第7話

「……リッシュ?」


 リッシュに渡したイヤリングから少し異常な魔力の波を感じた気がしたキュローは、そっと外を眺める。ウェズケットから遠く離れたキュローの魔法研究所からは、リッシュの姿だけでなく、ウェズケットの地も見えない。


「……リッシュにも会いたいし、少し近くまで不法入国しに行こうかな」




 各国の国境には魔法障壁も物理的な壁も存在する。しかし、世界最強の魔法使いキュローにとっては、そんなものは意味をなさないのだった。最も、今までキュローがルールを破ったことがないため、その事実を知っているのは彼の師匠以外いないが。



「あっらー! 真面目なキュローが珍しいじゃない? なになに? 前に話してた子? あれなら透視魔法使おっか?」


「師匠……でも、少し不穏な気配を感じたので助かります。異性である僕が見ちゃいけなさそうな光景だったら、即切断してくださいね?」


「もっちろんよー……ってやだ。ものすごいピンチよ??」





 師匠が壁に投影した映像には、リッシュがラスタに地下室に放り込まれる場面が流れていた。


『ラスタがお父様を……? なんで! どうしてよ!』


『うーん。僕をリッシュから引き離そうとしたからかな? いろいろ調べてて……あの人にとっても邪魔だったしね。リッシュは少し悲しむかもしれないけど、僕と一緒にいられないことの方が悲しいんだから、いいよね? かわいいリッシュ。僕の下から逃げ出そうとしたら、許さないよ?』


『そんな……』




「……この男の子、やっばいわね」


「リッシュ……掴まれた腕が赤く腫れてるじゃないか」


「あんた心配するの、そこ?」


「この男がリッシュを殺したりはしないだろうと思うけど……拉致監禁とは被人道的だな」


「殺さなくても、自分の思うがままにするわよ、この手の男どもは。さっさと助けに行ってらっしゃい? 無理して戦わなくていいから、防衛魔法の最上級の展開装置と隠密行動用の服、貸してあげるわ」


「ありがとう、師匠」


「ちなみに、その防衛魔法の展開装置、カスタールに貸出すると1晩500億パルスかかるから、大切に使ってよ?」


「国家防衛レベルの装置!? そこまでの装備、いるのかな?」


「備えるなら備えた方がいいわ。この男の子、ウェズケットの生み出した天才って言われてる子でしょ?……それに、彼から嫌な気配を感じるわ」


「師匠の勘は当たるから持って行くよ。隠密行動用の服に着替えて……リッシュ、助けに行くよ」














「くっ、ぐず、ラスタがお父様を殺していたなんて……きっと私を二度とここから出す気がないんだわ」


 悲しみに打ちひしがれながら、リッシュは父を殺したときに使った証拠をそっと撫でる。


「お父様……お父様の無念を晴らして差し上げたいわ。お父様……。キュロー……」


「呼んだ?」


「きゃっ」


 突然現れたキュローの姿に、思わず叫びそうになったリッシュの口を慌ててキュローは塞ぐ。


「しっ、あいつはどこかに行ってるんだろ? 今のうちに逃げるぞ」


「ど、どうやって? ここはラスタの屋敷なの。ラスタは天才と言われるほどなんでも作れるの。多分、私が抜け出したらすぐにわかるようになっているわ」


「うーん……でも、僕の侵入はまだ感知されてないよね? 僕の魔法なら彼の技術に勝てるんじゃないかな?」



 そう言いながら、リッシュの腫れ上がった腕に癒しの魔法をかける。



「……これは彼がリッシュのお父様を殺した証拠になるね。安全な場所に転移させてもいい?」


「ありがとう。お願いします」


 淡く光った物たちは、キュローの魔法研究所の保存スペースへと転移した。ここにあれば、いつでも取り出せるのだ。


「うーん、一応、リッシュの姿を複製してみようかな? 泣き続けている様子で、3日間を限度に消えてしまうけど」


「私が抜け出したことを知ったら、ラスタはどれだけ怒るかわからないから、バレないようにしたいな……お母様も殺されてしまうかも……」


「大丈夫だよ。君のお母様も叔父様も守って見せるよ。もちろん、君もね」



 そう言って、リッシュの複製ーーついでに、ルカルドを殺した証拠たちもーーを作り出したキュローの魔法は、通常人が使ったら3日は寝込むほどの魔力を消費した。


「うーん、少し身体が軽くなったかな? そうだ。そのブレスレット、この複製に着けさせよう」


「できるの?」


「普通の技術ならリッシュと同じ物と誤解するくらいに正確に作り上げたから、いけると思うよ」



 不安がるリッシュの手を取り、複製の手首の部分を薄くする。重なった部分からそっと動かすと、ブレスレットは無事複製へと付け替えることができた。




「じゃあ、行こうか? 僕に触れて。転移するよ」




 地下室に静かな風が吹いて、さめざめと泣き続けるリッシュの複製だけが残ったのだった。

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