第四十七話 見えない背中
交番を出たかつらと康史郞はそのまま「まつり」に向かった。
「すっかり遅くなっちゃったわ」
早足のかつらに
「姉さんがいなくてお店は大丈夫なの」
「
「もちろんだよ」
康史郞はうなずくとさらに尋ねる。
「そういえば、姉さんなんで
「違うわ。今度ちゃんと話すから」
「まつり」が見えてきたので、二人の話はそこで途切れた。
「康ちゃん、ごめん」
「いいんだよ。姉さんが来なかったらどうなってたか」
征一と康史郞が話しているのを見ながら、かつらは
「そうか、あの兄さんが怪我してまで助けてくれたのか。それにしても、闇市でヒロポンを売っていたことが警察にばれたとなると厄介だな」
店の片付けをする戸祭は、かつらの話を聞きながら難しい表情をした。
「今東京のあちこちでヤミ市の取り締まりが始まってるだろ。ここもいつまでもつか分からん。駅の近くに店を建てられればいいんだが、この住宅難ではな」
「ってことは、ヤマさんの雑貨店もなくなっちゃうってこと?」
康史郞が話に割り込んできた。
「康ちゃんはあの二人が心配なのね」
かつらの言葉に康史郞はうなずく。
「まだ捕まったヤマさんたちがどうなるか分からないわ。もし助けが必要ならその時考えましょ」
かつらはそう言うと味噌汁を飲み干した。
十月十二日、日曜日。かつらはいつものように洗濯や布団干しを済ませ、部屋で繕い物をしていた。康史郞は昨日戸祭家に置いたままのカバンと鍋を取りに行った後、一升瓶で米つきをしている。戸口を叩く音がしたのでかつらは立ち上がった。
「
かつらは慌てて戸を開けた。国民服姿で風呂敷包みを抱えた
「昨日はすみませんでした」
「いいえ、こちらこそ。お怪我は大丈夫ですか」
「京極さん、上がってよ」
康史郞がかつらの後ろからのぞき込む。
「では失礼します」
隆は靴を脱ぐと室内に上がった。
「病院で手当てしてもらったんですが、傷口がふさがるまで二週間ほどかかるそうです。さすがにその間仕事を休んでるわけにもいかないので、傷薬とガーゼをもらってきました。ですが、なにぶん背中の傷なので自分では手当てが難しくて。そこで、申し訳ないのですが横澤さんに助けていただきたいと思って来たんです」
隆は頭を下げる。かつらは隆の背中に視線を落とした。服の下がかすかに膨らんでいる。この下に傷口があるのだろう。
「わたしでできることなら喜んで」
かつらは隆を安心させようと笑顔で答えた。
「ありがとうございます。明日『まつり』から帰る時、私の部屋に寄って手当てしていただけませんか。それと」
隆は風呂敷包みからかつらの手ぬぐいを取りだす。
「洗ったんですけどあまり血の跡が落ちなくて。すみません」
「大丈夫ですよ」
かつらはそう言いながら手ぬぐいを受け取った。
「後、作業服の繕いもお願いしたいんです。自分でやってみようとしたんですがうまくいかなくて」
「そういうの、姉さんは得意だよ」
康史郞が胸を張る。
「甘えてしまってすみません。お礼はまた改めて」
頭を下げる隆にかつらは少し考えると言った。
「それでは、今度上野に一緒に行っていただけませんか。康史郞の新しいセーターを買いたいんです」
「分かりました。それなら私はかつらさんの下駄の代わりになる靴を贈りましょう」
「本当ですか」
かつらは喜びでどう答えればいいか戸惑った。
「私も切られた代わりの下着が欲しかったんでちょうど良かったですよ」
隆は風呂敷包みに入った作業服を取りだそうとした。その顔が少し歪む。
「まだ傷が痛むんですね。無理しないでください」
心配するかつらを励ますように隆は答えた。
「大丈夫ですよ。君たちのお陰で、私は廣本さんと向き合うことができました。この痛みもきっといつかなくなります」
かつらは柳行李から、康史郎が昔着ていた学童服を持ってきた。継ぎ当てに使うためにあちこちが四角く切り取られている。
「ひとまず、切れている部分の後ろに当て布をして縫いますね。あり合わせの糸なんで目立つかもしれませんけど」
「問題ないですよ」
隆は作業着の切れ目に学童服を合わせるかつらを見ながら答えた。
作業服の繕いも無事終わり、隆は風呂敷包みに作業服をしまった。
「それでは、明日からよろしくお願いします」
「康ちゃん、しばらく帰りが遅くなるけど、何かあったらお隣の
かつらの呼びかけに康史郎は笑顔で応えた。
「任せてよ」
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