Ep.02

「了解しました。ところで、急で申し訳ないのですが、ここのについて教えていただけませんか?」


 この言葉を発するとシゲルはほんの一瞬押し黙った。

 彼はこちらをはかるように、ただじっとこちらを見ていた。そして数秒立った後、口を開いた。

「わかりました。今こちらに呼び立てます。少々お待ちください。」

 シゲルはベルトの通信機を素早く取り、「『彼女』を会議室に呼んでください。」と言った。たった一文を伝え、通信機を元あった場所に戻し、もう一度こちらを向いた。

「それでは、先に私から適合者について説明をさせていただきます。適合者の名前は『佐藤ミユキ』といいます。彼女は―――」

 次の瞬間、会議室の入り口が盛大な音と埃をたて、テーブルで囲われた真ん中の床に落ちた。

「おうおうおう!来たぞ!シゲル!」

 怒号のような声が室内に響き渡る。声のもとには、仁王立ちをする女性が立っていた。

 彼女のもとへシゲルは一目散に駆け寄った。そして、少し怒りのこもった声で彼女へ尋ねた。

「ミユキ隊長、なぜいつもドアを壊して入ってくるのですか?」

「私は自分の行く手を拒むものは壊す!これが信条なんだ!」

「はぁ………」

 シゲルが俯き、長い溜息をこぼす。

 佐藤ミユキ――身長は一六五センチほどだろうか。黒のコンバットブーツに黒の革手袋、黒の厚手のズボンに黒の半袖シャツ。上から黒の革ジャケットを羽織っていた。

 そうやって彼女の立ち振る舞いを観察していると、不意に目が合ってしまった。

「おっと、そちらの二人がもしや今回の助っ人の三田さんと篠宮さん、かな?私は佐藤ミユキ。ここの隊長をやっている。怪異の討伐のために力を貸してくれると助かる。」

 先程の態度と打って変わり、ミユキはフレンドリーで可愛らしい笑顔をして見せた。

「こちらこそよろしくお願いします。改めて、三田コウスケです。……呼び捨てで構いませんよ。」

「篠宮スズです。私も呼び捨てでお願いします。」

「早速で申し訳ないのですが、怪異討伐作戦のために、『適合者』である佐藤ミユキさんの能力を知っておきたいと思うのですが――」

 すると彼女は深く納得したように頷いた。

「そういうことか。それなら実際に見てもらった方が早いだろう。…それに君の『適合者』としての能力も見ておきたい。」

 思わず眉をひそめてしまった。私はここにきてから一度たりとも自分が『適合者』であると言わなかった。ましてや、そのようなそぶりをした覚えすらもない。

「――いつ、わかったのですか?」

「部屋に入ったときからさ。私はが利くからな。」



       ◇    ◇    ◇    ◇



 怪異は特殊な能力や並外れた力をもって人類を狩ってきた。しかし、この九年のうちに人類が狩りつくされなかったのはなぜか。

 人類にも怪異のように「力」を持つものが出てきたのだ。その「力」は『デュナミス』とも呼ばれ、それを発現した者を『適合者』と言った。


「さて、実際に使う前に私の能力と発動条件について軽く説明しておこう。」

 会議室から移動し、訓練室と呼ばれる部屋に集まった。訓練室は射撃訓練場、道場、自由訓練場の三つに分けられ、どれも国内では高いレベルの環境がそろっていた。

「私の能力を端的に表すなら『光の遮断』だな。発動条件は、私が黒色の何かを身に着けていることと相手の視界に私が一部でも入っていること。三田、こっち。」

 言われて、体とともにミユキに視線を合わせる。

望光途絶フォスディアコプテ

 瞬間、視界が闇に包まれた。仄かな光さえ望めない、完全な闇。

「ちょっ、先輩!大丈夫ですか!?」

 篠宮の動揺と焦りの声が聞こえた。恐らく、私の体を囲うように遮断が行われているのだろう。

「大丈夫さ。私が遮断するのは光だけだ。三田、もう解除するぞ。」

 闇は消え去り、視界は無機質な訓練場を再び映し出した。

「どうだ、私の能力。攻撃的ではないが、なかなか戦闘向きだろう?」

「えぇ。相手が特殊能力型でなければ、知能型や力型であれば確実に封殺できると思います。」

「特殊能力型でなければ、な。」

 ミユキは視線を上にずらし、どこか虚ろ気な雰囲気をまといながら物思いをしているようだった。

 確かに彼女の能力は戦闘向きだろう。しかし、それはあくまでも人間同士のような戦闘ができる相手に限った話である。特に今回の件は相性最悪だろう。

「―――――次は三田の番だ。どんな能力なのか、見ものだな。」

 いつの間にか物思いから戻ってきていたミユキが興味深々にこちらを見ていた。

「わかりました。では少し待っていただけませんか。」

 相手の返事を待つ前に、懐のライターと煙草を取り出し――

「佐藤隊長!怪異が出ました!西一区の商店街です!」

 訓練場のドアを勢い良く開け、一人の青年隊員が大きな声を上げた。

 それと同時にミユキはすぐさま立ち上がった。

「わかった。九重、行くぞ。塩見もついてこい。三田、現場で落ち合うぞ!」

ミユキは報告をした青年とシゲルとともに、足早に訓練室を出ていった。

「先輩、私たちも急ぎますよ。」

 篠宮の声に頷きで応え、訓練室を後にした。



       ◇    ◇    ◇    ◇



 西一区の商店街は、当然ながら喧騒に包まれていた。

 スーツ姿のまま、車を降りる。

 商店街の奥へと足を進めると、数十メートル先に人影のようなものが見えた。

 様子を伺っていると、人影は少しずつ離れて行っているようだった。

「三田、待て!」

 声に振り替えると、後ろにはミユキとシゲル、そして訓練室で報告をしていた塩見という青年が走ってきていた。

「あいつが今回の怪異だ。不用意に近づいたら腐るぞ。」

「あれが今回のですか。わかりました。―――佐藤さんは銃を扱ったことはありますか?」

 ミユキは一瞬キョトンとしたと思うと、すぐさま納得したように頷いた。

「もちろん。スナイパー意外だったら何でもできるぞ。」

「ではこちらを。」

 ミユキに持っていた拳銃を手渡す。

「怪異は通常兵器で討伐出来ませんが、援護として仲間と怪異の間合いが調整できますので、それをお願いします。」

「わかった。」

 即席作戦を伝えた後、立ち上がり、目の前の怪異に目を向ける。

 白い布切れで全身が隠され、木の枝のような何かがが布の下から触手のようにうねっていた。まさに異形。

 懐のライターを取り出し、煙草に火をつける。

「篠宮、行くぞ。」

「はい、先輩。」








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フローガヴォリーダ ヘム @ernestheming1899

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