第二話・手配犯 葉隠カレラ①

「さて、どうしようかな……?」


 シャワーの熱で湯気を上げる頭をバスタオルでぐしゃぐしゃにかき乱しながら、カレラは言った。


 両親はともに出張に出て、少しの間家を空けると携帯にメッセージが入っていた。通知は数分前、日が変わってからだ。連絡が遅いのはいつもの事として、問題はこの状況だった。


 不良のガキと、素性も知れない少女。シャワーから上がったばかりなので、幼い体の半裸というダメ押し付き。


 知らない誰かに見られようものなら、確実にお縄だ。


「はぁ……」


 思わずため息が出る。少女の体が少しだけ強張った。


「あの……私……」

「そうだ、君だ」


 髪を拭きながら、カレラは少女に言う。


「君はいったい何者なんだ?」

「あ……」


 少女はそう呟き、少しだけ顔をカレラの方へ傾ける。が、すぐに顔を伏せ、グッと口をつぐんだ。


「ん? なんだよ?」

「いえ……何も……」

「何も……って、それじゃ何もわかんないぞ」


 そう言われ、何か言いたげに口を開くが、またすぐに口を閉ざす。


「はぁ……」


 カレラの口から、一層大きなため息が漏れた。危なげなく切り抜けたとはいえ、命の危険を感じる一幕だったのだ。せめて名前くらい教えてほしい。


「はい、次」


 カレラはバスタオルを取り払い、ドライヤーを手に取って電源を入れる。温風の設定を強に切り替え、少女の湿る髪を容赦なく吹き荒らした。


 「ふぁぁ!」と少女が情けない声を上げる。その反応が面白かったので、カレラはちょっとした仕返しの意味も込めて、執拗に彼女の髪を乾かしてやった。


「変な声」


 ドライヤーを止め、カレラが言う。少女は顔を真っ赤にして、三角座りの膝の間に顔をうずめる。先ほどの声がよほど恥ずかしかった様だ。


「ドライヤー、初めてか?」


 彼がそう言うと、少女は頷いた。カレラは櫛を取り出して、彼女の長い髪を梳いてやる。出会った直後はボロボロだった髪が、数回のシャンプーと念入りなトリートメントで室内灯の光を反射するほどにキレイになった。


 将来は美容師にでもなろうかと、カレラは鼻の穴を大きくしながらふと思う。広がった鼻腔に、少女の髪から香るシャンプーの匂いが飛び込んできた。


 途端、クラっと小さなめまいに襲われる。なんというか、眠気を誘う匂いだ。つられて大きなあくびを一つかますと、ゴツンと胸に思いモノがのしかかって来た。


 少女の頭だ。規則正しく上下する肩を見るに、恐らく眠っている。


「先に寝るのかよ」


 カレラは鼻で笑いながら言うと、仰向けに倒れて来た少女に抗わず、そのまま自身が座っていたソファーにもたれ込んだ。少女を自身の体に乗せたまま、横長のソファーに寝転がり、頭の上のブランケットを広げ、少女の肩の辺りまで掛ける。


 机の上に置いていた照明のリモコンを操作し、リビングの電球を薄茶色の豆球に切り替えた後、眠るつもりで目を閉じた。

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