第七十六話 蓮華の下で結ばれて
「いらっしゃい、うちわに扇子、下駄にサンダル、替えの鼻緒もあるよ」
「海桐君、こんばんは」
カイは挨拶するかつらの声に驚いたようだ。慌てて呼びかける。
「
「失礼だぞ、カイ」
抗議する康史郞と後ろの
「
「浴衣にはやっぱり下駄だと思ってね。ちょうど持ってなかったし」
隆は足下の下駄を見せた。
「リュウはいないのか」
康史郞が尋ねたその時、リュウこと柳子の声がした。
「ヒロさん、露店でスイカ買ってきたよ」
かつらが声のする方向を見ると、スイカを抱えたリュウと、風呂敷包みを持った
「おう。帰ったら冷やして食べような」
日よけの付いた戦闘帽を被った廣本がリュウからスイカを受け取った。カーキ色のTシャツに米軍用のアーミーズボンをはいている。ヒロポン中毒だった頃よりはかなり落ち着いてきたが、未だに禁断症状で苦しむことがある、とかつらはリュウから聞いていた。
「スイカを買いに行ったら憲子さんと葵さんが買い物に来てたんだ」
リュウの紹介に続いて緑色のジャンパースカートに花柄の半袖ブラウス姿の憲子が話し出した。
「これから『
「皆さんお元気かしら」
かつらの問いに答えたのは赤いストライプのワンピース姿の葵だ。
「はい。
「大口さんは相変わらず商売熱心だね」
隆が感心する。かつらもうなずいた。
「
「時計といえば憲子さん、花火が始まらないうちに戻りませんと」
葵が梓の形見の懐中時計を見ながら呼びかけたので、憲子はかつらに挨拶した。
「それでは私たちはそろそろ失礼します。かつらさんも花火、楽しんでくださいね」
「ありがとう、憲子さんたちもね」
かつらは憲子にそう言うと手を振った。
「芝原、明日は仕事休みだから『墨田ホープ』にみんなで行くよ」
カイの呼びかけに葵は笑顔で応えた。
「お待ちしてますわ」
「ところでお姉さん、その浴衣手作りですか。きれいですね」
リュウはかつらの浴衣を褒めた。かつらも褒め返す。
「柳子さんのワンピースもよく似合ってるわよ」
「アニキからの誕生日プレゼントなんだ」
黄色のギンガムチェックのワンピースを着たリュウはいつもより大人びた雰囲気だ。康史郎もそわそわしながら答える。
「そうか。良かったな」
「康史郞の浴衣もカッコいいよ」
リュウに褒められ、頭を掻こうとした康史郞は手を止めた。
「そうだこれ、俺からの誕生日プレゼント」
康史郞は手に持った紙袋をリュウに差し出す。
「開けてもいい?」
「ああ」
リュウは紙袋を開くと中身を取りだした。四角い布が広がる。
「これ、お姉さんの浴衣と同じ柄だ」
「浴衣の余り布でスカーフを作ったんだ」
今度こそ空いた手で康史郞は頭を掻いた。かつらが補足する。
「康ちゃんがミシンを使って縫ったの。ちょっとガタガタしてるけど頑張ったのよ」
「ありがとう。ちょっとつけてみる」
リュウは早速スカーフを頭に被り、あごの下で結んだ。
「なかなかいいじゃないか。折角だから康史郞と花火見てこいよ」
カイが呼びかける。
「お店はいいの?」
リュウの問いに答えたのは廣本だった。
「俺とカイがいるし、花火の間は客も来ないだろう。京極、リュウを連れてってくれないか」
「了解です、廣本さん」
隆はわざとかしこまって答える。
「じゃ、あたし行ってくる」
カイと廣本に手を挙げると、リュウは露店から外に出て康史郞の横に並んだ。
「リュウもすっかり一人前の女だし、似合いの二人だな」
廣本がつぶやく。厩橋へと向かう四人を見つめながらカイは呼びかけた。
「リュウ、うまくやれよ」
既に
「人混みが多いから手を繋ぎましょ。離さないでね」
かつらの伸ばした左手を隆、右手は康史郞が繋ぐ。康史郞は自分の右手をリュウに差し出した。
「俺たちも手を繋ごう」
「うん」
リュウは康史郞の右手に自分の左手を重ねた。
ついに花火が隅田川の上空に上がり始めた。見物客のどよめきの中、かつらはかつて家族と見た花火を脳裏にだぶらせながら呼びかける。
(母さん、みんな、見てる? 花火が隅田川に帰ってきたわよ)
かつらには
「見て、蓮の花よ」
かつらの声に隆がうなずく。
「来年もここで、みんなで花火を見よう」
「ええ」
厩橋から花火を見ながら、かつらは新しい家族と暮らせる喜びを噛みしめていた。
(わたしたちは今、
完
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