第9話 久しぶりの我が家

 会社に着くと、チワワ嬢が驚いて目をいた。

「キャン、どうしたのです佐藤さん。茨木の方に行ったと聞いたけど、遭難してたのね。おいたわしいや~」

いたわしいと言いながらも、チワワ嬢はスマホに自撮り棒を持って受付を出てきた。

「生還、おめでとう。キャン、はい、チーズ」


 しばらくすると、制服警官を引き連れた刑事が来た。刑事は警察手帳を見せた。

「今、怪しい男が来たろう。何処へ行った」

「別に、怪しい男なんか来ませんけど」

「いいや、怪しい風体ふうていの者が、ここへ入るのを見た」

「何かの間違いでしょう」

「隠すと為にならんぞ」

「おおコワ、どう為になりませぬの」

女子おなご、おかみに逆らったらどうなるか分かってるのか」

「まあ、悪代官みたいな」

「この~」

受付嬢は、2ヶ所の防犯カメラを指した。

「権力をカサにきた警官の横暴を、メディアにさらして良いのですか。録音もされてますよ。

そもそも、何の嫌疑があっての要求なのですか。あなた方の姓名、階級、所属を述べなさい」

「いや・・・・その・・・・」

刑事は、警官と額を突き合わせて相談を始めた。嫌疑といっても、怪しいというだけなのだ。

「いや、申し訳ありませんでした。ご無礼をお許しください。我々は治安を預かる身として、不審の者にはお尋ねする習性がありまして・・・・そちら様に不審がなければ、問題ありません。出過ぎたことをいたしました。はい、すみません」

「分かって、いただけたかしら」

「はい、もう」




 もう、ひどい成りだ。頭はぼさぼさ、無精ひげがざらざら、服はよれよれ、走って来たので息切れが激しい。よれよれのシャツがはみ出ていて、「あっ!」と気付いたらチャックが全開だった。急いでチャックを上げようとしたら、引っかかって上がらない。

そのまま廊下を歩くと、出会う者が皆一様に驚く、驚いて退く者、スマホで撮る者、質問責めにする者、付いて来る者。

第二営業部に着く頃は、大勢がつきまとっていた。

着いてみると「オオウー!」と、どよめきが上がった。

「よくご無事で」「茨木の秘境で、遭難したんだって」「あ~あ、よれよれだねえ~」

「熊と格闘したんだって」「イノシシに追い回されたって聞いたけど」「生還、おめでとうございます」「写真、撮らせて~」

いっぺんに、動物たちがってたかって大混乱になった。


 動物たちをかき分け、女神さまが寄って来た。

と、思ったら物も言わずキスをしてきた。

周りが騒然となった。

牛が「モオオォ~」とべろりとなめ、「メエエェー」とヒツジがなめ、「ケケーン」と銀ギツネがなめ、鶏が「コケッコッコー」とツツき、馬が蹴りを入れ、ヤギが頭突きをかまし、収集の付かない事態となってしまった。

女神さまは悪魔に変身し、ムチで誰彼かまわず叩き回っている。

ポケットはちぎれてぶら下がり、あちこちかぎ裂きができ、それでなくともよれよれの姿がより悲惨な状態となってしまった。

「ブオオオ~、止めんかー」

象アザラシ部長の一声で、ようやく騒ぎが沈静化した。

「佐藤くん、話は社長から聞いてる。今日は帰って休め。その成りではなあ・・・・。会社の運転手を使ってよろしい。帰りなさい」

「はい、ありがとうございます」


 何日か振りの我が家だ。玄関には母ブタと妹シカが迎えに出ていた。

「ああっ!」

「何それー!あっ、母さん、大丈夫」

母ブタが卒倒してしまった。介添えしてリビングまで運ぶ。

「大丈夫よ。それより晴ちゃん、その成りはどうしたの。茨木に行ったと聞いたけど、遭難したの。まあ、ケガしてるじゃない。大丈夫なの」

「あら、これケガじゃない。キスマークよ。何なのよう、これ~」

「まあ、ホント。?、茨木にはアマゾネスが住んでるの」

「後で説明するから、取あえず風呂」

「待って、その前に記念撮影」

はなシカは、嬉々ききとして自撮り棒を取りだした。

SNSに上げるつもりだろうか。



 ご訪問、感謝です。

第9話で終わりとなります。ありがとうございました。

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母さんはブタ 森 三治郎 @sanjiro

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