第3話

「リッシュ」


「はい、叔父様」


「国王陛下がご挨拶にいらっしゃることになった」


「え?」


「リッシュのお父上であられるルカルド兄様は、国王陛下の覚えがよくてな。10回目の儀式には出たいと先ほど連絡が来た」


 弔いの儀式は、通常1日で終わる。しかし、ルカルドの弔いの儀式は異例の3日間の儀式となっている。1日目は家族のみ。2日目は民衆や近隣の領地の領主。3日目は比較的高位の貴族が集まる予定であったが、国王の参列は想定外だ。


「私は国王陛下のお目汚しにならないように下がっておりますね」


「いや、なんでだ? ルカルド兄様の忘れ形見であるお前こそ、国王陛下に挨拶するべきだろう。形ばかりの領主の私よりも」


「え?」


 先ほどメイド長に聞いた話を勘案すると、嫌味ではなくイカルドの本心からの言葉なのだろう。



「国王陛下に会うのに問題ない服を用意しておく。……ウェスティ、至急服を仕立てたいと使いを出しておけ」


「かしこまりました、旦那様」


 ウェスティと呼ばれたメイド長は、音もなく退出していった。


「リッシュは、ウェスティと一緒に服を仕立ててもらえ」


「はい、叔父様。ありがとうございます」


「礼を言うようなことではない。お前のためでなく、エスタリア家の威信に関わることだからな」



 顔を背けながら言うイカルドのセリフだけを聞いて、いつも傷ついていたリッシュは、背けたイカルドの顔が微かに赤いことに初めて気がついたのだ。









ーーーー


「そういうことで、明日国王陛下がいらっしゃることになったの。ラスタも明日、参列してくれる予定だったよね?」


 リッシュの部屋の窓に現れたラスタに、リッシュは語りかける。

 リッシュの部屋は2階にあるが、近くの大木の上までラスタが来て話すのが2人の昔からの関係だ。



「……いや、明日はやめておくよ。リッシュは僕がいなくても大丈夫そう?」


「思ったよりも叔父様もお優しいから大丈夫そう。でも、お母様と一緒にいるようにするね?」


「うん、そうしておいたほうがいいと思う」



 そう言ったラスタの顔が恐ろしく、リッシュは不思議そうだ。




「……リッシュは僕がいないといけないよね?」


「どうしたの? ラスタ。もちろん、ラスタがいないと私はダメだよ」



 笑い合い、満足したように去っていくラスタの姿を見送り、服を仕立てに向かうのだった。












「急がせてしまい、申し訳ございません」


「お嬢様に謝っていただくようなことではありませんよ。王族に謁見するための弔いの儀式用の服なんて、普通の貴族の家にもなかなかありませんからね」


 国王陛下が来ることは流石に漏らさないので、王族に謁見しにいくことになったが、着替える余裕がないため先方の許可を得て儀式用の服を仕立てると話をつけてあるようだ。多少の無理のある話で合っても、貴族御用達の仕立て屋だ。深くは追求しないという術を身につけている。


「では、あとで私が受け取りに参りますね」


「ありがとうございます。……ウェスティさんがご自身でいらっしゃるんですか?」


「大切なリッシュお嬢様のお召し物ですので。実は、旦那様の指示です」


 そう言ったメイド長ウェスティは、嬉しそうに言葉を続ける。


「ふふふ、名前を覚えてくださったのですね。ありがとうございます」





 仕立て屋でのやり取りを終えた二人は店の外に出る。


「旦那様がリッシュお嬢様も連れて王都で買い物してこいとおっしゃったので、何か興味があるお店があったら、お連れしますよ」



「……では、領地の畑に植える作物やその道具が売っているお店があったら、見てみたいです」


「ご案内いたしますね。リッシュお嬢様。私には敬語をお使いにならないでいいんですよ?」


「つい……では、ウェスティさん。案内してもらえる?」


「ウェスティとお呼びください……と言うのは難しいご様子ですね。ではおいおいということで、こちらはどうぞ。リッシュお嬢様」










「いらっしゃい……あら? エスタリア家のメイド長さんじゃない。何か買いにいらしたの? あ、もしかしてまた領地へ送るお野菜かしら?」


「ふふふ、今日はお野菜ではなくて、領地で植える作物や道具を見せてもらえるかしら?」


「あら! では、そのお方がお嬢様かしら? ならちょうどよかったわ。フェアルートリス様。かの技術開発で有名なエスタリア領のお嬢様がいらしてますよ」


「それは、ぜひご挨拶させていただきたい。私、隣国カスタール出身で魔法使いとして各地を回っているキュロー・フェアルートリスと申します」


「……まほうつかいさま」


 この国、ウェズケット王国では、なぜか魔法が使える者がいない。その分技術開発が進んでいるため、各国にさまざまな技術や製品を提供して、保護されることで国家の地位を守っている。

 生まれも育ちもウェズケットであるリッシュにとって、キュローは生まれて初めて出会った魔法使いだ。思わず胸が高まる。長いローブに頭から布をかぶっているが、顔は美女かと思うほど整っている。イケメンと噂されるラスタや輝く宝石と評されるリッシュの母ヴィーといつも一緒にいるリッシュでさえ、美しいと言葉を失うほどの美しさだ。


「あの、私、リッシュ・エスタリアと申します。前エスタリア領主の娘です。今は辺境のエスタリア領で暮らしてます」


「技術開発が盛んなエスタリア領! 有名ですよ。エスタリアでは、どのように農業をしていらっしゃるのですか?」


「まぁ! 魔法使い様も農業をなさるのですか? エスタリア領で技術開発が進んでいるのは、私の幼馴染が開発しているからです。彼は、田舎暮らしに向いていないので、様々な発明を思いつくんですよ。彼は土すら触らないので」


「土こそ全ての元となるのに。農地づくりも土づくりが大切ですからね。私の故郷では、海藻を使って土地作りをしていましたよ」


「海藻を!? 海藻といえば、海に育つ草……ですよね?」


「ウェズケット王国は海に接していないからなかなか手に入らないと思うので、驚かれますよね。我が故郷では魚の漁をするときに、生えすぎていると困るので……」



 二人はすっかり意気投合して農業談話に盛り上がっている。そんな二人の姿を、店主とメイド長は微笑ましそうに見守っている。




「すっかり話し込んでしまって申し訳ないです。ではまた、どこかでお会いしたときにお話しましょう」


「えぇ。大変勉強になり、ありがとうございました。魔法使い様にまたお会いできることを楽しみにしております」



 リッシュのその言葉にどこか面白そうな表情を浮かべた魔法使いキュローは去っていく。



「リッシュお嬢様は、領地で楽しく過ごしていらっしゃるんですね? ラスタ様とのお話は、ウェスティは聞かなかったことにしておきますから、ご安心ください」


「お父様が殺されてから、お母様は心配性なの。確かに、なぜかラスタも命を狙われることが多いから……ありがとう。ウェスティ」

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