第4話 社長、ライオン

 富盛食品には10時ごろ着いた。

受付にはペルシャ猫がいた。耳あたりと鼻の周りがこげ茶、あとは白っぽい。つややかだ。目が鮮やかなブルー、実に妖しい、蠱惑的こわくてきだ。

僕は、ぼ~と見とれてしまった。

「なにゃか・・・・・?」

「お美しい」

「にゃ~、なにゅをおっしゃります。おふざけは、およしにゃさい。ここに、来社目的を書いてください。これ、認識証」

シャム猫は、優美にこげ茶の長い尻尾をゆらゆら揺らしていた。

差し出されたドラエモンのような手に、僕の手が重なった。

丸い肉球の間から、鋭いかぎ爪がにゅ~と出て来た。


 仕入部のメガネを掛けた、カピバラ団子だんござか課長が出迎えてくれた。

仕入部はけっこう忙しそうだ。ロバが段ボール箱を抱えて右往左往していたり、イノシシが台車をガラガラ走らせドスンとドアにぶつけたり、ここにも百瀬みたいなムササビがいてひらりひらりと移動してるし、ちゃんと仕事になってるのか心配になってきた。

ここは、カオスだ。

『僕の妄想視かな、う~ん、一向に治る気配がない』


取りあえず商談を終え、次の予定を確認すると僕は廊下へ出た。

と、向こうからリャマを従えたライオンが、悠然とした足取りでこちらへ向かって来る。

『ウワ~!』恐ろし気な相手、関わりたくない。僕は書類を見る振りをして、壁を向いた。

知らんぷりして、やり過ごしてしまえ。

しばらくして振り向くと、ライオンの大きな顔が目の前にあった。

「うわー!」

僕は、大声をあげてしまった。

「何だね、君。何をそんなに驚く。君、どこの者だ」

「う、海野商事の者です。佐藤といいます」

僕は、慌てて頭を下げた。

「海野商事・・・・・」

早く立ち去れと思っても、何故かライオンは立ち去らない。僕は、頭を下げ続けた。

「君、社長室へ」

「え~、予定が~」

リャマが困った顔をした。

「ちょっとぐらいいいだろ。延期でもいい。どうせ、大した用でもない。中止でもいいかな」

「え~、はい、分かりました。伝えます」

「うん、急用が出来たとか、上手く、適当に言っといてくれ」

「はい」

頭の上で、何やらやり取りが為されている。ライオンが立ち去る気配がない。何かマズイことしたかなと思っても、思い当たるフシもない。

「君、佐藤くん」

「はい」

「その背中のブラシは何だね」

「魔除けです」

「・・・・・」

ライオンは難しい顔をしていた。答えを、探しあぐねている顔だ。

「君、社長室へきたまえ」

「え~!」

「何か、不都合でも」

「いえ、そのような・・・・・はい、お供いたします」

「うむ」


 社長室は広々として豪華だった。

「掛けたまえ」

社長は、高そうな応接セットを示した。

「君、佐藤くん、何を飲む。お茶、コーヒー、ウーロン茶」

「コーヒーを、うんと苦めでお願いします」

もの凄い苦めのコーヒーなら、気付けになるかもしれない。

社長は、インターホンに向かって注文品を伝えた。

僕は名刺を出した。社長も名刺を取り出した。

富山とみやま 淑造よしぞうとある。はて、どこかで聞いたことがあるような?。

「君、麗果れいか、富山 麗果は元気かね」

「富山 麗果・・・・・さん」

「私の娘だ。社会勉強のため、海野商事さんでお世話になっている」

すべて氷解した。コワモテの親バカ親父だ。一辺で気が楽になった。

「それは、もう・・・・・」

僕は、有ること無いことまくし立てた。社長はうんうんと聞いている。

コーヒーが来た。

「苦っがー!」

「君の希望なんだが」

ライオンが「ガオー!」と吠えた。『ビク!』っとしたが、ライオンが笑ったのだと知った。

「君、佐藤くん、麗果の悪い点が有ったら言ってくれ。注意する」

「う~ん」

僕は考える振りをした。本当は何も知らない。

「僕の知っている限り、そんなものは何も有りません」

キッパリ言った。本当のことだ。だって、何も知らないのだから。

「ガオォ~!」とライオンが吠えた。

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