第一話・ただの不良少年⑧

 男の声色が変わる。ドスのきいた、脅しつけるような声だ。


「……急にどうした?」


 後ろに回した左手で、少女を自身の後ろへ庇う。右手はジーンズのポケットに滑り込ませている武器に触れていた。


「随分と乱暴だな」


 カレラは口元に余裕を滲ませて言ってみたつもりだったが、内心では少し焦っていた。この男、どこまでも隙が無い。仕掛けるなら一気に畳みかける必要がありそうだ。変に躊躇すれば、逆にこちらがやられてしまうだろう。


 逆に言えば、手加減は不要という事だ。


 軽口をたたくカレラを、男は無言のまま睨み下ろす。サングラスの奥から伸びる視線に、明らかな敵意が満ちていくのを感じた。


 少し後ろにいたもう一人の男が、手でスーツの裾をのけ、腰のあたりに手を置いた。


 数瞬の無言。目の前の男と、カレラが行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。


 男がスーツの裾を翻し、腰元にある得物に手を伸ばす。カレラはジーンズのポケットからタクティカルライトを素早く取り出して、逆手に保持。親指の位置に来るテールスイッチを押下し、車のロービームにも匹敵する光量の光を男の顔面に浴びせた。


 いくらサングラスを掛けているとはいえ、至近距離で浴びせられる凄まじい光量は、いとも簡単に男の視界を破壊した。うめき声を上げながら、腰から引き抜いた得物を反射的にカレラが居るであろう方向へ向ける。


 無防備に伸ばされた腕を左に避け、カレラは男の手の甲にライト先端のストライクベゼルを叩きつける。ライト本体を通し、骨を砕く振動がカレラの手に伝わった。


 痛みによって、瞬間的に力が入った男の右手が、得物の引き金を引いた。夜闇を突き抜けるような発砲音と共に、一瞬周りがパッと瞬く。


「銃!?」


 カレラは思わず声を上げた。今まで多種多様な武器を持った不良共と拳を交えてきたが、本物の銃を持った奴を相手にするのは初めてだったからだ。


 ちらりと左に逸らした視線の先で、もう一人の男が得物を引き抜くのが見えた。目の前の男と同じ、拳銃だ。

 

 「ヤベっ」


 カレラは咄嗟に、目の前の男の懐に入り込み、もう一人の射線からの盾にする。発砲音は上がらない。仲間を撃つのを躊躇しているようだ。


 ならばと、カレラは男の体を蹴り飛ばし、もう一人の男にぶつけた。飛んでくる大柄な体を押しのけ、もう一人の男がカレラに銃を向け直すその数瞬の間に、再び構え直したタクティカルライトを向ける。


 鋭く伸びた光の筋が男の眼をくらまし、銃口があらぬ方向を向く。


 仕掛けるなら今だ。カレラは乱射される弾丸をものともせずに男の方へ突っ込み、右足で思い切り男の股間を蹴り上げた。くぐもった声を上げ、上半身を折った男の顎元に、逆手に持ったタクティカルライトの先端を左から右へ振りぬく。


 ゴキっという顎を砕く感覚と共に、意識を失った男の体が地面へ沈む。


 蹴り飛ばされ、上体を起こそうとしていたもう一人の男が、唸り声をあげ、カレラの方を睨みつける。左手を腰の裏に回し、何かを取り出そうとしていたので、カレラはそちらに走り込んで、容赦なく左足で男の顎を砕いた。

 

 ライトで男二人の姿を照らす。動く様子はない。息はしているようなので、気絶しているだけだろう。


 「さて……と」


  カレラは振り返り、背後に広がる現実に目を向ける。血まみれの少女に、エンジンを掛けっぱなしのWRX、地面に伸びた男二人。


 「これ……どうすりゃいいんだ?」


  頭を掻きながら言った弱弱しい一言が、夜の闇に霧散した。

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