第7話 茨木の漁協

 僕はさっそく、部下となった明野あけの 進志しんじを伴い出向くことにした。明野は何となく縁起が良いし、アシカ顔なら海に向いていると思ったからだ。

漁協では、漁協長の琴野 甚兵衛じんべえが出迎えてくれた。名前の通りジンベイザメのような平べったい顔をしている。タコとかイカ、アナゴなどの理事がぞろぞろと居揃った。漁協だけあって、海産物魚類が多い。アシカを連れて来て正解だった。


 方々を案内して貰い、昼食をごちそうして貰った。

さすが漁協、新鮮で豊かな魚介類だ。

午後、漁協長と事務所を訪ねた。僕の希望だ。

事務長の小々椰ここやしを紹介された。うなぎ顔のヌメっとした男だ。何か違和感があった。

「仕入帳と貸借対照表を、見せてもらえませんか」

「え~」

「ダメですか」

「これは、漁協の秘密事項ですから」

「うちの数字が間違っているかもしれないのです」

「監査を通ったものです。監査役の承認も得ないと・・・・」

小々椰はかたくなだった。ひれがプルプルと震えている。

「いいじゃないか、公開してる資料だ」

「は・・・・い」

小々椰は汗が噴き出した。挙動不審だ。

「仕入帳を出して」

小々椰がパソコンを操作した。僕はブラシを逆さに持ち、コツコツコツと床を叩いた。

「次・・・・」コツコツコツ。

「止めて」コツコツコツ。

「次・・・・」コツコツコツ。

何回か繰り返すと、突然、小々椰がガラッとイスを投げ出し、額を床にこすり付け土下座をした。

「申し訳ありません」

「・・・・何事だ」

「たぶん不正経理ですよ」

「何~」

「申し訳ありません」

小々椰は、土下座したままだ。

事務所は騒然となった。

僕らは忘れられた存在となった。お客さまどころの騒ぎじゃなくなったらしい。


 僕と明野は、漁協近くの食堂でコーヒーを飲んでいた。

漁労長から電話があって、食堂に居ると言ったら飛んで来た。

「いや、お見苦しいところを見せてしまって」

「よくある事です。いや、よくあってはマズイですね」

「いや、お恥ずかしい限りです」

「ところで、刺し網漁っていつありますか」

「巻き網なら、明日ありますが」

「それに、乗せてもらえませんか」

「え~」

漁労長は、『なにを言い出すのか』といった非難めいた反応だった。

「漁業の体験は」

「無いです」

「釣り船の経験は」

「無いです」

「え~」

「何か資格が必要ですか」

「そんなものは要らんが・・・・」

『まあ、素人が見学すると言っても、すぐ音を上げるだろう』と思っているらしかった。

「朝、と言っても真夜中だけど、早いよ」

「はい」

「それでも良けりゃ船長に話すけど、決めるのは船長だよ」

「はい、ありがとうございます」

話しは決まった。


 外は真っ暗で何も見えない。ゴゴゴゴォとエンジン音とザザザザーと、波をかき分ける音がしている。

キャビン内は起きているのは僕一人。操舵室に一人。あとは各人ごろ寝をしている。

僕は気分が悪く、寝るどころではない。

夜が明けるころ皆が起き出してきた。

あんちゃん、気分はどうだい」

タコ船長が聞いてきた。

「それが・・・・どうも」

「始めは皆そうさ」

「どこまで行くのですか」

「どこまでって、遥かかなたの海までかな。魚影が見つかるまでってとこかな」

漁船、豊栄丸はのんびりムードが漂っていた。僕は誰彼から話しを聞き、スマホで写真を撮り動いていた。貴重な体験だ。漁協の現場の実態と、意見を聞くことができる。

皆気さくで、カラっとした竹を割ったような性格ばかりだ。

ただ、少し粗暴だ。


 出港してから2日目の朝、緊張がはしった。

魚影を発見、友船との位置確認、漁網投下、全速前進ete・・・・。

ピリピリとした緊張感のもと、乗組員はキビキビと動く。

成果が出た。大漁だ。

僕は「遠くで見ていろ」と言われたにもかかわらず、知らぬ内に水揚げ網に近づき過ぎていた。ザザザザーと、水しぶきをまともに被ってしまった。

皆、雨具を使用している。船長が、ずぶ濡れの僕に気付いた。

「大漁ですね」

「あははは、サバ大漁だ。あははは」


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