彼女は世界を終わらせる方法を知っている

碧桜 汐香

第1話

「エスタリア領の前領主だったルカルド様が亡くなって、もう10年かー」


「今の領主は、ルカルド様の弟だろ? あの人、ルカルド様よりも……」


「しっ! 誰かに聞かれるとまずいぞ! ……ルカルド様みたいに、殺されちまうかもしれない」




 リッシュの父であるルカルド・エスタリアの10回目の命日。弔いの儀に出席した各地の領主たちは、どこか怯えた様子だ。コソコソと話される噂話が聞こえてくる。リッシュの耳にも、その会話はもちろん届いている。



「前領主のルカルド様は、豪快なお方だったが、本当に好い方だったな」


「領民たちのこともいつも気にかけていて領主の鏡のようなお方だったな。我々他領の領主にも、困った時にはすぐに声をかけてくださった。……確か綺麗な奥様と小さい娘様を遺していかれたから、心残りだろうなぁ」


「娘様もそろそろ15歳か……誰か養子をとってエスタリア家を継ぐ……訳はないな」


「あの領主が生きている限り、それはないだろうなぁ……あれか? ブリューグ家のご子息と仲がいいだろ?」




 そんな話を盗み聞きしているリッシュに、声がかかる。


「ねぇ、リッシュ。次はリッシュがお父上に挨拶する番だよ?」


「ありがとう、ラスタ。行ってくるね」


 リッシュの婚約者に、と噂されていたブリューグ家のラスタだ。


「……リッシュが僕を意識してくれるきっかけになるならいいけど、リッシュを傷つける可能性がある余計な話はやめてほしいな」


 そう呟いたラスタは、いまだに噂話に盛り上がる大人たちを冷めた目で見つめていた。



「ブリューグ家の……確か正妻の子ではないんだろ? むしろ、どこの子かも確かでないと聞いたぞ」


「俺は、ブリューグ家のご当主が引き取った孤児だとか」


「そんな男がルカルド様の娘と結婚するなんてな」


「ルカルド様が生きていたら、認めないだろうな……」



 噂話をしていた男たちに、突然ワインがかけられる。



「申し訳ございません。手が滑ってしまいましたので、お着替えください。……それとも、お帰りになられますか?」


 ワイン瓶を片手に、冷え切った視線を向けたラスタの姿に、大人たちはなぜか底のしれない恐怖を感じ、慌てて弔いを済ませてささくさと去っていった。




「ラスタ。ダメだよ? 私のために怒ってくれたの?」


「……リッシュが悲しそうだったから」


「大丈夫だよ?」


「僕のリッシュが悲しいのは嫌だから、忘れて欲しい」


「お父様のこと? 今の人の話? お父様のことなら、そんな小さい頃の話……覚えてないよ? 今の人のことなら、すぐに忘れるね」


「うん、悲しいことは忘れててね。僕のリッシュ」





「おい!」


 そんな二人に、野太い大人の男の声がかかる。



「こんな遠くまでわざわざ来る必要はあったのか?」


 噂された現領主イカルドだ。慌てて、リッシュの前にラスタが身を差し込み、間に立ちはだかる。その瞳は睨みつけるように、ラスタの黒髪を写していた。


「イカルド叔父さま……」


「叔父さん、そんな言い方はないと思うよ?」


 不適に笑みを浮かべたラスタが、イカルドに言い返した。


「君に叔父と言われる筋合いはない!」


「まぁまぁ、落ち着いて。そんな怒らないでよ?」


 ラスタとイカルドの攻防を見て、リッシュは顔を下に向ける。



「……ったく、話したくとも、本当に話もままならないな」


 そう言い放ったイカルドは、去っていった。



「リッシュ、大丈夫?」


「ありがとう、ラスタ」



 そんな二人の姿を、周囲の人たちは同情の視線を浮かべて、見つめるのだった。

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