第六章 戦う決意
第三十八話 かつらへの朗報
十月七日、火曜日の朝。かつらは目を覚ますと寝ている
(康ちゃんがあそこまで考えていたなんて思わなかった。もし
かつらは外に出ると台所で顔を洗い、いつものように食事の準備を始めた。七輪でお湯を沸かし、弁当用のサツマイモを洗い始めたかつらは、自分が隆のために何ができるのか考え続けていた。
(
かつらはサツマイモを洗う手を止めた。昨夜の
『もう大人なんだし、自分で責任を取れるのなら納得いくまでやってみればいいんじゃないかな』
『
(ノリちゃんの言うとおり、このまま二度と隆さんに会えないなんて耐えられない。隆さんが来ないならわたしから会いにいかなくちゃ。今日仕事に行ったら、
ひとまず結論が出たところで、かつらは沸騰したヤカンのお湯を急須に移し、ざるに入れたサツマイモを三センチほど水を入れた鍋の中に入れた。サツマイモをふかしている間にお茶を作り、夕食の残りの玄米をお茶漬けにするのだ。
(そういえば、ゆうべ康ちゃん、母さんのことで何か聞いてたような)
かつらは康史郞の問いを思い出そうとしたができなかった。
縫製工場に出勤したかつらは、支度中の
「おはようございます。うちの人に横澤さんの見た
「ありがとうございます」
かつらは槙代に礼を言うと、アイロンを暖める準備を始めた。
夕方「まつり」に到着したかつらは、店に出る前に戸祭に話しかけた。
「すみません、明日用事があるので休みたいんですけど」
戸祭はかつらの顔を見ると目尻を細めた。
「もう大丈夫みたいだな。ゆうべはお椀も洗わずに飛び出してったから心配しちまったよ」
かつらは照れくさそうに俯いた。
「大丈夫ではないんですけど、今動かないと取り返しがつかないことになりそうで」
「やっぱり、あの兄さんと何かあったのか」
戸祭は味噌汁の鍋に豆腐を入れながら話し続ける。
「わしもあの時兄さんと一緒に夕飯を食べるよう勧めたからな。もし見込み違いだったらどうしようかと思ってたよ」
「京極さんはわたしたちに迷惑をかけたくなくて、一人で
かつらはあえて手紙の内容には触れなかった。
「なるほどな。ところで家は分かるのかい」
「両国駅近くのドヤに住んでると言ってましたので、駅の出口で待とうと思います」
「分かったよ。店は
「征一君も宿題があるのに、すみません」
恐縮するかつらに戸祭は呼びかけた。
「いいんだよ。あいつも小遣い稼ぎができるからお互いさまさ」
「では、今日はその分がんばります。今日の魚料理は何ですか」
かつらは前掛けを締めた。戸祭もいつもの表情に戻る。
「焼きさんまだよ」
仕事を終え、家に戻ってきたかつらは驚いた。室内に康史郞と山本夫妻が座っていたのだ。
「おじゃましています」
槙代が一礼する。背広姿の
「細君から横澤さんの話を聞いて、会社にあった戦前の地図を調べてみたんですよ」
隼二はカバンから折りたたまれた紙を取りだして広げた。
「横澤さんが見たのはこんな地図ですか」
かつらは紙面をのぞき込む。地番が載っている細かい図面に、厩橋から続く道路の予定図が描かれている。驚いたかつらは声を上げた。
「この点線の道路、確かにあの地図にも描かれてたわ」
「やはりそうでしたか。この道路は戦前に計画されていたんですが、震災や戦争で白紙になったそうなんですよ。この地図と同じものを手に入れた地上げ屋が悪用したんでしょうな」
隼二の説明を聞いたかつらは安堵した。
「良かったわ。わたしたち立ち退かなくてもいいんですね」
「横澤さんたちを早く安心させたくて、夜遅くですけど待たせてもらったんですよ」
槙代の心遣いにかつらは一礼した。
「ありがとうございます。このことを京極さんが言っていた刑事さんに知らせれば、取り締まってくださるかもしれません」
「刑事さん?」
かつらの隣で話を聞いていた康史郞が尋ねる。
「ええ。警視庁の、確か
かつらの答えに隼二の顔色が変わった。
「警視庁の新田金三って、もしかすると金ちゃんのことか」
「会ったことがないので分かりませんけど」
「金ちゃんは中学まで一緒だった幼なじみで、警察の訓練所に行ったんですよ。もしそうなら、私もぜひ会いたいですな」
「私たちの家も立ち退かされるかも知れないんですよ。そんなのんきにしていられませんわ」
浮かれているような隼二を槙代がたしなめる。
「失敬失敬。とりあえず、この地図は会社で写しを取って渡しますよ」
「それでは失礼します。おやすみなさい」
「こちらこそよろしくお願いします。おやすみなさい」
かつらは一礼すると、帰る山本夫妻を見送りに玄関へ出る。部屋に残った康史郞は静かに決意した。
(やっぱり京極さんに会わないと。ヒロポン運びのこと、地図のこと、早く伝えなくちゃ)
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