1メートルの文通
@master0804
1メートルの文通
僕は何者でもなかった。
そんなことは分かっていた。
学校に行き、ただ毎日を過ごすだけ。
退屈な一日、それが日常のはずだった。
朝、学校に着いて教科書を机の中にしまおうとした。
何かが入っている、取り出してみるとノートの切れ端のようだ。
中には「今日、罰ゲームであなたに告白しますので振ってください」と書かれていた。
くだらないと吐き捨てることも出来ず放課後を迎えた。
帰ろうとすると隣の席の女の子から声を掛けられた。
「…あのっ!」
「…誰だっけ。」
「…木島です。隣の席の。」
そっけない態度を取り、さっさと帰ろうと思ったら教室の入り口が塞がれていた。
「…なるほどね、何か用かな?木島さん。」
「…あなたのことが好きでした。是非お付き合いしてください。」
感情のこもってない声に納得した。
ああ、この子が朝の手紙の子か。と。
「悪いけど人と付き合うとかは考えてないから無理かな。」
「…そうですか。時間を取らせてすみませんでした。」
そう無表情にいう彼女の後ろには煩い声で騒いでいる女達がいた。
私の勝ちとかまさか振るなんて思ってなかったとか、負けたとか聞こえた。
俺は木島さんに朝の手紙をくしゃくしゃにして渡した。
小さい声で「返信渡しとくわ。」と言った。
次の日、また机の中には手紙が入っていた。
中を開けると「よろしくお願いしますね」と書いてあった。
昨日の紙とはまた別で今日は付箋だった。
昼休みになり弁当を食べようとしていると金髪の男が机を叩いて睨みつけてきた。
「オイ陰キャ!てめえナニ調子こいてんだよ!」
「…何のことだか全く分からないんだけど。」
本当に心当たりがなくそう返すと。
「陰キャのくせに女振ってんじゃねえぞ!てめえのせいで3万パアじゃねえか!」
そう怒鳴るように捲し立ててくる。
そうか、こいつが昨日の件の参加者か。
そう思うと胸ぐらをつかんできて引きずっていく。
連れていかれた先には昨日の女らしき人物が3人いた。
その後は囲まれて殴る蹴るといった暴行が始まった。
10分ぐらい経った頃だろうか。
すっきりした顔でこちらを見る3人組は突然睨んできて「チクったら殺す。」と言ってきた。
ボロボロになった後、先生から何かあったのかと聞かれたが階段で転んだと伝えた。
そして帰ろうとするタイミングで彼女の靴箱に付箋をくしゃくしゃにして入れた。
それからは同じような日々を過ごした。
金銭の要求は断ったが、それが火を付けたように暴行が過激化していった。
そして毎日机の中に手紙とともに絆創膏が入っていた。
手紙のやり取りは最初は大丈夫ですかとしか書かれてなかったけど日が経つにつれて雑談に変わっていった。
まあ、血が止まらないぐらいボコボコにされた次の日は「警察いきます?」だったけど。
それでもどこかで俺は楽しんでいた。
どんな形でも他人と触れ合えるその手紙に元気をもらっていた。
ある日、俺は病院に運ばれた。
暴行が過激化しすぎた。
女が「お前ムカつくんだよ!」と叫んだ後に鉄パイプで殴られた。
そこで意識を失い血を流し倒れている俺を見つけた木島さんが救急車を呼んだらしい。
教師からは「なぜもっと早く言わなかった!死んでたかもしれないんだぞ!」と説教された。
そしてあの三人の末路と成績維持のための課題を40センチぐらい積まれた。
誰も見舞いには来なかった。
退院して学校復帰の日、机の中には一通の手紙が入っていた。
付箋ではなく便箋を封してある手の込んだものだった。
中には「今日の17時に話があります。教室で待っていてください。」
そう書かれていた。
約束の17時、教室で待っていると退学になったはずの3人を筆頭に10人ぐらいがぞろぞろと入ってきた。
金髪は「てめえのせいで退学になっちまったよ。どうしてくれるんだコラァ!」と喚いた。
そして10分ほど暴行を受けた頃、見回りに来た先生が通報してアイツらは逮捕された。
先生は「大丈夫か!?」とでかい声で心配してくれた。
そして保健室で治療が行われた後、「気を付けて帰れよ。」と言いながら去っていった。
下校には警察が付いてきてくれた。
警察曰く「もしかしたらアイツらの仲間が帰り道を襲ってくるかもしれない。」ということで言葉に甘えて家まで送ってもらった。
家に帰り手紙を読み返すと便箋の裏側に滲んだ文字で「待たないで帰ってください。」と書かれていた。
俺は抑えきれない涙とともにどこか安心感を感じてそのまま眠りについた。
次の日、先生から電話が掛かってきて「お前は一回休学になったから学校に来るな。単位のことは何とかするから安心しろ。」と言われた。
優しい人だ、そう思いながら家でゴロゴロしているとなぜか木島さんが家に来た。
厚さ60センチはある紙を渡された後、「先生からこれやれば留年しないからちゃんとやっとけって…」と言われた。
そして、小さな声で「明日の17時に近所の公園で待ってます。」と言われた。
俺は声を荒げて「どうせ罠なんだろ⁉いい加減にしろよ!」と叫んでしまった。
それでも木島さんは俺の方を見て、「待ってますから。」と言いそのまま駆け出してしまった。
その夜は眠れなかった。
罪悪感なのか、恐怖なのか、怒りなのか、分からないまま気付くと朝になっていた。
17時、公園に行った。
辺りを見回しても人の気配はなかった。
また騙されたかと思い帰ろうとしたその瞬間。
ベンチに座る木島さんが見えた。
こちらに気が付くと手を振っている。
俺はゆっくり近づき、木島さんの隣に座った。
「あの…おれ…」
うまく喋れない。
のどが渇いて仕方がない。
そんな俺を見た木島さんは俺に向かってこう告げた。
「あなたのことが好きです。」
俺は固まった。
「…なんで、俺なんかのことを…」
「…私はいじめられてました。つらかった。怖かった。なんで誰も助けてくれないんだろうってそう思ってました。でもあなたはあの罰ゲームから私に道を記してくれた。あの付箋でのやり取りが楽しかったんです。とても楽しかった。だから好きになりました。そんな理由では駄目でしょうか?」
そう凛々しく話す彼女に俺は見惚れてしまった。
声が出なかった。いや出せなかった。
「強いな、君は…」
それしか言えなかった。
沈黙の後、彼女は顔を真っ赤にしながら一枚の付箋を渡してきた。
そこには、「あなたのことが好きです。付き合ってください。 はい・いいえ」
そう記されていた。
俺は迷わず丸を付けて彼女に渡した後に言った。
「よろしくお願いします。」と。
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