フローガヴォリーダ

ヘム

第一章

Ep.01

「ここは―――」

 よろけながら立ち上がる

 唾を呑むと喉が灼け、妙に喉が渇いた。周りを見渡す。

 一面を焼き尽くす橙色の炎。そして、鼻を突くひどい臭い。

 人が、焼けているのだろうか。

 ふと、物音に振り返ると、一人の少年がたっていた。

 身なりはボロボロで、小学生くらいの身長だった。

『お前が――――――しなかったから。』

 少年の声は炎にかき消され、耳にまで届かなかった。

 すると、また口を開けて消えゆく言葉を紡ぐ。

『――――が死んじゃったんだよ。』



『お前は、人殺しだ。』



           ◇   ◇   ◇   ◇



「――――先輩?三田先輩?起きてくださーい?」

 声が聞こえ、目を開ける。

「あ、起きました?もしかして、徹夜だったんですか?」

 目に入ってきたのは、後輩の篠宮スズだった。

 乾燥した目を手の甲で擦り、今までのことを想起する。

「…ああ、そうだ。この前の事件が気になってな。…すまない、今何時だ?」

 スズはすぐさま自分の左腕を確認した。

「ちょっと待っててください…今は、朝の七時一二分ですね。」

「二時間か…」

「酷くうなされてましたよ?大丈夫ですか?」

 その言葉で、あの悪夢がフラッシュバックする。

 途端に強烈な吐き気を感じた。思わず口を手でふさぐ。

「ちょっと、先輩。本当に大丈夫ですか?医務室行きますか?」

「大丈夫だ。心配するな。」

 咄嗟に取り繕った。

 しかし彼女は納得いかないのか、「本当ですかね?」と独り言を呟いていた。

「それよりも篠宮、今日の任務の資料は目を通したのか?」

 言うと、彼女は途端に目を逸らし、少々申し訳なさそうに口を開いた。

「あー、そうですね…。その、忘れてました…」

 大きなため息が漏れた。

「ち、違うんです!その、やる気がなかったとかそういうのではなく――」

「落ち着け、今に始まったことでもないから、別に叱る気はない。」

「それって、私に呆れてるってことじゃ....」

「よくわかったな。」

 その言葉を聞くと、彼女は頬をフグのように膨らませ、グチグチと小声で何かを言い始めた。言っている内容は聞き取れなかったが、大体は推測することができた。

「まあいい。現場に移動しながら説明するから、出発準備をしろ。」

 椅子に掛けてあった上着をきて、自分の荷物をまとめ始める。

「了解です…ってどこ行くんですか?」

「それも移動中に話す。」

 彼女は少し不満があるような顔をしながら、少しトーンを下げて言った。

「…わかりました。」



           ◇   ◇   ◇   ◇



 二〇三〇年に入り、人類の移動手段は多様で、便利なものが増えた。

 例えば、現代で最もスタンダードでまさに今使っている完全自動運転自動車がそれに該当するだろう。構造自体は一昔前の自動車と変わらないものの、完全自動運転というものは実に画期的だった。他にも公共交通機関などは更なる発展を遂―――

「それで先輩、今回の任務の詳細を教えてください。」

 助手席から、やや不機嫌な声が聞こえた。

「もう、あれだけ引っ張ったんですから、素晴らしい説明を期待していますよ。先輩。」

 そう言うと、彼女は微笑んだ。目は笑っていなかったが。

「……今回の任務地は、茨城地区A群の住宅街だ。」

「A群って、独立自治組織ありませんでした?わざわざ私たち本部が動いて解決だなんて、角がたちますよね?」

 現代日本は

「既に自治組織では対処しきれなくなっているそうだ。それに、死者もでている。事態は急を要する。だから移動しながら説明することにしたんだ。」

 それを聞き、彼女は納得したようで、まとっていた不機嫌なオーラは消えていった

「なるほど。ということは、今回の私たちの任務はアレなんですね。」


「あぁ――――怪異の討伐だ。」



           ◇   ◇   ◇   ◇



 二〇二〇年は人類にとって大きな転換点となる年であった。

 ある六月の日、この世界に存在する国の半分の首都で、同時刻に大規模な爆発が発生した。

 燃え上がった火は何をしても消えず、人も建物も何もかも燃やし尽くし、爆発からちょうど三日後に忽然と消えた。

 全世界での死者数は二〇億人を超えるかもしれない、と言われている。

 この事件は、「焼夷事件」と呼ばれ、人々に悲しみと――「怪異」を残していった。

 怪異は、人々の不安定な精神と想いが重なって、織り交ざることで、現実に現れるといわれている。

 怪異が初めて観測された二〇二一年から、現在二〇三〇年までに人類が怪異に対して分かっていることは極めて少ない。

 ただ一つ、「怪異」は人と敵対関係にあるということは明白であった。



           ◇   ◇   ◇   ◇



 車を走らせること二時間。遠目に、要塞のような建物が見えてきた。

「篠宮、そろそろ到着だ。準備しろ。」

「了解。」

 先程までのおちゃらけた雰囲気は一変し、篠宮はテキパキと装備をまとめ始めた。

『目的地に到着致しました。駐車後、待機モードに移行いたします。』

 機械音声が到着を知らせ、二人で車を降りた。

 建物から駐車場は中々に遠く、軽い散歩気分であった。

 所々、訓練跡なのか実戦跡なのか定かではないが、刃物や銃の痕が地面や木の幹に残っていた。

 十五分ほど歩くと、ようやく建物の入り口と武装した警備員が鮮明に見えてきた。

「止まってください。訪問理由と名前を。」

「三田コウスケ。怪異討伐の補助として、東京区治安維持隊怪異討伐課――十課から来ました。」

「同じく篠宮スズです。」

 警備員は手元にあった通信機で確認をとり、何回か「了解。」と言うとこちらを向いた。

「確認が取れました。どうぞ、中へ。」

 そうして、言われた通り警備員についていく。

 自動ドアをくぐり、階段を上り、廊下を歩いて行く。

 基地の中は意外にも閑散としていて、人とすれ違うことは片手の指におさまるほどだった。

 じっくりと観察をしながら歩いていると、遂に目的地に到着したようだった。

 咄嗟に目を前にやると、やや年を食った強面の男がこちらを見つめていた。

「お待ちしておりました。茨城区自治隊副隊長、九重シゲルと申します。」

「こんにちは。東京治安維持隊十課の三田コウスケです。これからよろしくお願いします。」

「同じく、東京治安維持隊十課の篠宮スズです。お願いします。」

 シゲルの手を取り、厚く握手をした。手から読み取れる情報だけでも、彼が並々ならないことが十二分にも分かった。

「さて、早速ですが本題に入りましょうか。ご存知の通り、既に死者も出ています。事態は急を要する。先ずは情報交換と作戦立案をしましょう。会議室へ案内します。」

「わかりました。篠宮、行くぞ。」

「聞こえてましたよ。」



           ◇   ◇   ◇   ◇



「さて、今回の怪異について説明します。」

 会議室は緊張に包まれていた。ぴりついた雰囲気が肌を刺し、所作一つ一つが命取りになるような、そんな殺気に包まれていた。

「今回の怪異は『特殊能力型』です。範囲は定かになっていませんが、現時点では最大で五メートル以内の動植物を腐らせます。」

 怪異には『特殊能力型』、『知能型』、『力型』の三つの分類がなされている。

『特殊能力型』は文字通り、超常的で物理法則を無視したような超能力を用いて人を攻撃する。当然、普通の人間では太刀打ちできない。

「腐食の進行は、体の大きさに関係なく五分で完全に終了します。一度腐食が始まると五メートル以上離れても治ることはありませんが、距離が開けば開くほど進行速度が落ちます。」

 怪異の説明を聞いたところで、一つ確認しておくべき事を言わなければならないと思った。

「了解しました。ところで、急で申し訳ないのですが、ここのについて教えていただけませんか?」

                               

                                つづく

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