに剣を構える。


 「おいおい、やる気らしいぜこのガキ」


 臨戦態勢を取るレイを小馬鹿にした様子で笑う盗賊ら。

 その内の一人が不用心にレイへ近づいてゆく。


 「あばよ!」


 そして手に持っていた斧を振るう。

 だが、洗練さのかけらもない、ただ振り下ろしただけの粗雑で鈍い一撃。

 レイはこれを易々と防ぐとガラ空きの胴へ強烈な蹴りをお見舞いする。


 その身に似合わない重い一撃に盗賊の一人は肺の中の空気を全て吐き出し、背後の仲間を巻き込みながら吹き飛んだ。

 その光景に盗賊達は目を剥く。

 たった七〜八歳の子どもが大の大人の攻撃を防ぎ、蹴り飛ばした。

 そのあり得ざる現実を受け入れる事が出来ず、固まってしまう。


 それを隙と見たレイは男達に向かって吶喊。一瞬で数人を斬り捨てる。

 盗賊らが対処に動き出したのはその直後だった。

 レイを囲み、逃げ場のない状態を作ると次々と攻撃を仕掛ける。


 しかし、レイはそれらを小さな体を生かした軽い身のこなしで全て躱すと目にも止まらぬ速さで刹那の間に囲んでいた全員を斬り伏せた。


 そこへ矢が引かれるもレイは背後にいた盗賊を盾にすると剣を投擲し、射手の頭を貫いた。


 「ヤツは今丸腰だ! かかれ!」


 だが、それは即ちレイの手から武器が失われたということ。

 これが絶好の機会と盗賊らはほくそ笑んだ。

 そして、今までの鬱憤を晴らすように一気呵成に攻め立て――、


 「〈パン〉」


 突き出されたレイの右手。そしてレイの口から発せられたその一言とともに向かってきた男の体に風穴が空けられた。

 男は理解が追いつかないと言った様子で血が溢れる自身の胸の傷を見下ろし――倒れた。


 「ま、魔術……」


 仲間を穿った不可視の弾丸の正体に気が付いた盗賊の一人が怯えたように呟いた。


 魔術。それは術式を構築することによって(比較的)物理法則に則った事象を引き起こす魔法。その種類は他の魔法と比べても多く出来ることの範囲が広いため、魔法を使える者は魔術師であることが多い。


 レイも数種類の魔法を会得しているが、最も使用する頻度が高いのは魔術だった。

 そして今使用したのは第二階位魔法圧力系魔術空気弾エア・バレット。圧縮された空気の弾を放つというシンプルな魔術だ。


 「〈パン〉・〈パン〉・〈パン〉」


 銃の形を作った手から続け様に発射される三発の不可視の弾丸。それぞれが未だ盗賊に一発ずつ命中し、三人の命を奪った。


 「逃げろおおおおおああ!」


 それを引き金に盗賊達は一目散に逃げ出した。

 恐怖に顔を歪ませ、一刻もその場から離れたいとばかりに足の動きを最速で回転させる。


 ようやく理解したのだ。

 目の前にいるのは子どもではない。人の皮を被った怪物だと。

 このまま戦い続けては命がいくつあっても足りない。

 そう視界の先で剣に頭を貫かれ倒れる仲間の死体を見て戦慄した。

 

 しかし、それを怪物レイが逃すはずがなかった。

 脱兎の如く逃げゆく盗賊達の頭上を跳躍、先回りし逃げ道を塞ぐと先頭を走っていた男の腹に拳を叩き込み、後列の盗賊ごと殴り飛ばす。

 痛みに喘ぐ男達を他所にレイは屍となった射手は近付くと頭を踏みつけながら剣を引き抜いた。

 

 そこからは蹂躙の始まりだった。

 ある者は首を斬られ、ある者は心臓を貫かれ、ある者は顔を殴られ続け、ある者は首をへし折られた。

 最後に残ったのは死体、死体、死体。

 まだ息のある者も僅かながらいるが、意識はない。盗賊の素性を知るため、わざと生かしたのだ。


 暴れ終えたレイは自らが生み出した死屍累々の山を見ると不快感に顔を顰めた。

 生前で殺人には慣れた気でいたがとんだ思い込みだったらしい。

 これからも経験を積み、慣らしていく必要があるだろう。


 一息つきたい気分だがゆっくりはしていられない。

 いつまでも居座っていては血臭で引き寄せられた魔獣と戦う羽目になる。

 流石にこれ以上の戦闘は御免だった。

 生きている盗賊を縛り上げ、馬車でこの場を後にしようとしたその時だった。


 『ガタッ』


 馬車に繋がれた荷台。ほろで覆われたその中から何かが動くような音が聞こえた。


 盗賊の生き残りが息を潜めているのだろうか。

 レイは血と油で濡れた刀身を布で拭うと荷台へ近づき――斬撃一閃。

 幌が両断され、中身が露わになる。

 

 「………………ぁ」


 中にいたのは盗賊ではなく一人の少女だった。

 幽鬼のようだとレイは思った。

 痩せこけた体と頰に窪んだ眼窩、艶のない肌と唇は薄黒く汚れ、着ている服はずだ袋のように見窄らしく汚らしい。

 この世界にありふれている栄養失調の子どもだ。


 しかし、レイは目を離せずにいた。

 なぜなら彼女が自分と同じ美しい白髪と白い肌の持ち主だったからだ。

 レイは生まれてこのかた、老人以外で白髪の人物に会ったことがない。

 父も母も自分とは違って金髪。そのせいでレイが生まれた時は随分と騒ぎになったと聞いている。


 初めて会った自分と同じ特徴を持つ人間。

 そこにレイは強く惹きつけられた。


 「きみは一体誰だ?」


 恐る恐る尋ねてみるも少女に返答はない。

 ただ、座り込みこちらを焦点の合わない目で朦朧と見つめているだけだ。


 「…………か」


 何か呟いたかと思った直後、少女は糸が切れたようにバタリと倒れた。


 「おい! 大丈夫か!」


 駆け寄り体を揺さぶるも反応はない。

 急いで脈を確認するとまだ息がある。

 だが、少し抱き上げただけでも分かるその軽い体重は少女の命数の少なさを表しているようで一瞬でも目を離したら死んでしまいそうだった。


 まずこの魔獣だらけの森から抜け出さなくてはならない。

 レイは生かしておいた盗賊を拘束すると、略奪品と一緒に荷台へ放り込み馬車を走らせた。

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