第42話 朝ごはん

 俺たちは、その後もくだらない話をし続けた。リリルの明るい性格のおかげで、先ほどの戦いの緊張感も徐々に和らいでいった。話題は冒険の思い出や、お互いの趣味、果ては好きな食べ物まで多岐にわたり、時間が経つのを忘れてしまうほどだった。


 気がつくと、東の空が薄明るくなり始めていた。夜が明けようとしている。俺たちは驚きとともに、一晩中話し込んでいたことに気づいた。


「わっ、もう朝だよ!」リリルが空を指さして驚いた声を上げた。


「本当だな。時間が経つのは早いものだ」と俺も感心しながら答えた。


 朝日が森の木々の間から差し込み始め、周囲の景色が徐々に明るくなっていく。夜の不安な雰囲気は消え去り、新たな一日の始まりを告げる爽やかな空気に包まれた。


「テック、ルカ、起きろ」俺は二人に声をかけた。


 テックは目をこすりながらゆっくりと起き上がった。一方、ルカは素早く起き上がったものの、その顔には薄っすらと赤みが差していた。


「どうした、ルカ?顔が赤いぞ」と俺が尋ねると、ルカは慌てて顔を背けた。


「べ、別に何でもないよ!」ルカは少し高めの声で答えた。その様子に、俺は首を傾げた。


「大丈夫か?」と俺は心配そうにルカに近づき、彼の額に手を当てた。しかし、熱はなかった。


「熱はないようだな。安心した」と俺は少し安堵の表情を浮かべた。


「ライカンを起こしてくる」と言い、俺はライカンが寝ている方へ向かった。


 その間、テックとリリル、そしてルカは手早く朝食の準備を始めていた。簡素ながらも栄養のある食事が用意されていく様子が見えた。


 ライカンを起こすと、彼は少し不機嫌そうな表情を浮かべながらも、ゆっくりと起き上がった。


「おはよう」と俺が声をかけると、ライカンは小さくうなずいた。


「ガキ、後で少し話がある」と彼は低い声で言った。


「わかった」と俺は答えた。


 ライカンは立ち上がると、朝食を取りに他のメンバーの元へ向かった。その背中を見送りながら、俺は彼が何を話したいのか少し気になった。


 俺も他のメンバーの後を追って、朝食の場所へと向かった。テックたちが用意してくれた簡素な食事が、空腹の俺の目に美味しそうに映った。


 朝食は森で採れた木の実と、昨夜から発酵させていたというパン、見た目は普通のパンだった。発酵させたパンは少し酸味があり、独特の風味が口の中に広がる。木の実の甘みと相まって、意外にも美味しい組み合わせだった。


「うまいな」と俺は呟いた。森の中での朝食は、いつもと違う雰囲気で新鮮に感じられた。朝日が徐々に森を明るく照らし出す中、俺たちは静かに、しかし満足げに朝食を楽しんだ。


 朝食を終えると、ライカンが突然俺の腕を掴んだ。「ちょっと話があるんだ」と低い声で仲間たちに言い、仲間たちから離れた場所へと俺を引っ張っていった。


 人目につかない木立の陰に到着すると、ライカンは俺をじっと見つめた。その目には、何か確信めいたものが浮かんでいた。


「お前……」ライカンは言葉を選ぶように一瞬躊躇した後、続けた。「異世界から来たんじゃないのか?」


 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。「どうしてそう思う?」と、できるだけ平静を装って尋ねた。


 ライカンは鼻を鳴らし、俺の周りをゆっくりと歩き回った。「お前の匂いだ。他の奴らとは違う。この世界の人間とは明らかに異なる香りがする」


 俺は言葉を失った。ライカンの鋭い感覚に、自分の秘密が暴かれそうになっていた。どう対応すべきか、頭の中で必死に考えを巡らせた。


 しかし、俺は一瞬の躊躇の後、決意を固めた。ライカンの種族は、元を辿れば異世界の人間から派生したものだ。彼なら、自分の立場を理解してくれるかもしれない。


 深呼吸をして、俺はゆっくりと口を開いた。「そうだよ」と静かに肯定した。「俺は確かに、異世界から来た」


 予想に反して、ライカンは驚いた表情を見せなかった。代わりに、彼は深く頷き、「なるほどな」とつぶやいた。その目には、理解と何かしらの共感のようなものが浮かんでいた。


 ライカンは腕を組み、しばらく考え込むような素振りを見せた。そして、突然くるりと背を向けると、「わかった。お前の秘密は俺が守る」と言い残し、仲間たちの元へと歩み始めた。


 俺は少し戸惑いながらも、安堵の息を漏らした。ライカンの反応は意外なものだったが、彼が自分の秘密を受け入れてくれたことに感謝の念を抱いた。


 ライカンの後を追って仲間たちの元に戻ると、彼は既に普段の無愛想な表情に戻っていた。しかし、俺には彼の目に微かな理解の色が宿っているのが見て取れた。


「そろそろ行くぞ」突然、ライカンが声を上げた。その態度は、まるで彼が隊のリーダーであるかのようだった。護衛対象のはずなのに、リーダー面をする彼の姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


 テックが少し困惑した表情で「あんたは、護衛対象だぜ……」と言いかけたが、ライカンは手を振って遮った。


「お前たちは飾りだといっただろ」とライカンは不機嫌そうに言い放った。「お前たちを強くしてやる。さっさと町に行くぞ」


 彼は再び指揮を執り始めた。その姿を見て、俺は内心で思った。「護衛対象だってのに……」しかし、すぐにその考えを打ち消した。「まあ、もういいか」


 ライカンの強引なリーダーシップに、パーティのメンバーたちは困惑しながらも従っていった。俺たちは荷物をまとめ、町へ向かう準備を始めた。

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