第一話・ただの不良少年②
車を走らせて三十分ほど行った先にあるコンビニで、外壁に寄りかかる藤本を拾う。
「ういっす」
スマホをいじりながら助手席に乗り込んできた藤本がシートベルトを付けるのと同時に、カレラはWRXを発進させた。
「どこ行く?」
「レースの準備。走る前にオイルとか交換しとかないと」
「へぇ、マメだな。俺のバイク、買ってから一回も交換したことねぇよオイルとか」
「そのうち潰れる」
呆れた様子で鼻を鳴らし、カレラは知り合いのショップにWRXを乗り入れる。まだこの車が祖父の物だった頃から世話を見てもらっている店だ。
「おう、また来たか悪ガキ」
腕を組みながら、低い声を響かせて出て来た壮年のオヤジがショップのオーナーだ。祖父がそのオヤジの事を呼ぶ際の「トラ爺」という略称は、しっかりとカレラにも受け継がれている。
「トラ爺、また頼むわ」
「けッ、百歩譲ってレースすんのはいいが、どっかに突っ込むんじゃねぇぞ」
「ねぇよ、ンなこと」
「どうだか」
エンジンは掛けっぱなし、キーを車内に残したまま、カレラと藤本は車を降りる。トラ爺が空になった運転席に乗り込み、乱暴に閉められたドアが重々しい音を鳴らした。
「えっ、おい!」
「慶太、いいんだよ」
不機嫌をあらわに、眉をひそめて言った藤本をカレラがなだめるのと同時に、トラ爺がハンドルを握るWRXが急発進する。轢かれかけた藤本が慌てて身を躱し、ピットへ走り去っていくWRXの背面に中指を突き立てながら、彼は言った。
「んだよアイツ、あれ客に対する態度か?」
「まぁ怒るなって。あの爺さんいつもあんな感じだ」
「あれでよく店が回るもんだぜ」
「いつ来ても空いてる」
「だろうな」
鼻で笑いながら藤本は言い、カレラと共にショップの中に入る。中に置いてあるソファに腰を下ろしながら、藤本がまた口を開いた。
「でもよぉ、なんであんな奴に車任せてんだよ?」
「あの車、爺ちゃんが乗ってた時からトラ爺が見てくれてたからな。あの人が一番わかってる」
「だからと言ってなぁ」
「ほかにどこか持って行っていくアテも無いし」
いまいち納得のいっていない表情で話を聞く藤本をよそに、カレラは席を立って、店の中に置いてある自動販売機でコーラを買った。缶を取り、プルタブを引き起こしたと同じタイミングで、ショップの裏口からトラ爺が入って来る。
「ほれ、終わったぞ」
「ん、サンキュー」
コーラ缶を一口あおりながら、カレラはポケットから出した一万円札をトラ爺に渡す。
「おう」
ぶっきらぼうにそう一言だけ言って札を受け取り、トラ爺は店の奥へ消えた。
「はぁ!? ぼったくりじゃねぇかよ!」
その様子を見ていた藤本が、思わず椅子から立ち上がって叫び声を上げる。
「慶太、でかい声出すなって」
「えぇ!? でもよ――」
「いつもの事。爺ちゃんの時からこの値段だ」
さらりと言って、カレラは文句ありげな藤本を連れ、トラ爺が入って来た裏口からピットの中へ入る。奥に止められているWRXに乗り込み、バックでショップから車を出した。
「三世代に渡ってぼったくられてんじゃねぇの?」
「かもな」
苛立たし気に呟いた藤本に、カレラはそう返す。
「でも腕は確かだ」
そういうと、カレラは駐車場で車体を反転させ、ショップを後にした。
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