第八章 蘇る思い出
第五十六話 葵からのハガキ
「お帰り姉さん。
「本当?」
康史郎はハガキを差し出す。かつらはあわてて靴を脱ぐと家に上がり、ハガキを読み始めた。
『
前略 ご無沙汰しております。このたび、
昭和二十二年十一月二十二日
ハガキを読み終えたかつらは、康史郎に呼びかけた。
「康ちゃん、申し訳ないけど明日学校で
「分かったよ。ついでに姉さんと
「余計なことは言わなくていいの。
かつらはあわてて康史郎をたしなめた。
「でも、葵さんはあんなに結婚を嫌がってたのにどうしたんだろう」
「それを確かめるためにも、明日寄っておきたい所があるのよ」
かつらはそう言いながら肩掛けカバンにハガキをしまった。
十一月二十六日、火曜日の縫製工場の仕事終業後、かつらは「
「あら、かつらちゃん、どうしたの」
ドアの向こうでは夕食中だったようだ。中央のテーブルを囲んで
「お食事中にすみません。大口さんと憲子さんにどうしても話したいことがあって」
「それじゃ二階で話そうか」
大口は立ち上がると、階段へと歩き出した。
階段を上ると、廊下の奥に木箱が積まれている。憲子はかつらに説明した。
「おかげさまで、
「内職のお陰でこれを買う費用も工面できたし、本当に助かったよ」
大口はそう言いながら右の部屋のふすまを開けた。
「とりあえず座って話そうか」
大口家の部屋に通されたかつらは、カバンから葵のハガキを取り出した。
「憲子さん、墨田女学校の芝原
「もちろんよ。朝鮮に行く前、かつらさんと三人で写真を撮ったのよね。残念ながら引き上げの混乱でなくしてしまったけど」
「落ち着いて聞いてね。梓さんは結婚した後、空襲でお亡くなりになったの」
憲子の眉が下がった。かつらはそのまま話し続ける。
「その梓さんの妹さんが、このハガキをくれた葵さんよ。十二月十四日に成田さんと婚約する前に形見分けをしたいとおっしゃってるの」
「あの見合いした男と婚約するというのか。しかもうちの再開店予定日とはね」
大口が身を乗り出す。かつらはハガキを見ながら言った。
「きっと何か断れない事情があるのだと思うんです。でも、私たちに助けてほしくてハガキを出したのではないでしょうか」
「なるほど、そういうことなら協力しよう」
大口はそう言うと憲子の方を向いて説明した。
「夏に葵さんが厩橋で身投げしようとしたところを俺と横澤さんの弟が助けてね、その時に『もし本当に逃げたいのならうちに来ればいい』と言ったんだ」
「そうだったんですね」
憲子はうなずく。
「ありがとうございます。二十九日の午後、工場の仕事が終わったら憲子さんとご一緒に芝原家に伺いたいのですが、大丈夫でしょうか」
かつらの頼みを憲子と大口は快く引き受けた。
「ええ。梓さんの妹さん、お目にかかるのが楽しみですわ」
「俺は芝原家の奥様と使用人に顔を見られているからな。夕方『まつり』で詳しい話を聞こう」
「分かりました。よろしくお願いします」
かつらは頭を下げた。
帰宅したかつらは葵宛てにハガキを書き、ポストに投函した。
『芝原葵さま
ご招待ありがとうございます。
二十九日の午後、梓さまのご友人の柏憲子さんと芝原家に伺いますので、よろしくお願いいたします。
昭和二十二年十一月二十六日 横澤かつら』
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