第一話・ただの不良少年⑦

「助けて、って言われても……」


 カレラは少女の肩を掴み、自身の体から引きはがした。


「おい……? なんだこれ……?」


 その掌にベッタリとへばりついた血糊を見て、思わず声を漏らした。目の前に立つ少女の方に目をやる。山の暗闇の中、月明かりに浮かんだ彼女の肩口が、赤黒く湿っているのがうっすらと見えた。


 カレラは少女の肩を掴み、後ろに向かせる。彼女が着ている季節外れなワンピースが、肩口から背中にかけて、すでに赤茶色に変色した血液でドロドロになっていた。


「何があった……?」


 思わず口から漏れたその一言に、少女は再び肩を揺らして泣き出し始めた。


 寂しい山の中に、少女の弱弱しい鳴き声が小さく響く。ただ事ではない、という事はカレラにも察することが出来たが、何を聞いても少女はただ鳴き声を上げるばかりで、一体どういう状況に陥っているのか、皆目見当もつかない。


 少しの間アタフタして、ようやく警察に通報する選択肢が頭の中に浮かんだ。左のポケットから携帯を出し、110番を掛けようとした、その時だ。


「おい、君」


 少女の背後から、男の低い声が掛かった。カレラは声の方に目をやる。夜闇に紛れるような黒いスーツを着た、ガタイのいい男だ。夜だというのにサングラスを掛けており、黒いレンズの奥に隠れた目元からは表情が読み取れない。


 目が慣れてきていたので辛うじて分かったが、男は一人ではない。一人目の男の後ろ、二、三歩程離れたところに、もう一人同じ格好をした男がいるのが見えた。


 どうも堅気ではない風格を持った二人に見える。カレラの脳内が、警戒態勢に切り替わった。


 荒事に備えろ。その言葉が、頭の中で反芻する。


「その子はうちの子だ。渡してくれるか?」


 手前の男が手を差し出しながら言う。その男をまっすぐに見据えながら、カレラは言った。


「あぁそう。丁度迷子っぽかったからさ」


 言いながら、横目で少女の様子を確認した。彼女は男を見るなり息を詰まらせ、カレラに差し出された手から逃れるように弱弱しく後ずさった。


 オーケー、とカレラは心の中で呟く。脳内を警戒態勢から戦闘態勢へ。荒事の基本は先制攻撃だ。


「保護者を探してたんだ」


 カレラはそう言いながら、少女の左肩を掴んで自身の方へ引き寄せた。


「あんたは父親か?」


 彼女を庇うように、彼は少女の前に出る。


「……そんなところだ」


 男は煩わし気に口を歪ませた後、心底煩わしそうにそう言った。


「ほんとか?」

「あぁ」

「なら、証明して見せてくれ」


 カレラは背の高い男の顔を下から睨み上げ、言った。男はサングラスを掛けていても分かるほどの眼力でカレラと少しの間にらみ合った後、ため息をついて言う。


「……あまり手を煩わせるな、小僧」




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