第9話 冒険者
宿に戻る道すがら、俺は明日の適性試験のことを考えていた。カルバーさん以外の人間との戦闘に不安もあったが、同時に冒険者としての第一歩を踏み出せる期待も胸に膨らんでいた。「明日はどんな相手と戦うことになるんだろう」と思いを巡らせながら、宿に入りシャワーを浴びに向かう。
シャワー室の作りは元の世界のものにかなり近く、鏡もあった。そういえば、カルバーさんの家のシャワーには鏡がなかったな。およそ1週間ぶりに自分の体をじっくり見てみると、肩幅や上腕二頭筋など、元の世界の時と比べてかなり体つきが良くなっているような気がした。
「確かに、ここ最近はずっと訓練していたけど、ここまでとは……」
ガルバーさんが言っていたことを思い出した。元の世界で俺が口にしていた食事はこの世界では相当上等なものらしく、この世界に体や魂が順応していくうちに、元の世界の時よりも体格が良くなっていくだろうと。
翌朝、いつもの時間に目を覚ますと、部屋で簡単に柔軟運動をして体を動かし、しっかりと目を覚ます。
「そういえば、ここって朝食付きだったっけ」
宿の一階に降りて食堂で朝食を取る。食パンと目玉焼き、焼きベーコンを食べ、食堂を出てギルドへ向かう。
ギルドに到着して時計を見ると、まだ10時頃で適性試験までおよそ2時間ある。冒険者ギルドの受付カウンターには昨日とは違う女性がいた。彼女は俺を見るなり、「シーク・グロウさんですね。適性試験の準備はできていますか?」と声をかけてきた。俺は少し緊張しながらも、「はい、準備はできています」と答えた。受付の女性は優しく微笑み、「では、そうですね。少しまだ時間もありますし、軽く運動されますか? 訓練場がありますので、そちらにご案内しましょう」と言う。
彼女は俺をカウンターの裏からギルドの外に出て、その奥にある建物へ案内していく。
そこには、冒険者たちが汗を流しながら剣を振ったり、重しを持って筋トレをしていた。
受付の女性は少し周りを見回した後、「あちらの案山子は攻撃の練習に使えますよ。剣術の基本動作を確認したり、攻撃の精度を上げるのに役立ちます。あそこの重りは筋力トレーニングに最適です。適性試験の前に軽く体を動かしておくと良いでしょう」と丁寧に説明してくれる。「ありがとうございます」と感謝を述べ、案山子に向かってトレーニングを開始する。
案山子を殴り、リズムよく打撃音を鳴らしていく。
隣で剣を振っている25、6歳ぐらいのお兄さんが、
「ちょ、ちょっと君、腰に下げてる剣は使わないの?」と戸惑いながら話しかけてくる。
「あ、えっと、準備運動のために体術の練習をしておこうかと。普段は剣を使いますよ」
「すごいね、君。剣も使えて、体術もできるなんて」
「師匠がそういう方針なんですよ」
お兄さんは「そんなとこもあるのか。僕も少し体術を取り入れてみようかな」
俺は案山子への攻撃を止め、お兄さんの方を向いた。「体術は武器を失ってしまった時のために使えるようにしておくのがお勧めですよ」と、師匠の言葉を自分の言葉のように伝えた。お互いに軽く会釈を交わし、それぞれの練習に戻る。
しばらくすると訓練場の出入口の方から「シーク・グロウさん、お時間です」と呼ばれたので、その方向へ走り始める。
お兄さんが「今日の適性試験の人ですか。頑張ってください」と声をかけてくれる。予想だにしない一言に、後ろを向いて驚きながら「頑張ります!」と返事をした。
受付の女性に案内されて、適性試験の会場へと向かう。心臓の鼓動が少し早くなるのを感じながら、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。「よし、これまでの訓練の成果を出し切るぞ」と心の中で自分を鼓舞した。
そのまま受付の女性の案内に従っていくと、気がつくとそこはもう、スタジアムが見える通路になっていた。軽くスタジアムの中を覗くと、そこは半径50mほどの円形の屋根のない競技場になっており、観客席から大勢の観客のざわめきが聞こえてくる。
俺は受付の女性に「これって試験なんですよね? 見世物じゃないのに観客が入るんですか?」と尋ねた。
「はい、試験もタダでするわけにはいきませんからね」と彼女は答え、さらに続ける。「ここの観客には多くのGランクの冒険者が観覧に来ていらっしゃいます。皆さんに自身の実力を見せて、同業者に顔を覚えてもらえば一緒に仕事もしやすくなりますし。適性試験を受けなければならない、身分の確証のできない冒険者のためでもあります」
思ったより考え抜かれていて、なるほどと納得するしかなかった。
「そろそろですね。では、いってらっしゃいませ」と受付の女性は言うと、俺の背中を押してスタジアムに歩むよう促す。
俺は、それに逆らうことなくスタジアムへ歩み始める。
通路の屋根から光が差し始め、観客の人数がある程度確認できるようになったころ、観客のボルテージが上がる。
どうやら反対側でも、俺の対戦相手となる人物が観客から見える位置まで歩いているようで、お互いゆっくりと中央の位置につく。
中央には試験官の男性が待っており、試験の簡単なルール説明を行う。
「私が『はじめ』と言えば試験のスタートです。試験の終了は、試験官である私が両者の実力を測れたと判断した時、もしくは受験者のどちらかが降参または死亡した場合に合図します」
もう一人の受験者が「この試験、死亡する可能性があるんですか!?」と驚いた表情を見せる。それに対して試験官は「大丈夫です。ここには死亡後30分以内であれば蘇生できる
「降参の際は、武器を落として両手を挙げた状態で『降参』と言ってください。降参の意を示した受験者を攻撃した場合、直ちに失格とさせていただきます。
最後に、ここからお互い5mほど下がっていただいた後、私の開始の合図とともに試験開始です。
質問はありませんか?」俺も相手の受験者も特に質問はなく、試験官の指示に従いお互い5mほど距離を取り、武器を手に取って構える。
試験官は両者を見たのち、手でピストルを模して空に構える。
「では、試験開始です!」との声とともに空に向けて花火を打ち上げた。
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