第2話
「リッシュ、母親と共に辺境のエスタリア領へ行け」
リッシュの父、ルカルドが殺されてすぐ、イカルドはそう言い放った。
「……えすたりあ? おとうさまは?」
「叔父様が、全てなんとかするから。お母様と一緒に、お願いだから……逃げてくれ」
「おとうさまにはもう会えないの?」
「……リッシュ。そうよ、お父様にはもう会えないわ。あなたもお願いだから危険なことはしないでちょうだい……」
「これで、リッシュはラスタから距離を取れるな」
「えぇ。リッシュ、お願いだから、ラスタから距離を取ってちょうだい。貴女まで巻き込まれたら……」
「……変な夢を見た」
リッシュの父、ルカルドが亡くなった直後の話だ。所詮夢だ。現実かどうかわからない。ただ、リッシュはこの夢は過去の事実を写しているように感じたのだった。
「だって、お母様はいつもラスタにあまり近づかないでと懇願するから」
辺境の地・エスタリアでは、ラスタとはこっそり会うようにしている。ここまで堂々と二人で過ごすのは、王都だからだ。お母様もお父様の儀式のために忙しく、リッシュから目を離しているから。ラスタも何かわかっているのか、リッシュに会う時は人目を避けてくれる。
田舎の子供であるリッシュたちには、大人にバレずにこっそり会う方法はたくさんあり、だからこそリッシュとラスタがいい友達だとエスタリアの子供たちは理解しているのだが。
「お目覚めでしょうか? リッシュお嬢様」
リッシュが目を覚ましたのに気づいた部屋付きのメイドが、ドアの外から声をかけてくる。
エスタリアでは、辺境領主の血族として過ごしていたが、ほとんど近所の子供達と変わらない生活をしていた。
ーー
「リッシュ、畑から何かサラダの材料を取ってきてちょうだい」
「はーい、お母様」
生粋の貴族の生まれのはずのリッシュの母は、辺境の地に即座に順応していた。
最低限のメイドと料理人を置いているが、朝食はリッシュと母で作っていた。
「ラスタはこういうの、苦手なんだよね」
リッシュが心配だから、と強引についてきたラスタは、田舎暮らしは苦手そうだった。
ラスタが得意なのは技術開発だ。リッシュには何をしているのかさっぱりわからないが、エスタリア領は驚異的な発展を見せている。
リッシュの母たちには、エスタリア領の隣のブリューグ家の避暑地で開発に集中するためと説明してついてきたのだ。齢5歳にして、大人顔負けの開発力。大人を説得する論理性を兼ね備え、天才と評されるラスタは、将来有望株として目されている。
「ラスター! リッシュー!」
辺境の地にたまたま避暑に来ていたお姫様かと思う容姿のサラサ。着古した服がドレスのように見える。リッシュとラスタの幼馴染だ。複雑な家系の領主の家族であるリッシュ、天才と噂されるラスタに他の子供は近寄らない。サラサだけが二人と友達になり、どこからか集めてきた情報をいつも話してくれるのだった。
「サラサ!」
嬉しくなったリッシュが、サラサに駆け寄る。そんなサラサの瞳にはラスタが映っている。
「今日はこっちにくるの早いんだね! 早く早く、二人とも! 面白いものを見つけたの!」
サラサは、そう言ってラスタとリッシューーリッシュは、あくまでラスタのおまけかもしれないがーー二人にいろんな田舎の景色を見せてくれた。水辺に舞い降りた光る虫の姿。一面に咲き誇る花の花畑。豊かに実った麦畑ーーこれは、ラスタの開発の恩恵を授かっているのだが。
リッシュが喜んでいろんなものも触れ合う姿を、一歩下がった様子でラスタは見つめる。そんなラスタを見つめるサラサは、恋焦がれているようにも、自身の恋を諦めようとしているようにも見える。
「おい、サラサ! お前の母ちゃんが呼んでたから戻ってこいよ!」
サラサの幼馴染、ボルケードだ。ボルケードはリッシュやラスタとは関わることはほとんどないが、サラサと仲がいいため、他の子供たちよりかは、二人の近くまでくるのだ。他の子供達には、リッシュとラスタはまるで野生の獣かと思うくらい距離を取られているから。
ーーーー
「リッシュお嬢様……? お目覚めですか?」
「すみません、起きてます」
「ふふふ、使用人には謝られなくてもいいんですよ?」
「ごめんなさい。慣れなくて」
「小さい頃のリッシュお嬢様の面倒も、私が見させていただいていたんですよ」
「え……?」
「旦那様……今のではなく、リッシュお嬢様のお父様であられた旦那様は、リッシュお嬢様をそれはそれは可愛がっていらっしゃいまして。旦那様は、見た目が強そうでいらっしゃったので、リッシュお嬢様を可愛がるイメージがつかなかったのですが、リッシュお嬢様が産まれていらしてからは……そうです、このお部屋もリッシュお嬢様のために整えられたんですよ」
「え?」
リッシュが王都に来る際に、いつも使わせてもらっている部屋は、リッシュの部屋だったことを聞いて、リッシュは首を傾げる。
「ふふふ、リッシュお嬢様の叔父様でいらせられる今の旦那様も、リッシュお嬢様がいらっしゃる前には部屋を綺麗に掃除するように指示され、このお部屋もいつもリッシュお嬢様が暮らしていらしたときのように、とおっしゃるのですよ」
領主の屋敷らしからぬ、子供っぽい華やかさのある部屋だと思っていたが、自分のための部屋だったことを聞いて、リッシュは驚く。
「叔父様は……私やお父様を疎んでいらっしゃるのではないのですか?」
先日、「叔父と言われる筋合いはない」などと言われたばかりだ。リッシュの父を殺したという噂も流れている。
「ふふふ、巷で噂されているようなご関係ではいらっしゃいませんよ? 叔父様でいらせられる今の旦那様と前の旦那様は、それはそれは仲のいいご兄弟であらせられました。今の旦那様が殺すなんてことは、ありえませんよ」
真剣な眼差しでそう語るメイドは、嘘をついているようには見えない。そのメイドは、ふふふと笑いながら、話を続ける。
「それに、毎回リッシュ様のお召し物を真剣に選んでいらっしゃるのは、旦那様が直々に、ですよ?」
「え?」
こちらの領主の屋敷に泊めさせてもらう時には、リッシュのサイズに合った服が用意されている。客人用のものを使わせてもらっているのだと思っていたが、リッシュ用のものであったらしい。それに加えて、忙しいはずの領主が直々に姪御の服を選ぶなんて、よっぽど優秀な部下がいるから暇なのか、愛していないとありえないだろう。
「叔父様の部下の方は優秀であらせられるんですね?」
「もちろん、ある程度は優秀な方が揃っていますが、領主の仕事はほぼ全て旦那様がこなしていらっしゃいますよ? 申し上げておきますが、ご自身の服はお付きのメイドに任せっきりであらせられます」
「え?」
「お付きのメイドというのは普段は私で、メイド長を務めさせていただいております。幼い頃見ていた私がついたほうがいいという旦那様の判断で、リッシュお嬢様がこちらにいらっしゃる時は私がつかせていただいているんですよ?」
「そんな……まるで」
リッシュが驚きのあまり続けられなかった言葉を、メイド長が引き取る。
「旦那様は、前の旦那様の忘れ形見でいらっしゃるリッシュお嬢様を本当に溺愛していらっしゃいますね……僭越ながら、リッシュお嬢様が噂話をお聞きになる姿を見てしまいましたので。旦那様には内緒ですよ?」
茶目っけたっぷりな表情で微笑みかけてくるメイド長に、リッシュもつられて笑いながら、朝食に向かったのだった。
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