第3話 課長がウマで

 翌日、6時に目が覚めた。僕としては、異常に早い時間だ。

驚く母ブタをしり目に、外に出てみた。外は相変わらず、人間の姿はない。

みんな、下手な映画メーキャップ担当が作った、いい加減な半人半獣の出来損ない作品みたいなのばかりだ。

中には、ハイエナみたいなアブナイ感じの無法者もいる。ナメクジみたいな気色の悪い、近づきがたいヘンタイもいる。

帰路「何か対策を考えないと、いけないな」と思い、何げに物置を開けた。

モップがあった。ブラシがあった。

「ブラシがいいか」

僕はそこにあったビニール紐でブラシを、背負えるように結んだ。


 居間に入ると鹿が「ケーン」と鳴き、セイウチ何だかトドか分からない海獣が前ひれ?をバシャバシャはたいていた。

「トドに鹿にブタかよ」

「えっ、何か言った。ケ~ン、ケンケン。兄貴どうしちゃたのよう。年寄りでもないのに、異常に早起き」

トドが「ブブッ!」っと何か言った。

「雪でも降るかもよ」

ケンケン、ブブブブ、ブヒッブヒッ、佐藤家の食卓は異常に賑やかだ。

鹿が席を立った。ケツのふわふわした白い毛が見えた。

僕は、何気にそのふわふわした白い毛に触った。

「何すんのよ。ケケン、ヘンタイ!」

バシッと、骨っぽいヒズメで頬をぶたれた。異常に痛い。

「ゴミが付いてたからだよう」

「うそ、そんなことを理由に女の人にベタベタお触りしてんでしょう。ケ~ン」

「ブヒッ、そうなの」

「そんな訳ないだろ。会社に行く」

「待って、その背中のブラシは何なの、ブー」

「仕事で使うんだよ」



 「兄貴何かヘンね~」

はなもそう思う。昨日から変なのよ。朝、出し抜けに私をブタ呼ばわりして、家を飛び出したと思ったら、パトカーで戻って来て。お巡りさんに理由を聞くと『ズボンをはき忘れちゃったみたい』と言うし、不審者として通報されたのね」

「なにそれ~、アブナイじゃん」

「そうなの~」

「医者に診てもらった方がいいな」

「お父さん、トド呼ばわりされてたしね」

「そういうお前は、鹿らしいぞ」

「ブタよりはいいわよう~」



 僕は獣の雑踏の中、ようやく会社にたどり着いた。

海野うんの商事しょうじの受付には、チワワがちんまりと座っていた。

『なるほど、受付のカワイ子ちゃんは、チワワだったんだ』

「おはようございます。きゃん」

「おはようすっ!」

「きゃん、その背中の物はなんなのですか」

「魔除け」

「きゃん!」


 第二営業課には、第二井筒いづつ課長が馬面うまづらを下げて待っていた。

「ブヒヒヒ~ン、佐藤、とみもり食品しょくひんの輸入小麦の件の打ち合わせはどうしたんじゃー。

富盛さんに断りを入れたんかー。ブルルル~」

挨拶も無しに井筒第二課長は、パカパカとヒズメ音も高く、鼻息も荒くいきどおっていた。

「どう、どう、どう」

僕は、いきり立つ馬の手綱たづなを取り、首すじをポンポンと叩いた。

「何をするんじゃー」

「落ち着けー、どうどうー!」

僕は手綱を引き締めた。

「佐藤、気は確かか。く、苦しいー。まだ熱があるんか~ブルル」

「どお~」

「富盛さんは~」

「今、電話を入れる」

僕は自分の机に向かった。その時、ようやく課の全動物たちが固まっているのを知った。

『知ったことか』と思った。忖度そんたくする気はない。動物では、うやまう意欲が湧かない。人間の課長には敬意を払っていたけど、馬課長には敬意を払おうと思っても払えない。鹿と連れ立ったら、馬鹿だし。


 電話をしていたら、モモンガがひらりひらりと寄って来た。

「佐藤さんて野性的~、どうしちゃたの~」

こいつは、百瀬 夏だな。滑空が得意らしい。

「課長が馬に見えるんだ」

「きゃ~、馬が、馬が・・・・私・・・・」

「君はモモンガ」

「え~、モモン・・ガ~」

モモンガは後ろによろけると、ひらりひらりと帰っていった。

隣のアライグマ荒川が、話しかけてきた。

「どうしちゃたのさ~、課長が馬で百瀬さんがモモンガ、俺は?」

「アライグマ」

面倒だから「羊、ニワトリ、ヤギ、牛、ネコ、銀ぎつね、犬」と次々と指さした。

「行ってくる」

僕はカバンを手に、出て行った。


 「ねえ~佐藤さん、野性的~、ワイルド~」

「すごいね~、課長のネクタイ掴んで引きずり回してたものね~」

「顔をパンパン叩いて、いくら課長さん顔が長いったて、馬扱いはね~」

「課長が馬なのは解るけど、私、モモンガ~ショック」

「吉田さんが羊、下川さんがニワトリ、八木さんがヤギ、お局さまは銀ぎつね、猫田は牛、牛島はネコ・・・・」

「猫田さんが牛で牛島さんがネコって、間違いじゃないの」

「なに相談してるの」

「お局さまは、銀ぎつねなんだって」

「へえ~」

「君たち、何をゴチャゴチャ話してるのかー、早く仕事に付き給え。解散!」

課長の馬声が響いた。


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