第一話・ただの不良少年④

 いよいよ時間が来て、カレラはWRXに乗り込み、スタートラインに並んだ。助手席に座っていた藤本はスタートを待ちわびるギャラリーの中に溶け込み、周りの連中と一緒にカレラを煽っている。


 スターターの女の子が、そこで止まるようにカレラにハンドサインを示し、それに従う。フットブレーキで車体を制止し、ギアを一速に入れたまま、クラッチを踏み込み、ハンドブレーキを引き上げる。フットブレーキを離し、これでスタートの準備は整った。


 スターターの視線がWRXのすぐ隣に移る。左隣に青いRX8がそろりと並んできて、制止のサインと共に停車した。

 

 狭い間隔を挟んで、運転席に座るいけ好かない顔が見える。そいつはカレラに睨みを一つ利かせ、視線をフロントガラスの先に移した。


 おどけるように眉を上げ、運転席の上で肩をひそめる。


「おぉ、怖っ」


 思わず独り言を口に出し、カレラも視線を前に移した。ただし、その先はこれから走る道ではなく、スターターの女の子の方を向いている。


 へそ出しのワイシャツに、短めのスカート、ハイサイブーツ。見るなという方が無理だ。


 その子が両手を上げた。スタート五秒前の合図だ。並ぶ二台がアクセルを煽り、ロータリーとボクサーの二重奏が山の頂上に響き渡る。ギャラリーの興奮も最高潮を迎え、雄叫びともとれる歓声が二台を包む。


 「GO!」の一言と共に、その両手が振り下ろされた。二台とも寸分たがわぬタイミングでスタートし、RX8は後ろ二輪で、WRXは四輪でアスファルトを蹴り飛ばしながら、白煙を上げて飛び出す。


 スタート直後の小競り合いの末、前に出たのはカレラのWRXだ。RX8は、ならばとWRXの背後にへばりつく。空気抵抗を少しでも減らし、いつでもオーバーテイクを仕掛けられるような位置取りだ。


 「へぇ」とルームミラーを一瞥したカレラが呟いた。どうやらまるっきりの素人という訳は無いらしい。


 が、それもいつまで持つか。


 二速で上まで引っ張って、素早くギアを三速に叩き込む。電子制御の掛かるターボチャージャーがここから本領を発揮し、WRXは中速域からさらに強烈に加速した。


 後ろのRX8も負けてはいない。レシプロエンジンとは根本から設計の異なるロータリーエンジンは高回転域からが本番だ。相手のそれも、かなり手が入っているのだろう、四輪で加速するWRXの背後にビッタリとくっついてきている。


 そしてこの強烈な加速。ギアを変えるため、アクセルを抜いた際に放つ甲高いブローオフ排気音。


「ツインターボってとこか?」


 大胆にリアを振りながら、今か今かWRXを抜き去るタイミングを見計らうように後方で左右に揺れるRX8。油断すれば、一瞬で食われていしまいそうだ。


「少しは、楽しめそうだなっ!」


 ブレーキを踏み、第一コーナーに差し掛かる。タイヤが悲鳴を上げ、二台の間延びしたブレーキランプが山中に瞬いた。


 

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