第一話・ただの不良少年⑤
山の麓、レースのゴール地点の近くに敷設された休憩所。自販機が一つと、薄汚れた公衆トイレが寂しく設置されているような、ひどく退屈なスペース。がらがらの駐車場にWRXを停めたカレラは、ため込んだ不機嫌を吐き出すようなため息を一つつき、自販機で買った缶コーヒーのプルタブを開けた。
丁度良い暖かさのボンネットに腰を下ろし、左手をポケットに突っこんだまま、乱暴に顔を傾けてコーヒーを浴びるように一口で飲み干す。一瞬で空になった缶を投げ捨て、失望した様子でまた一つため息を吐き出した。
彼がここまで気を落としている理由は二つある。一つは、レースの相手が意外に張り合いがなかった事だ。
最初こそいい勝負になりそうだと心が躍ったものだが、第一コーナーを抜けた辺りから青いRX8は急に失速し、見る見るうちにルームミラーの中で小さくなっていった。
そんなはずはない、もう少しで追いついてくるはずだと自分に言い聞かせ、カレラはそのまま山を下って行ったが、相手のヘッドライトの明かりは、前方に迫るコーナーを二つ三つ抜けた先でバックミラーから消えた。
その先の展開は実につまらないものだった。そのまま、相手を完全に引き離したまま、山を下りきって終了。
まるで張り合いがない。一人でドライブしているのと何ら変わらなかった。フィニッシュラインを先に抜け、歓声が上がる。路肩に止めて相手を待っていると、数秒程遅れてRX8が最終コーナーを抜けてくる。
そのままのスピードでフィニッシュラインを抜けたかと思うと、止まる様子もなくWRXのすぐ横を通り過ぎて行った。先ほどまで歓声を上げていた連中が打って変わってブーイングの嵐を巻き上げたが、カレラ自身は運転席の上で、呆れたように鼻を鳴らしただけでWRXを発進させた。
そして、もう一つの理由というのが、藤本の事だ。正直、ここまで彼が消沈している理由としては、そちらの方が大きい。
レースを終え、藤本が悪友の助手席に乗せられて麓まで下りてくるのを待っていたカレラの携帯に、明るい通知音が響いた。その内容というのが、カレラがレースをしている間に、頂上にいたギャラリーの女の子の一人と仲良くなった挙句、これからその子の家に行くから、もう好きに帰っておいてくれ、というような要件だった。
詰まるところ、カレラは山の中を走り回った後、友人に捨てられたような形になる。女の子としけ込むために、彼は遥々山の頂上まで登らされたようだ。
「クソッタレが」
ポツリと呟いた言葉さえ、山の中を寂しく彷徨っていく。うすら寒い夜の闇の中、エンジンの温かみをボンネット越しに感じながら、くたびれて仰ぎ見た夜空には星が幾つも浮かんでいる。その光景が、寂しさをさらに加速させた。
「……帰るか」
誰に聞かせるわけでもないその言葉をつぶやき、カレラはボンネットを降りて運転席に乗り込んだ。エンジンを掛け、駐車場を後にする。
ここから家までは平坦な道だ。正直、飛ばし甲斐もない。中途半端な回転数で、しけた音をマフラーから垂れ流しながら、白いWRXは帰路に就いた。
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